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早朝にアレックスと……

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「で、殿下」

 わたしは、たかだか侍女である。そのわたしが、王子であるアレックスに背中を向けて座ったままでいるわけにはいかない。

 立ち上がりつつ体ごとうしろを向き、彼を迎えた。

「殿下、おはようございます。今朝は、ずいぶんと早いのですね」
「ナオ、おはよう。昨夜は、夜勤でもないのに泊まり込みで打ち合わせをしていたのだろう? 夜勤の侍女が夜のお茶を運んでくれた際、きみや料理長たちが厨房でメニューの打ち合わせや試作をしていたときいた。ナオ、きみのことだ。働きづめで疲れただろうから、息抜きにここにくるかもしれないと考えたわけさ」
「もしかして、殿下は眠れなかったのですか? 今夜のパーティーやディーマー帝国の皇族を迎えることを考えて?」

 いまのアレックスは、たしかにわたしを揶揄ったりいじったりはする。しかし、わたしの前の人生のときの彼とは違い、政務に関しては呆れるほど誠実でひたむきである。

 そんな彼が今夜のことをあれこれ考え、眠れなかったとしてもおかしくない。

「きみと同じさ。というよりか、きみは大丈夫なのかい?」

 アレックスは、こちらに近づいてきた。

 ベンチに座るよう促されたので、同時にベンチに腰をおろした。

「いまは、大丈夫です。今夜のことで頭も体も心もいっぱいですから。気合が入りまくっています。それから、テンションもあがりまくりです。ですが、今夜を無事にのりきったらグッタリするかもしれません。どのようなことでも、燃え尽きたら呆けてしまいますよね。きっと殿下もそうなるのではないでしょうか?」
「そうだね。きっと燃え尽きてしまうだろう。だけど、それでいいと思っている」

 ふたりで顔を見合せた。

 視線が合うと、どちらからともなく笑顔になる。

 夜が明けるにつれ、明るくなっていく。

 アレックスは、今朝もかわらず美しく気高い。

「グルルルル」

 わたしのお腹の虫は、いつでもどこでもどんな状況でもけっして空気を読もうとはしない。

 またしても自己主張を始めた。

「おっと、すまない。もうすこしできみを餓死させるところだった」

 アレックスが笑いだしたので、わたしも声をあげて笑ってしまった。

「ナオ、頼りにしているよ」
「力のかぎりがんばります」

 アレックスの夏の空と同じ澄み渡った蒼い瞳を見つめ、心の底からそう応じた。

『わたしは、あなたの為に全力で尽くします』

 そして、心の中で誓った。
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