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序章

傭兵二人

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 平原を挟んで、二つの集団が睨み合っていた。
 小国を併呑せんとする大国の軍勢と、独立国家としての体制を死守しようとする軍勢。しかしながら、あくまでも序盤の様子見といったところか。両軍の戦力に大きな開きはない。

 両陣営とも、じりじりと隊列を前進させていく。
 そして、後方に陣取っていた部隊の指揮官が号令を発した。

「放てーーっ!」

 長弓部隊の一斉射撃。山なりに放った矢が、雨あられの如く敵兵の頭上に降り注ぐ。先鋒の騎馬部隊は、大きく迂回して矢を避けながら、敵陣目指して突撃して行った。
 弓隊による一斉射から騎馬隊の突撃、それから歩兵が突っ込んでの乱戦。これが戦争の一般的な流れだ。少数だが魔法兵による攻撃や支援などもある。
 そして歩兵による突撃の中でも最も危険が伴う先鋒部隊は、正規軍ではなく傭兵部隊が担う事が多い。そんな中に、ヤツらはいた。

▼△▼

 燃えるような緋色の髪を逆立てた若い兵士が、目を細めながらある人物を見つけて剣を突き出した。そして挑発的に叫ぶ。

「ああン? てめえ、今回はかぁ?」
「ふん。こっちの方が報酬が良かっただけだ。それに、今回そっちは負け戦になるだろう。私がこちらにいるのだからな」

 緋色の髪の男とは顔馴染みらしいこの男、銀色の長髪を背中で纏め、整った端正な顔立ちは冷たい印象を受ける。そしてその表情を崩す事もせず、冷静に返した。
 いや、ともすれば挑発をさらに倍返ししたようにも聞こえる。

「バァカ。負け戦だぁ? 俺が参戦してんのに負けるかよ!」
「ふっ……相変わらず根拠のない自信だけは一人前だな」

 それに対して緋色の髪の男も負けてはいない。まるで水と油、炎と氷。二人の間で決して交わる事のないであろう魔力が高まっていく。

「今回はてめえが敵で良かったぜ! 遠慮なくぶっ殺せるぁ!」
「それはこちらの台詞だ!」

 そんな二人の声が戦場に響き渡った時、敵味方に関わらず周囲にいた兵士は退避を始めた。

 ――やべえぞ、またあの二人だ!
 ――退却だ! 退却しろーっ!
 ――急がねえと巻き添えで死んじまうぞ!

 そんな叫び声を上げながら逃げ惑う兵達を余所に、緋色の髪の男が殺気を漲らせていく。

「今日こそキッチリ死ね!」

 彼がそう叫ぶと、構えた剣が魔力を帯び、刃が紅蓮の炎に包まれる。そしてそのまま剣を振りかぶり、銀髪の男へ向けて疾走を始めた。

「ふっ、脳筋が」

 対する銀髪の男も動じる事なく、左の手のひらを緋色の髪の男へ向け、水色に輝く魔法陣を展開させた。

「食らえ」

 魔法陣から氷の槍が速射砲のように次々と放たれる。

「へっ、温いぜ!」

 ニヤリと口元に獰猛な笑みを浮かべた緋色の髪の男は、紅蓮の剣で氷の槍を砕きながらぐんぐん間合いを詰めていく。そして互いが回避不能な必殺の間合いに入った時、膨大な魔力の奔流が戦場を覆いつくした。

▼△▼

 後日、傭兵組合にて。

「ったくよぉ……てめえのせいで報酬割り引かれたじゃねえかよ。大人しく死んどけバカ」
「そうだな。貴様のお陰でこちらも報酬七割カットだ。事前に殺しておくべきだったか」

 二人の全力のぶつかり合いは、戦争に勝者を生まず、痛み分けという結果に終わった。

【契約内容】

 ◎勝利の場合は契約金を満額支給する。なお、特筆すべき手柄を立てた者には別途特別報酬あり。
 ◎敗北の場合は契約金の二割を支給する。
 ◎勝敗付かずの場合は契約金の三割を支給する。

 傭兵の契約内容は概ねこのようなものだが、この緋色と銀色の傭兵は敵味方双方を撤退させてしまい、勝敗付かずで終わらせてしまった。

「ったく、アイツらが一緒の陣営になりゃ勝てるってのに何であんなに仲が悪いんだかなぁ……」

 傭兵組合の職員がそんな事を呟いた。
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