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一章 魔法戦士養成学校編

エリートの焦りと対抗心

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 魔法陣から放たれたアイスニードルは、小型の変異種、バーサク・モンキーへと殺到していった。
 カールが練り上げられる魔力を二十体もの敵に分散させた為、一本一本の威力はそれ程ではない。また、二十体もの敵に対して正確に着弾させるには、まだ技量が足りていなかった。
 カール的には正直言ってチューヤとマリアンヌに頼りたくはなかったが、状況を鑑みればそういう事も言ってはいられない。それに、必殺の威力にしなかったのにも理由はある。

(雑魚を一掃してしまっては、早々にバーサク・エイプと相対する事になる。それよりは、手負いの雑魚をチューヤとマリアンヌに任せ、大物の為に魔力を練り上げておきたい)

 果たして、カールの思惑通り、アイスニードルはバーサク・モンキーの大多数を手負いにした。バーサク・モンキーとしては怒り心頭で襲い掛かってくるが、手傷を負って動きの鈍ったところをチューヤが討取っていく。
 
「マリ! 索敵と同じだ! よく見ろ! お前なら敵の動きがよく見える筈だ!」

 チューヤがバーサク・モンキーを蹴り倒しながらマリアンヌを見れば、必死に攻撃を躱しながら涙目になっている。しかし、チューヤに言わせれば強化された『目』というのは大きな武器だ。彼の中では遠くのものがよく見えるのに、近くのものが見えない訳がない。そんな単純な理屈だ。

「……はっ!? そっか!」

 命からがらといった体たらくで逃げ回っていたマリアンヌが、チューヤの一言で落ち着きを取り戻した。何の事はない。敵をよく見ろ。それだけの事だが、『見る』事に関しては誰にも負けないという自負がある。
 彼女は魔力の殆どを目の強化に振り、残りの少しを身体強化へと振り分けた。身体強化に関しては劇的に上がる訳ではないが。

「……見える」

 マリアンヌが得意とするのは五感の強化。チューヤに言われるまでは、戦闘に置いてあまり役に立たないという思い込みから自分を卑下していたが、索敵には絶大な威力を発揮した。しかし、索敵には視力だけではなく聴力や嗅覚にも魔力を振り分けていたため、五感の内のどれか一つを特化して強化したという事は経験が無かった。
 だが、今回は『よく見ろ』というチューヤの指示。 
 殆どの魔力を視力強化に費やしたマリアンヌが見た世界は、今までとはまるで違うものだった。

(すごい……真横よりやや後ろくらいまでくっきり見えるよ)

 人間の視界は左右に約200°と言われているが、色彩まで認識出来るのは約70°と言われている。要は『見る』事に意識を集中していない状態では極端に視界は狭まる。しかし、マリアンヌは眼球を動かす事なく、視界に映るもの全てを、普段以上に認識出来ていた。当然、死角は少なくなるし、対応も早く出来る。

「……ハッ!」

 マリアンヌは、真横から飛び掛かってきたバーサク・モンキーにカウンターでククリナイフを合わせる。飛び掛かった先に待っていたのはククリナイフの鋭い切っ先。バーサク・モンキーの眉間はあっけなく貫かれた。
 続いて襲い掛かるバーサク・モンキーの攻撃も、マリアンヌは紙一重で躱して有利な体勢を取り、一撃で首を掻き切った。

(へへへ、やるじゃねえの、マリのヤツ)

 チューヤがマリアンヌの活躍を横目に見ながらほくそ笑む。手負いのバーサク・モンキー程度なら安心して任せておけそうだった。
 マリアンヌの動きが激変したのは何も広くなった視界だけのせいではない。
 動体視力と魔眼。
 動いているものを見極める力と、通常は見えない魔力を視る事が出来る力。マリアンヌの動体視力は敵の筋肉の微細な動きさえ見極め、可視化された魔力は敵がどの部位で攻撃してくるかさえも判別する材料になる。

(戦闘は得意ではないと言っていたが……チューヤの一言で動きが変わったか?)

 一方、カールも後方で大出力魔法を放つ為に魔力を練りながら、豹変したマリアンヌの動きに驚きを隠せずにいた。そして、チューヤに視線をズラす。

(彼女の動きを変えたのは……ヤツか)

 体調は万全とは程遠いはずのチューヤが、殆ど片手間にバーサク・モンキーを倒している様を見ながら、カールが苦い表情になる。そしてマリアンヌは華麗に攻撃を躱しながら、確実にダメージを与えている。
 そして、十分に魔力を練り上げた頃、二十体ものバーサク・モンキーの死体が転がっていた。

(やはりチューヤの成長度合いが凄いか……まさか『脳筋クラス』の方が育つとは、このスクーデリア王国の誰が考えていただろうか)

 この魔法戦士養成学校の中でこそ見下されている脳筋クラスだが、一般兵の中に混じればかなり優秀な兵になる。軍の中でも身体強化を使えるのはごく一握りであり、この学校に入学出来た事がすでにエリートの証なのだ。
 しかし、魔法を使えるのがその中でもさらに一部しかいない事が選民思想の元となってしまった。そしてその差別意識が脳筋クラスの生徒に落ちこぼれだという意識を植え付ける。
 実を言えば、脳筋クラスの卒業生達も大半は軍へ入隊している。そして鍛え上げた身体強化で戦場における生還率も高く、それゆえ最前線や激戦区へ送り込まれる事が多い。これも使い捨ての駒と見られている一因となっていた。この事に対して正しい評価をしてやりたいと考えているのが教官のシンディだった。
 故に、今年の脳筋クラスが一味違うのはチューヤがいるからだけではなく、シンディによる所が大きい。

(私が魔法戦士クラスで費やした時間は無駄だったのか……? いや! 今からでもヤツを追い抜いてみせる!)

 脳筋クラスの生徒の思いも寄らぬ成長を目の当たりにしたカールの焦りと対抗心。二つの感情を己が集めて練り込んだ魔力にぶつけて、自分の身長程もある大型の魔法陣を展開させた。
 
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