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第一章 アーウェン幼少期
少年は初めて絵本を選ばされる ②
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イキイキと鮮やかなその声は、高い猫の声と低い犬の声、優しく囁くような姫の声──子供たちはたちまち物語に引き込まれた。
エレノアは何度も読んでもらって覚えているのか、勢いよく鬨の声のような鳴き声を、ラリティスと一緒に真似をする。
「……楽しいな」
「ええ、初めて見ましたが、乳母とはああいうこともできるのですねぇ……」
クレファーが感心して呟くと、ロフェナも同じく頷いた。
「見たことがないのか?」
「まあ……私の仕事はたいてい坊ちゃま方のお世話ですから。王都にいらっしゃるご長男のリグレ様にも乳母としてラリティスの母が付いておりましたが、ふたりともあの頃はまだ見習いで……ラリティスは領地で中学部までの勉強を地元の学校で習い、旦那様の権限と試験内容で十三歳から十五歳まで飛び級扱いで乳母養成専門学校へ通いました。私はずっと王都のお邸で勉強しつつリグレ様の専属執事として勉強していましたから、ラリティスの仕事の様子を見ることはなかったんです」
へぇ…とクレファーは思ったが、それにしてはふたりの間に入り込む隙間などない。
下世話ながらどうやって距離を詰め、使用人として節度を保って交際を続けられるのかを知りたいと思った。
だからといってこの若いふたりに割って入るつもりなどないが、聞けば産まれた時からふたりともターランド伯爵家にいるのだから幼なじみといっていいし、それならば当然気安さも生まれそうなものなのに。
「……旦那様の専属執事であり家令も勤める我が父と、奥様の専属侍女でありお嬢様の乳母も勤めたジューリー侍女長様は、それぞれ厳しい方です。使用人としての心積もりと恋愛などの個人的感情をご家族に漏らしてご迷惑をかけてはいけないと、厳しくしつけられましたから」
ふっと溜め息をつきつつ、ロフェナはめったに見ることのできない恋人の声音変化をつけて絵本を読む姿を見つめる。
その横では思いがけず上司の恋愛事情の追加情報を聞いてしまったカラが、大人びていたさっきの様子とは打って変わって顔を真っ赤にして、ロフェナとクレファーを凝視していた。
冒険譚は賑やかなクレヨンたちの運動会に変わり、エレノアが競争に勝ったクレヨンがあげる「やったー!」という声に合わせて万歳をした。
アーウェンはその様子に驚いたが、次にまた別の競争が進んでラリティスが「そうして……」と溜めながら次のページをめくって、またゴールする絵が出てくると、今度はエレノアと一緒に「やったー!」と声を上げる。
その様子に少し涙ぐんでいるのは、きっとクレファーの気のせいではないだろう。
そっと横を伺うと、ロフェナもわずかに瞬きを多くしているし、カラに至っては本当に泣き出しそうだ。
いったいあの男の子に対して、ターランド伯爵家当主夫妻どころか、使用人たち皆がこのように身を入れるのは何故なのだろうかと、クレファーの好奇心は激しく刺激された。
エレノアは何度も読んでもらって覚えているのか、勢いよく鬨の声のような鳴き声を、ラリティスと一緒に真似をする。
「……楽しいな」
「ええ、初めて見ましたが、乳母とはああいうこともできるのですねぇ……」
クレファーが感心して呟くと、ロフェナも同じく頷いた。
「見たことがないのか?」
「まあ……私の仕事はたいてい坊ちゃま方のお世話ですから。王都にいらっしゃるご長男のリグレ様にも乳母としてラリティスの母が付いておりましたが、ふたりともあの頃はまだ見習いで……ラリティスは領地で中学部までの勉強を地元の学校で習い、旦那様の権限と試験内容で十三歳から十五歳まで飛び級扱いで乳母養成専門学校へ通いました。私はずっと王都のお邸で勉強しつつリグレ様の専属執事として勉強していましたから、ラリティスの仕事の様子を見ることはなかったんです」
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下世話ながらどうやって距離を詰め、使用人として節度を保って交際を続けられるのかを知りたいと思った。
だからといってこの若いふたりに割って入るつもりなどないが、聞けば産まれた時からふたりともターランド伯爵家にいるのだから幼なじみといっていいし、それならば当然気安さも生まれそうなものなのに。
「……旦那様の専属執事であり家令も勤める我が父と、奥様の専属侍女でありお嬢様の乳母も勤めたジューリー侍女長様は、それぞれ厳しい方です。使用人としての心積もりと恋愛などの個人的感情をご家族に漏らしてご迷惑をかけてはいけないと、厳しくしつけられましたから」
ふっと溜め息をつきつつ、ロフェナはめったに見ることのできない恋人の声音変化をつけて絵本を読む姿を見つめる。
その横では思いがけず上司の恋愛事情の追加情報を聞いてしまったカラが、大人びていたさっきの様子とは打って変わって顔を真っ赤にして、ロフェナとクレファーを凝視していた。
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その様子に少し涙ぐんでいるのは、きっとクレファーの気のせいではないだろう。
そっと横を伺うと、ロフェナもわずかに瞬きを多くしているし、カラに至っては本当に泣き出しそうだ。
いったいあの男の子に対して、ターランド伯爵家当主夫妻どころか、使用人たち皆がこのように身を入れるのは何故なのだろうかと、クレファーの好奇心は激しく刺激された。
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