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一章 魔法戦士養成学校編

チューヤという壁

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(私はまたヤツに借りを作ったのか……クソッ!)

 地面に両手と両膝を付きながら、カールは悔し気に倒れたチューヤとそれを介抱するマリアンヌを見ていた。しかし目に入っているのはその光景ではなく。昔日の光景だった。


 カールはとある貴族の生まれで、小さいながらも辺境で領主として地域を治めていた家の嫡男として育った。彼の父親も個人としては優秀な魔法戦士だった。
 ある日、カールの領地付近で隣国と紛争が起こる。勿論、カールの父も一軍を率いて出陣した。そしてその配下にはチューヤの両親も魔法戦士として従軍していたのである。
 しかしその戦は内通者により大敗し、総崩れで敗走する事になる。そして将兵を逃がす為に殿しんがりで奮戦したのがチューヤの両親だ。そのおかげでカールの父をはじめ多くの将兵が命を拾ったが、チューヤの両親は戦場に散った。
 結果、カールの領地は奪われ、家も伯爵から男爵へ。辛うじて貴族としての立場は保った形だが生活環境は激変した。
 周囲の評価は敗軍の将。落ちぶれ貴族。部下を死なせて自分は生還した卑怯者。王都に質素な屋敷を構えてはいたが、生きにくい日々が続いた。
 そんなある日、カールはチューヤという自分と同い年の少年の存在を知った。自分の父を生かす為に両親を失ったその少年は同じ王都にいるという。両親の知り合いの戦士に引き取られ、あばら家で暮らしているらしい。
 チューヤの存在を知ったカールは、父親に彼への支援をすべきだという話をした。ところが、父親曰く、支援を頑なに断っているのだという。なんでも、支援を受ける理由がないと言って頑として受け入れないらしい。こちらとしては十分な理由があるのだが、おそらく領主から貧乏貴族へと転落した我が家を気遣っているのだろうという事だった。
 その事は、まだ幼いながらチューヤが非常に大きい存在に見え、カール自身はみじめな気持ちになった。
 この瞬間、カールの中に一つの感情が芽生えた。
 チューヤには負けたくない。そしていつか、チューヤを守り借りを返す。そのために、自分の家を再興させるのだ。それがこの魔法戦士養成学校に入学した目的だ。

(そして今、またしても私はチューヤに借りを作ってしまった……)

 その時、急いで駆け付けたというのが丸分かりのシンディが現場に到着した。

「お前ら! 大丈夫か!?」

 到着してすぐ、シンディは辺りの状況を確認する。まず目に入ったのががっくりと項垂れているカール。そして倒れたチューヤを抱き上げているマリアンヌ。その付近に巨大なバーサク・エイプの骸。さらには多数のバーサク・モンキーの遺体。

「お前らだけでこれを……? いや、まずはチューヤか!? ちょっと見せてみな!」

 カールは見たところ消耗しているだけのように見える。介抱に動いているマリアンヌも大きな問題は無さそうだ。そうなると心配なのはチューヤの容体だ。

「……教官」

 シンディに気付いたマリアンヌが泣きはらした目で見上げる。シンディはマリアンヌと入れ替わるようにチューヤを抱き上げた。心臓の鼓動。呼吸、脈拍。それぞれ確認していく。そして外傷の確認。骨折などはしていないか。
 ホッとした表情でチューヤを静かに寝かしつけると、シンディはすぐ横にいるマリアンヌに小声で告げる。

「心配ない。だが、今のコイツは空っぽだ。アタシが抱えて戻ろう。お前はカールのヤツを頼む。ヤツも少し魔力を使いすぎただけだろう」

 そう語ったあと、バーサク・エイプへ視線を向けた。身体に空いた大穴は魔法によるものだ。そして多数のバーサク・モンキーの死体。これだけの戦闘をこなしたのならば、恐らくカールの方も魔力切れだ。それならばカールの方はマリアンヌに任せておけばいいだろうとの判断だ。
 だが、マリアンヌから異議申し立てが出た。

「ボクがチューヤを運びます!」
「は?」

 何を言いだすかと思えば、身体強化の中でも筋力を増強するなどの強化が苦手なマリアンヌがそんな事を言う。

「教官はズルい……」
「何だァ? 聞こえねえぞ?」
「なっ、何でもありません! とにかくチューヤはボクが運びます!」
「お、おぅ、そうか……だが、落とすんじゃねえぞ? 慎重に運べ」
 
 シンディはそう言い残してカールの方へ向かって行った。それを見送りながら、マリアンヌは全身に魔力を循環させる。

(ボクはやっぱり、チューヤの事を好きになっちゃったんだね……思わず教官にズルいとか言っちゃうし)

「んしょっ!」

 身体強化を施しても、マリアンヌにとってはチューヤは重い。それでもどうにか逆お姫様抱っこで重い歩を進めた。
 重い。キツい。でもこれは自分が言い出した事。
 一つは嫉妬。シンディはチューヤと一つ屋根の下で暮らしている。つまり学校でも一緒。家でも一緒。
 チューヤを見れば、そんな甘い生活を送っている訳ではない事は一目瞭然だ。キツい訓練で毎日ぐったりしているのだから。それでも、共に時間を過ごしているシンディが妬ましい。せめてこの時間はチューヤと共にいたいと思う。
 それからもう一つ。今日、チューヤはまた一つ、自分の可能性を示してくれた。自分の視力を最大限に活かした回避に特化した戦闘方法。これなら、敵に与えるダメージは小さくても、足止めなら十分に可能だ。事実、カールが魔法を発動させるまでの間、見事に敵を引き付けた。

「ボクはボクの可能性を広げてくれたチューヤのために!」

 シンディはカールに肩を貸しながら、そんなマリアンヌに生温かい視線を送るのだった。
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