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アレックスの膝の上

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「ナオ、よかった」

 重い瞼を開けた途端、アレックスの美貌が飛び込んできた。

(情けないことに、気を失ってしまったのね)

 ジョエルに迫られ、恐怖のあまり失神してしまった。

 自分は先程と同じように図書室にいて、アレックスの膝の上に抱かれていることに気がついた。

 さっと視線を周囲に巡らせた。アレックスの美貌に陰影があり、彼の美貌越しの向こうの窓の外が暗くなっている。パトリックと読書をしていた丸テーブル上に灯りが灯っていて、アレックスの影が床上で揺らめいている。

(わたし、どのくらい気を失っていたのかしら?)

 ジョエルとやり取りしていたときには、窓の外は夕陽の真っ赤から夜の薄暗さにかわりかけていた。

(もしかして、長時間このままの状態だった? だとすれば、アレックスはずっとわたしを膝の上に?)

「ナオ、ケガはないかい? ああ、無理はしなくていい。もうしばらくこのままでいよう」
「殿下、申し訳ありません。ですが、殿下が……」
「心配するな。きみを『お姫様抱っこ』して、バラ園だけでなく庭園中、いや、王宮内をくまなく走りまわるだけの体力はあるからね。膝の上で抱くくらい、どうってことはないさ」

 おどけたように言われ、心からホッとした。同時に、笑いがこみ上げてきた。

 だから、素直に笑った。

「それだけ笑えるのなら大丈夫だ」
「殿下、ありがとうございます。わたし、どのくらい気を失っていたのでしょうか?」
「たいした時間ではない。それこそ、宮廷医を呼ぶ間もなかったくらいだ」
「そうでしたか」

 二重の意味で安堵した。

 ひとつは、アレックスに膝上で抱っこさせるという苦行を、長時間させていなかったことにたいして。ふたつめは、図書室でのことが大事にならなかったことにたいして。

 おそらく、アレックスも大事にはしたくなかったはず。だからこそ、すぐに宮廷医を呼びに行くようなことはしなかったのだ。

「殿下、宰相閣下は?」

 気がかりなことをストレートに尋ねた。

「ここから出て行ってもらった」

 アレックスは、ただそれだけ答えた。

 その美貌には、なんとも表現のしようのないなにかが浮かんでいる。

 ジョエルとの会話の内容を、というかジョエルが勝手にペラペラさえずった彼自身のたくらみを、アレックスに伝えるべきかどうか。

(迷う必要などあるものですか)

 わたしは、アレックスの専属侍女。さらには、彼の守護者。そして、ジョエルは一度目の人生のときの加害者であり復讐の相手。そんなジョエルにたいして、あいにく義理や忠誠心をまったく持ち合わせてはいない。

 つまり、ジョエルのことを告げ口するのにためらいはない。それどころか、積極的に告白したい。

 だからそうした。

 それが「アレックスを守りたい」、というわたしなりのアレックスにたいする気持ちである。

「殿下、じつは……」

 アレックスにそう切り出し、あったことをすべて告げた。それだけでは飽き足らず、マシューのことも添えておいた。

 アレックスは、わたしの話を辛抱強くきいていた。

 彼は、その間もずっと膝の上で抱っこをし続けてくれた。
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