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小説に出てくるアレ

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「で、殿下」

 いろいろな意味でドキリとした。まるで悪戯をしたときの子どものように。あるいは、親に秘密を知られてしまった子どものように。

 緊張感で全身が強張ってしまった。

「し、失礼いたしました」

 アレックスの両腕から逃れようと身をよじったけれど、彼のそれはビクともしない。

 わたしが殺される直前の彼は、劣悪な環境や加齢等ですっかり弱っていた。

 いまの彼からはとうてい想像出来ないほど病み、衰えてしまっていた。

 わたしは、そんな彼を毒殺してしまったのだ。

 知らなかったとはいえ、わたしが彼命と人生を含むすべてを奪ってしまったことにかわりはない。

 すべてを奪われたのは、わたしだけではない。

 アレックスもなのだ。

「大丈夫か? ケガはないか?」

 彼は、わたしの内心の焦りなど気がつくはずもない。

「は、はい、殿下。ケガはありません」
「足は? 挫かなかったか?」

(だから、大丈夫なのです)

 いまはただ、アレックスからはやく解放されたい。

 ますます身をよじる。

「挫いていません。ですので、殿下。どうか放してください」
「いや、おれが声をかけたせいで転びそうになった。きみは、ほんとうにおっちょこちょいなところがあるからな」
「ちょちょちょ、で、殿下?」

 仰天どころの騒ぎではない。

 アレックスがわたしを抱きかかえたのだ。

 小説に出てくる「アレ」、である。

 彼はこの世の全レディが一度は夢見るであろう「アレ」を、よりにもよってわたしにやったのだ。

 その瞬間に動揺と混乱に見舞われたことはいうまでもない。

 わたしの頭と心は、すっかり混沌状態になっている。

 というよりか、真っ白か真っ黒か、とにかく無に帰した。

「で、殿下、お願いです。どうかおろしてください」

 が、意外にもはやく復活した。思考が戻ってきた。

 すぐにこの状況をどうにかしなければならない、と彼に訴えた。

 とにかく、全レディの憧れの「お姫様抱っこ」をすぐにでもやめてもらいたい。

「断る。おろさない。きみの足がほんとうに無事であるかどうか確かめなければならないからな」

(なんなの、この人? って、どう考えても前のときの彼のキャラと違っているわよね?)

 アレックス以外の人なら、たとえば変質者とか犯罪者とかだったら、ポカスカ叩くとか殴るとか平手打ちをするところだけれど、アレックスだから出来るわけがない。

 彼は、王子だから。王太子の座に一番遠い第七王子とはいえ、とりあえず王子だから。

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