その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ

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第一章 アーウェン幼少期

少年は眠ったままで自分を受け入れる ①

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アーウェンは思わず駆けていた。

アレを。
アレを。
アレを。
骨を折れ。
骨を折れ。
命を絶て。
暖かい小さな獲物から滴る血を。
温かくぬめりつく液体を。
手を汚せ。
汚せ。
汚せ。
お前をお前自身が堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕ちろ。お前の今いる場所から。元いた場所に。

気が付いたら小さく固い物を握っていた。
その身体が逃げられないようにと、かつて自分が見知らぬ大人にのしかかられ、叩かれていた時のように。
嗤われた。
抵抗できない身体を。
無力さを。
頬を。
頭を。
身体を。
その記憶が視界を赤く染め、異常に頭が締めつけられるほどの痛みが湧いた。
いや──感じたことのないその感情を何と名付けていいのかわからなかったが、恐怖や悲しみではないように思う。
でも、どこかに、何かにぶつけなければ、絶対に治まらないのだけはわかった。
だから手を振り上げ、振り下ろし、柔らかく潰れる衝撃に少し爽快感を覚えて、笑みを浮かべる。
何度も───何度も──
『アー……ウェン……様……?』
ボンヤリと声が聞こえた。
だから振り返って背後にいるヒトを見た。

だ…れ……だ……け……?この……ひ、と……も……ぼくに……ころせ、と……いったんだ……け……?
殺すって……何?

『ぼく……も……できた、よぉ……』
自分の声も遠く聞こえる。
まるで自分自身は別のところから見ているかのように。
見下ろせば赤く染まった毛皮が破れ、押さえる手の下でビクリと身体がひときわ大きく跳ねたとたん、逃げられてしまうと思った。

逃がしてはいけない。
逃げられたら──ぼくが、ころされる。

「ちゃ……ん、と……とどめ……ささな、い……と……ぼくは……僕、が……僕……」
僕が、この命を奪う。
初めて奪う。
奪って──どうしたらいい?


ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、おもちゃにされた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、ころされかけた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、すてられた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、ひろわれた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、つくせときざまれた。

ちいさなちいさなぼくは、つめたいいえから、あたたかいいえについた。
ちいさなちいさなぼくは、あたたかいいえから、あたたかいかぞくにはいった。
ちいさなちいさなぼくは──小さい僕になった。

アーウェンは突然すべてを思い出した。
心が死にそうだった。

どうしてあんな風にされて、平気だったんだろう?
どうしてあんな風に扱われて、笑っていたんだろう?
どうしてあんな風に傷つけられて──生きているんだろう?

『ノアが、いるじゃない』
『カラが、いるじゃない』
『リグレ兄様が、いるじゃない』
『父様も、母様も、いるじゃない』
「みんなが、いるじゃないか」
蹲って動かない小さな可哀想な生き物だったモノを抱えていた小さなアーウェンは、ふわりと消えた。
無意味に命を奪ったことを、忘れないでいよう。
どうしてこうなったのか、アーウェン自身にはわからない。
わからないけれど、『生きていていい』と義父が、義母が、義兄が、義妹が、そしてターランド伯爵家にいる者皆が、アーウェンを許して受け入れて愛してくれている。

だから──生きよう。


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