上 下
36 / 55
第2章:冷静に竜人国へ駆け落ちする

36:冷静にバケーション!!

しおりを挟む



「エフィス…お前、なのか…」


ファイ様とエフィスが空を飛行しているその頃、風下からそれを垣間見ているものがいた。それはアクエスであった。


***



「ここが二人の結婚式をあげた思い出の場所なのですね!誰もいないこともあってなんだか忘れられた楽園に来たような気がします。美しいたくさんの野の花に白い砂浜から見えるコバルトブルーの海。とてもいいところですね」


「美琴、そなたの国でも結婚式というものがあったのか?そういえばそなたはそこで結婚はしていたのか?」


「結婚式を挙げる風習はあちらにもありましたよ。でも私は生憎結婚する前にこの世界に転生してしまいましたから…あははは」


「それなら私もまだ…」


「えっ?」

ファイ様は何か小さく呟いて何でもないと手を振った。



私たちは教会の中に足を踏み入れた。


コツコツと反響する私たちの靴音。
ステンドグラスは8月の空を映したように真っ青で、そこに描かれた月へ向かって手を広げる女神はきっと、月人だろう。女性の髪は白銀で、月と髪が同一であるような描かれ方をされていた。実に神秘的だ。


その時エフィスの温かい感情が流れてきた。
アクエス様との思い出を思いだしているのだとわかる。
いいな、私もそんな素敵な思い出が生きている間に作れたら…


「エフィス、エフィスなのか…?」


突然、柱の影からある男性が現れた。


「アクエス?」


私は瞬時にエフィスへアティスを譲った。


「アクエス、私です。エフィスです。アクエス…」


その言葉を聞いた瞬間、その竜人アクエスは膝を地につけた。
ステンドグラスを見上げる彼の瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。


「アクエス。」


エフィスは無我夢中で走り寄りアクエスを強く抱きしめた。


「アクエス、私を探してくれてありがとう。私はあなたともう一度会えて‥幸せ。」


その言葉を聞きアクエスは堪えきれなくなった声を漏らし泣き始めた。
エフィスはそんな彼の背中をゆっくりとさすっている。

教会に激しく足を踏み鳴らす音がこだまする。

「アクエス、何をしに私の前に現れた?何が目的だ。もしやまた私から大切なものを奪おうとしているのではあるまいな、答えろ。」

それは、今までにないほどの怒りをあらわにするファイ様だった。彼は私たち二人をきつく睨みつけている。


「アクエス、お前の望みなどもう聞かぬ。私はアティスを守ると誓った。お前になどにわたさない。彼女から離れろ」


その言葉にアクエスは泣くのを堪えると、ゆっくりと立ち上がった。


「ファイ…スフェナ…私はお前たちにすまないことをした。取り返しのつかないことをした…エフィスに、私はエフィスにどうしても会いたかった…」


「アクエス?何を言っているのです?アクエスは…」

エフィスの必死な様子に、アクエスは構わないと肩に手をそっと添え話し始めた。

「エフィス。私の話を聞いても私のことを嫌いにならないで…欲しいとはいえないな…もう過ぎてしまったことだ。君が死んで自暴自棄になった私が勝手にやったことだ…どうか君は気に病まないでくれ…


私はエフィスに会うためある魔術師と契約を結んだ。
その魔術師の名は言えない、盟約があるからだ。
しかし、あいつはこういう条件を持ちかけてきた。
あいつは竜人の心臓を使って人間を竜人に変える禁術を施したいという。
そしてその際、世界と世界の間に歪みが生まれ、こちら側の2つの魂とあちら側の2つの魂を供物にするというのだ。その時、もしまだこの世界に留まっているエフィスの魂があるならそれを誘いこみ、竜人となった人間に吸収させることができるかもしれないと、あやつは言ってきたのだ。
初めて聞いた時はなんて恐ろしい術だと思った。
しかし、他に術がなかったのだ。私はもう1500年以上エフィスを探してきた。
寿命が尽きるのはまじかだった。それでは報われない‥。
そんな時ふと思いついてしまったのだ最悪の計画を…」

アクエスは、縋り付くような目で見るエフィスから少し距離を取ると、エフィスとファイ様の両方を見据えた。

「私たちには娘がいた、名はスフェナ。
そなたはその子を生み、1歳になるまでを見届けて先に逝ってしまったから…彼女の大きくなった姿を見たら驚いただろう…
彼女は、エフィスとは全く違って、とても感情的でそして喧嘩や生傷が絶えない女性に育ってしまっていた。彼女にいくら注意しても、逆に怒られるばかり。娘とは会話もろくに続かず、気づけば私は彼女を避けていた。
しかし、それは全て育児を投げ出し、そなたを追い求めてきた私のせいだとも思っていた。

あの計画には竜人が必要だった。
娘には申し訳ないが、彼女を差し出すことで、もしエフィスが帰ってくるのなら、娘にとっても本望ではないかと思ったのだ…。いや、そう思い込んでいたのだ私は…。

そして娘が夜な夜なよく出かける人間界周辺の森の場所を魔術師に教えた。
娘が死んで欲しいとは思ってはいなかった、ただ、もしそうなってしまったならそれが運命だったと思えばいいと思っていた。


そして娘は…死んでしまった。


あの嵐の夜。
私は娘の悲鳴を聞き、いてもたってもいられずその場に足を運んだ。
そしてその亡骸を見た。
彼女の周りにはほとんど戦闘の後や鱗の残骸など落ちてはいなかった。しかし、彼女の体には鱗がほんのわずかしか残ってはいなかったのだ、まだ人間たちに回収される前だと言うのに…
その時初めて知った、理解した。娘の優しさを、強さを。

私は無心で娘に駆け寄り、自分の残り少ない鱗を剥がしては彼女に与えることを繰り返し、少しでも間に合ってくれ、延命してくれと願った…しかし、心臓をなくした彼女にはそれが利くはずもなく…私は絶望におそわれていた。


その後魔術師に知らされることになる。
人間を竜人にすることは叶った。しかし、エフィスの魂はどうやら下ろすのに失敗したらしいと…」



今のエフィスは、少しでも触れれば粉々に砕けてしまいそうだった。
愛した夫、愛した娘。そしてエフィス自身の運命。
全てが掛け違いあいながら、その全てに異なる形の愛があった。


ファイ様は下を向いている。
ファイ様からしてみればアクエスの行動は絶対に許せないだろう。
彼の頑ななエフィスへの想いが彼女やその子供の幸せを狂わせていいはずがない。


ギィ~。
教会の扉が開く音がした。


カツコツと靴音を鳴らして入ってきたのは、いつぞや見た男性。
そう、子供たちと私を助けてくれた黒竜の竜人さんだった。


「どうした?感動の再会を果たしていたのではないのか。」

「お、王子なぜこちらに??」


ファイ様とアクエスは狐に摘まれたような顔をしている。


「二匹の白竜が空を飛ぶ様子を見かけたのだ…見に行かないはずがないだろう?それで…そこにいる子が例の子か、アティス。」


彼は私をじっと見つめるのだった。

しおりを挟む

処理中です...