その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は眠ったままで成長する ③

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その無邪気な笑顔に本当に何も聞かれていなかったようだと、アーウェンも安堵の笑みを浮かべてまだ肉の付き方が足りていない細い手で絹糸を束ねたような美しい義妹の頭を撫でる。
「……何でもないよ?鳥さん、きれいだった?」
「きえい!あのね、あのね!てぃすがね!とりしゃんのこえ、きえいなの!ね?おにいしゃまにもきかしぇて?」
「はい、エレノア様。アーウェン様……お耳を拝借しても?」
「はい」
しっかりとした光を湛えてラリティスを見上げるアーウェンのその視線の強さにわずかにターランド伯爵夫人を窺うが、同じようにわずかな頷きを返されて、そっとその両耳に自分の手のひらを当てる。

チュッ…
チチチ…
ピチュピチュピチュ…チュチュチュ……

リップ音のような微かな鳥の鳴き声がいくつも重なり、風まで感じるようなその爽やかな音色に、目を瞑って音に集中しようとしたアーウェンの顔にも至福さと穏やかな笑みが浮かぶ。
だからその手が離れてしまったことが、少し寂しい。
「……いかがでしたか?」
「とても…とてもすてきでした。ノアが好きなの、わかります」
ふふっと忍び笑いがアーウェンの口から零れたが、それは今までの幼すぎた言動からはとうてい想像できないほど大人びていて、間近に見たラリティスだけでなく、エレノアを除くすべての人間が瞠目した。
一体気を失っていた間に何が起こったのか──中でもカラはずっと側にいたため、その精神的成長が著しいことに喜びつつもやはり強い困惑を感じてしまう。


アーウェンが目を覚ましたということは、執務室に入って不正の証拠などを次々と見つけるラウドとグリアース伯爵の下にも届けられた。
しかしいつもなら飛んでいきそうなラウドは鷹揚に頷き、さらに次の物を取り上げる。
それは確かに不正の証でもあるのだが──『クージャの日記』というとてもわかりやすい表紙がついている本で、しかも番号が振ってあった。
「……ずいぶんと几帳面な……」
パラパラと捲ってみたその中は偏りがひどく、最初の頃は真面目な業務日誌だったが、質の悪い女性に捕まるたびにその者への愛とどんな物を貢いだかの記録となっていた。
こうやって見てみれば記録してくれてありがたいと思う反面、その未熟さが目に余る。
「……しっかり領収証も残っておる。この町では散財できんとわかっていたらしい。ほとんど港町のものだろうが、真面目な用途もあるから質が悪い」
つまり見つけた領収証と日記にある貢ぎ物と突き合わせて弾かれたものが、本来の目的で使われたこの町の運営資金で、どうやら女性に使いつつも自分が有能な支配者であるという見栄も張りたかったらしい。
愚かではあるが、まったく見込みがないというわけではないのだろう。
「まともな娘を宛がい、手綱を取ってもらえればまだ何とか……」
まさしくラウドも同じことを考えていた。


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