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第二章 アーウェン少年期 領地編

少年は疑いの目で見られる ②

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ギンダーの心中は複雑だった。
『ターランド伯爵家のお子様』をお世話するのに、否やはない──正当な血筋であれば。
むろん子守りのような女の使用人がする仕事を率先してするつもりはなく、嫡男であるリグレがこの領邸にいる間の教育係ぐらいせいぜいが面倒を見る許容範囲内で、今やっているような『寝ている子供を運ぶ』などと言うのは下男の仕事だと思っている。
どこの馬の骨ともわからぬ──文字通り骨だらけの軽すぎる男児はぐにゃりとして気持ち悪く、どうせ子供を抱くならお嬢様だったならよかったのにと思わないでもない。

一体何を思って、旦那様はこんな子供を大切に扱われるのか──

今までは貴族らしく嫡男や令嬢とは少し距離を置いてふたりの教育は奥様に任されていたらしいが、何故か今日は自分が嫡男様を抱いてその役を下男に任せようとはしない。
「……まったく、何を考えておられるのか」
聞こえないように声を潜め、ため息交じりでそう呟く。
幸いなことに抱かされている子供はピクリとも瞼を動かさず、本当に糸の切れた人形のように脱力していた。


不愉快なことはまだ続く。
リグレの部屋はもちろん嫡男としてふさわしい広い私室と寝室が繋がった部屋だが、ギンダーが言いつけられたこの子供の部屋は、その次に良い部屋である。
確かに「次男として養子にした」と言われたが、その素性をギンダーは王都邸にいるラウド専属執事のルベラほど詳しくは知らされていない。
むしろ王都からこの領都邸に来るまで護衛していた者たちの方が詳しいぐらいで、しかも彼らは「お可哀想な方なんだ…」と涙ぐみそうな悲痛な表情をして同情心を露わにする。
それもまたギンダーを苛つかせた。


次の日もまだ苛立ちは続く。

何せあの小さな子供には専属の従者がついているのだ。
次期当主となるリグレにはもちろんロフェナが従って世話をするので、ギンダー自身はご当主がこの領都に帰ってきた時に家令であるルベラに代わってラウドの執事として付き従えばいいのだが、彼が何も話さないのに、自分から『アーウェン』という名の子供の素性など尋ねようがない。
しかも簡単に紹介された『アーウェンの家庭教師』という男は風貌が自分たちと少し違って異国の者のようであり、いかにも『正体不明』といわんばかりである。
その男は図書室の隣の部屋を寝室とするだけでなく好き勝手に図書室に出入りできる許可まで与えられているが、大切な蔵書に何か間違いがあってはいけないと目を光らせねばならず、気苦労が絶えなくなってしまった。
そしてカラという少年──さすがにアーウェンよりもよほど健康そうではあるが、ちゃんとした教育を受けているか怪しいものである。
ひょっとしたら手癖が悪いことを隠して、旦那様たちに取り入ったのでは──そう思えば疑わしいように見えてしまう。
聡明な旦那様が間違いを犯されるとは思わないが、ひょっとして『貧しい子供を救いたい』という気持ちに付け込まれ、危険分子を懐に入れられてしまったのでは──

「……で、明日からの視察だが……ギンダー?どうした?」
「……はっ……い、いえ、申し訳ございません」
「そういえばお前も、私たちがこちらに戻ってからまだ半日休みも取っていなかったな?では、明日はロフェナを同行させよう。リグレももうそろそろ実地を見せたいと思っていたところだから、ちょうどいいだろう」
「えっ……そ、それは、旦那様……」
「うん?都合が悪いか?そういえば婚約者がいたな……その者と休みが合うようにした方がいいか。相談のうえ、休暇申請をしなさい」
「えっ…あ、はい……」
思わずあれこれと最悪を考えていたギンダーは、ラウドからの問いかけに瞬時に反応することができず、却って心配をかけたことを詫びる。
さらにいきなり特別休暇を与えられて挙動不審にキョロキョロとしてしまったが、逆に心を決めた。
「いえ、都合は特にございません。明日、半日お休みをいただきたく存じます」
「そうか。すまないな、全日とはいかず……バラットがいれば数日ぐらい可能なのだが。ああ、もし婚姻の予定が立ったならば、遠慮せずに言いなさい。その際はさすがにバラットを呼び寄せねばならないからね」
「あ、ありがとうございます、旦那様」
その気遣いに感動し、ギンダーは心が熱くなるのを感じる──次の言葉が続くまでは。
「今はロフェナに家令代理の代理をさせるわけにはいかないが、いずれはまあ領都邸の使用人たちを監督する経験があるのも悪くはないだろう」


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