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第一章 アーウェン幼少期
老伯爵は町の膿を見つける ③
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静かではあってもグリアース伯爵とはまた違った威圧感を持って入店してきたターランド伯爵を見て、肉屋の店主は震えあがった。
観光資源などほぼ無いこんな町に現れる貴族なぞ、確実に領主であるグリアース伯爵と縁があるとわかる。
ましてや昨夜、慌てて飛び込んできた宿屋の亭主が「領主との縁故の貴族らしい」と話していたのを本気にはしていなかったが、グリアース伯爵は単なる知己ではなく、まるで甥か親戚の子供でも迎えたような親しみを込めた様子で挨拶をして招いている。
──これは、絶対まずい。
青褪めた表情からラウドは店主の考えていることがわかったが、これまで仕入れや町民に対する販売に関する記録や、グリアース伯爵の息子に対する賄賂的な証拠などを隠滅させる時間を与えるつもりはなかった。
故に──
「では店主と家族はいったん町の集会所へ連れて行け。キリムはエニジーシャの警護を。エニジーシャはすべての帳面だけでなく、この家にある物で売買やグリアース伯爵令息に関する書類を見つけたらすべて確保せよ」
「ハッ!」
ロフェナたちが出た後、宿屋にはほぼ使用人とチュラン・グラウエス家の三人だけを残し、グリアース伯爵とターランド伯爵に率いられて侍従と警護担当の騎士たちは町中の店に散らばり、それぞれ今と同じようなやり取りで不正の証拠や町長代理への賄賂の記録などを次々と押収していた。
もちろんロフェナは自分たちを避けて動く主人たちの様子はわかっていたが、カラやクレファーを巻き込む必要がないと判断した主人であるラウドの意思を尊重し、決定的となったこの店でのやり取りの後で現れるまで特に注意を促す必要がないと判断していたので、ふたりと違って特に驚くことはない。
「ちょうどよい。カラには辛いかもしれないが、アーウェンの様子がおかしくなった時のことを聞きたい。屋敷に戻るのならば公園はそのすぐ目の前だったな……ご老体に聞いても埒が明かんのだ」
「……仕方なかろう。怯えるほどに大人しかった子供が突然、人格が変わったかのように子ウサギを仕留める……しかもかつては呪われておったなどと知らなければ、まさしくたった今何かに憑りつかれたんだと思うわい。お前と違って、私には魔法だの魔術のアレコレだのは、ようわからん……」
ムスっとした顔でグリアース伯爵が溜め息をつくと、ラウドは親し気に、そして宥めるように背を軽く叩く。
「まあまあ、そう拗ねずに。あっち行けなんて言いませんから、一緒に来てください。そのおかしくなったのが確かにアーウェンだけの現象ということがわかれば、わざわざ子供たちを公園から締め出す必要もないでしょう?」
「ふん……知っておったのか。子供はいつの間にかどこかで見て、それを親に伝えてしまうでの。用心をしておっただけじゃ」
「それだって私たちが赴いて『安全だ』ということを、この町の子供がまた親に伝えてくれれば安心するはずです」
「まったく……うちの息子どもをお前さんの部隊に放り込んで揉んでもらいたいもんじゃ。長男は領地に帰ってこん、次男は遊び歩く、三男は……アレはどうなのか、今いちハッキリせん」
グリアース伯爵は先ほどとは違った意味で、また溜め息をついた。
観光資源などほぼ無いこんな町に現れる貴族なぞ、確実に領主であるグリアース伯爵と縁があるとわかる。
ましてや昨夜、慌てて飛び込んできた宿屋の亭主が「領主との縁故の貴族らしい」と話していたのを本気にはしていなかったが、グリアース伯爵は単なる知己ではなく、まるで甥か親戚の子供でも迎えたような親しみを込めた様子で挨拶をして招いている。
──これは、絶対まずい。
青褪めた表情からラウドは店主の考えていることがわかったが、これまで仕入れや町民に対する販売に関する記録や、グリアース伯爵の息子に対する賄賂的な証拠などを隠滅させる時間を与えるつもりはなかった。
故に──
「では店主と家族はいったん町の集会所へ連れて行け。キリムはエニジーシャの警護を。エニジーシャはすべての帳面だけでなく、この家にある物で売買やグリアース伯爵令息に関する書類を見つけたらすべて確保せよ」
「ハッ!」
ロフェナたちが出た後、宿屋にはほぼ使用人とチュラン・グラウエス家の三人だけを残し、グリアース伯爵とターランド伯爵に率いられて侍従と警護担当の騎士たちは町中の店に散らばり、それぞれ今と同じようなやり取りで不正の証拠や町長代理への賄賂の記録などを次々と押収していた。
もちろんロフェナは自分たちを避けて動く主人たちの様子はわかっていたが、カラやクレファーを巻き込む必要がないと判断した主人であるラウドの意思を尊重し、決定的となったこの店でのやり取りの後で現れるまで特に注意を促す必要がないと判断していたので、ふたりと違って特に驚くことはない。
「ちょうどよい。カラには辛いかもしれないが、アーウェンの様子がおかしくなった時のことを聞きたい。屋敷に戻るのならば公園はそのすぐ目の前だったな……ご老体に聞いても埒が明かんのだ」
「……仕方なかろう。怯えるほどに大人しかった子供が突然、人格が変わったかのように子ウサギを仕留める……しかもかつては呪われておったなどと知らなければ、まさしくたった今何かに憑りつかれたんだと思うわい。お前と違って、私には魔法だの魔術のアレコレだのは、ようわからん……」
ムスっとした顔でグリアース伯爵が溜め息をつくと、ラウドは親し気に、そして宥めるように背を軽く叩く。
「まあまあ、そう拗ねずに。あっち行けなんて言いませんから、一緒に来てください。そのおかしくなったのが確かにアーウェンだけの現象ということがわかれば、わざわざ子供たちを公園から締め出す必要もないでしょう?」
「ふん……知っておったのか。子供はいつの間にかどこかで見て、それを親に伝えてしまうでの。用心をしておっただけじゃ」
「それだって私たちが赴いて『安全だ』ということを、この町の子供がまた親に伝えてくれれば安心するはずです」
「まったく……うちの息子どもをお前さんの部隊に放り込んで揉んでもらいたいもんじゃ。長男は領地に帰ってこん、次男は遊び歩く、三男は……アレはどうなのか、今いちハッキリせん」
グリアース伯爵は先ほどとは違った意味で、また溜め息をついた。
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