中華マフィア若頭の寵愛が重すぎて頭を抱えています

橋本しら子

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「…………は?」

 甘く熱を孕んだ声に、朱兎の耳に熱が集まる。そして、予想もしていなかった発言に、朱兎は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。ここ最近、理解が追いつかないことばかり起きているせいで、頭の回転が追いついてくれない。

「え、まっ…………は?」
「因みにホントダヨ~」

 その原因である鼬瓏はへらりと笑いながら、固まってしまった朱兎の頭をよしよしと撫でている。

「あのオークションで朱兎を買ったときには、流石に麗にはドン引きされたけどネ」

 部下にあんな冷ややかな目を向けられたの初めてだヨと、鼬瓏はそのときの様子を思い出しているのか、どこか遠い目をしていた。

「いや……あの出会い方で、どこに惚れる要素があった!」
「俺にはあったんだヨ~」

 こめかみを押さえしかめっ面で目を閉じながら、出会いを思い返していた朱兎。しかしどう思い返しても、あのときどこで惚れられたのか皆目検討もつかなかった。

「話すと長くなりそうだからネ。今度ゆっくり教えてあげる」

 鼬瓏は朱兎の手を取り、そのまま指輪の嵌められている薬指へ口付ける。
 所有の証である指輪。首輪代わりに付けられているのだとばかり思っていたが、そうじゃない可能性が見えてきた。
 その事実を知らなければ良かったのかもしれないが、知ることを望んだのは朱兎自身。聞いてしまったことへ少しばかりの後悔を覚えつつも、あのときのあれこれそれはただのスキンシップではない可能性も見えてしまい、朱兎は軽く頭痛を覚えた。

「そうだ」
「……どうした」
「夏休み、行くトコないなら俺のホテルに来る?」

 まるでとてもいいことを思いついたとばかりに、鼬瓏は楽しそうに提案をしてくる。

「今の流れでソレは、下心にしか聞こえねぇな!」
「当然。下心アリのお誘いだネ」

 隠すこともなく下心を曝け出され、朱兎は頭を抱えてしまいたくなった。実際、鼬瓏に手を捕まれていなければ抱えていた。

「スイートルームにご招待するヨ」
「贅沢がすぎる……」

 ホテルの規模によるが、スイートルームなど庶民には手も出せないところだ。1泊の金額で暫くは普通に贅沢をして暮らせそうな気がしてならない。

「だって、夕飯の点心程度で贅沢だなんて思っちゃうんでショ? なら本当の贅沢をさせてあげようって思ったのが6割カナ」
「4割は下心……低いのか高いのかまたわからねぇところを」
「没事的。朱兎がちゃんと俺を好きになってくれてから手を出すから」

 つまみ食いくらいはするかもしれないけど。と付け足された言葉で、鼬瓏への信用は一気に急降下した。
 大人しくホテルへ招待されれば、夏休みのどこかで喰われる可能性しかない。
 そもそも、朱兎が鼬瓏を好きになる可能性があるとも言い切れないのに、好きになってくれてからというのは中々だ。

「スイートルームには専用のプールもあるし、お風呂も大きいヨ。会員制のバーもあるから、そこでゆっくりお酒も飲めるんだけど……どう?」

 どれもこれも、朱兎からすれば未知の領域である。しかし魅力的だ。即座に興味がないとは言い切れず、返答を渋ってしまう。

「因みに……断ったら」
「夏休みの間、俺の部屋に監禁しちゃうカナ」

 語尾にハートが付きそうに首を傾げながら可愛く言ったが、言っている内容はかなりアウトだ。

「イキマース」
「素直な子は好きダヨ」

 選択肢など最初からなかった。きっとあの手この手で最終的にホテルへ連れて行かれる未来しかなかったのだろう。無駄に足掻けば足掻くほど、自らの首を絞めていったに違いない。
 そう悟った朱兎は、潔く白旗を振って降参した。

「夏休み、1ヶ月はあるんだけど。その間ここの部屋どうすんだよ」
「俺の部下に様子を見に行かせるよ。家賃も気にしなくて良いんだから、朱兎が心配するようなことはないヨ」
「家賃? なんで?」
「言わなかったっけ? 光熱費も家賃も俺が払うって」

 記憶を掘り返して辿る。そういえば言っていたかもしれない。つい先ほど、風呂の中で。

「……風呂で言ったのは本気だったのかよ! 光熱費は確かに言ってた気がするけど、家賃は初耳だな!」
「光熱費も家賃も変わらないヨ~。あ、口座はもう変更してあるからネ」

 と言われたあとに、今度こそ本当に頭を抱えた。
 既に変更済みと言うことは、風呂場での発言より前に引き落としの口座を変えられていたと言うことだ。
 いつ? どうやって? と聞きたいことは山のようにあるが、聞いたところではぐらかされるか朱兎の頭痛が加速するかの2択だろう。朱兎は脱力しながら突っ込みを入れることしかできない。

「行動力の塊か」
「時間就是金錢。トキハカネナリって言うデショ?」

 そう言って綺麗に微笑む鼬瓏に、今の朱兎ではなにをしても敵う気がしなかった。
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