213 / 416
第一章 アーウェン幼少期
少年は眠ったままで自分を受け入れる ①
しおりを挟む
アーウェンは思わず駆けていた。
アレを。
アレを。
アレを。
骨を折れ。
骨を折れ。
命を絶て。
暖かい小さな獲物から滴る血を。
温かくぬめりつく液体を。
手を汚せ。
汚せ。
汚せ。
お前をお前自身が堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕ちろ。お前の今いる場所から。元いた場所に。
気が付いたら小さく固い物を握っていた。
その身体が逃げられないようにと、かつて自分が見知らぬ大人にのしかかられ、叩かれていた時のように。
嗤われた。
抵抗できない身体を。
無力さを。
頬を。
頭を。
身体を。
その記憶が視界を赤く染め、異常に頭が締めつけられるほどの痛みが湧いた。
いや──感じたことのないその感情を何と名付けていいのかわからなかったが、恐怖や悲しみではないように思う。
でも、どこかに、何かにぶつけなければ、絶対に治まらないのだけはわかった。
だから手を振り上げ、振り下ろし、柔らかく潰れる衝撃に少し爽快感を覚えて、笑みを浮かべる。
何度も───何度も──
『アー……ウェン……様……?』
ボンヤリと声が聞こえた。
だから振り返って背後にいるヒトを見た。
だ…れ……だ……け……?この……ひ、と……も……ぼくに……ころせ、と……いったんだ……け……?
殺すって……何?
『ぼく……も……できた、よぉ……』
自分の声も遠く聞こえる。
まるで自分自身は別のところから見ているかのように。
見下ろせば赤く染まった毛皮が破れ、押さえる手の下でビクリと身体がひときわ大きく跳ねたとたん、逃げられてしまうと思った。
逃がしてはいけない。
逃げられたら──ぼくが、ころされる。
「ちゃ……ん、と……とどめ……ささな、い……と……ぼくは……僕、が……僕……」
僕が、この命を奪う。
初めて奪う。
奪って──どうしたらいい?
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、おもちゃにされた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、ころされかけた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、すてられた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、ひろわれた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、つくせときざまれた。
ちいさなちいさなぼくは、つめたいいえから、あたたかいいえについた。
ちいさなちいさなぼくは、あたたかいいえから、あたたかいかぞくにはいった。
ちいさなちいさなぼくは──小さい僕になった。
アーウェンは突然すべてを思い出した。
心が死にそうだった。
どうしてあんな風にされて、平気だったんだろう?
どうしてあんな風に扱われて、笑っていたんだろう?
どうしてあんな風に傷つけられて──生きているんだろう?
『ノアが、いるじゃない』
『カラが、いるじゃない』
『リグレ兄様が、いるじゃない』
『父様も、母様も、いるじゃない』
「みんなが、いるじゃないか」
蹲って動かない小さな可哀想な生き物だったモノを抱えていた小さなアーウェンは、ふわりと消えた。
無意味に命を奪ったことを、忘れないでいよう。
どうしてこうなったのか、アーウェン自身にはわからない。
わからないけれど、『生きていていい』と義父が、義母が、義兄が、義妹が、そしてターランド伯爵家にいる者皆が、アーウェンを許して受け入れて愛してくれている。
だから──生きよう。
アレを。
アレを。
アレを。
骨を折れ。
骨を折れ。
命を絶て。
暖かい小さな獲物から滴る血を。
温かくぬめりつく液体を。
手を汚せ。
汚せ。
汚せ。
お前をお前自身が堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕とせ。
堕ちろ。お前の今いる場所から。元いた場所に。
気が付いたら小さく固い物を握っていた。
その身体が逃げられないようにと、かつて自分が見知らぬ大人にのしかかられ、叩かれていた時のように。
嗤われた。
抵抗できない身体を。
無力さを。
頬を。
頭を。
身体を。
その記憶が視界を赤く染め、異常に頭が締めつけられるほどの痛みが湧いた。
いや──感じたことのないその感情を何と名付けていいのかわからなかったが、恐怖や悲しみではないように思う。
でも、どこかに、何かにぶつけなければ、絶対に治まらないのだけはわかった。
だから手を振り上げ、振り下ろし、柔らかく潰れる衝撃に少し爽快感を覚えて、笑みを浮かべる。
何度も───何度も──
『アー……ウェン……様……?』
ボンヤリと声が聞こえた。
だから振り返って背後にいるヒトを見た。
だ…れ……だ……け……?この……ひ、と……も……ぼくに……ころせ、と……いったんだ……け……?
殺すって……何?
『ぼく……も……できた、よぉ……』
自分の声も遠く聞こえる。
まるで自分自身は別のところから見ているかのように。
見下ろせば赤く染まった毛皮が破れ、押さえる手の下でビクリと身体がひときわ大きく跳ねたとたん、逃げられてしまうと思った。
逃がしてはいけない。
逃げられたら──ぼくが、ころされる。
「ちゃ……ん、と……とどめ……ささな、い……と……ぼくは……僕、が……僕……」
僕が、この命を奪う。
初めて奪う。
奪って──どうしたらいい?
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、おもちゃにされた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、ころされかけた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなというばけものに、すてられた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、ひろわれた。
ちいさなちいさなぼくは、おとなじゃないばけものに、つくせときざまれた。
ちいさなちいさなぼくは、つめたいいえから、あたたかいいえについた。
ちいさなちいさなぼくは、あたたかいいえから、あたたかいかぞくにはいった。
ちいさなちいさなぼくは──小さい僕になった。
アーウェンは突然すべてを思い出した。
心が死にそうだった。
どうしてあんな風にされて、平気だったんだろう?
どうしてあんな風に扱われて、笑っていたんだろう?
どうしてあんな風に傷つけられて──生きているんだろう?
『ノアが、いるじゃない』
『カラが、いるじゃない』
『リグレ兄様が、いるじゃない』
『父様も、母様も、いるじゃない』
「みんなが、いるじゃないか」
蹲って動かない小さな可哀想な生き物だったモノを抱えていた小さなアーウェンは、ふわりと消えた。
無意味に命を奪ったことを、忘れないでいよう。
どうしてこうなったのか、アーウェン自身にはわからない。
わからないけれど、『生きていていい』と義父が、義母が、義兄が、義妹が、そしてターランド伯爵家にいる者皆が、アーウェンを許して受け入れて愛してくれている。
だから──生きよう。
6
お気に入りに追加
784
あなたにおすすめの小説

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる