休憩室の端っこ

seitennosei

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日菜子と仲宗根さんがトイレに消えて15分程経った。
仲宗根さんじゃ女子トイレの中までは入れないだろと思い、私もトイレに向かった。

トイレの前では仲宗根さんが案の定途方に暮れていた。
「ヒナー?大丈夫か?」
中から返答はあるが、どうするべきか考えあぐねている。
「仲宗根さん、私がついてるんで戻って下さい。何かあったら呼ぶので。」
「そっか…。お願いするわ。一花ちゃん、ありがとう。」
仲宗根さんと入れ替わりトイレの扉を開けると、中に個室が3つあり、一つだけ使用中になっている。
「日菜子?大丈夫?」
ノックをしながら声を掛けるとガチャっと音がして扉が開いた。
「うぅ…。一花さん…。」
洋式の便器を抱えるようにして日菜子はしゃがみ込んでいた。
意識はしっかりしている様で、とりあえず一安心。
「日菜子、しゃがむと汚れるしお腹キツいから、トイレに座ってこの袋に吐きな。お水も貰ってきたよ。」
「…。ありがとうございます…。」
水の入ったコップを個室内の棚に置き、フラフラと立ち上がる日菜子の腕を支える。
片手で便座と蓋を下ろし、その上に日菜子を腰掛けさせようとしたその時。
「きゃっ」
「うわっ」
よろけた日菜子にのしかかられ、しっかり閉めていなかった扉を押し開けながら二人で手洗い場の床に倒れ込んだ。
受け身もとれず、強打した肘の痛みで悶絶していると、胸の上で日菜子が諦めた声を出した。
「一花さん、ごべんなさぃ…。吐きます。」
「え?ちょっ、袋!」
どこかに落ちているだろう袋を手探りで探すも間に合わず、抱きかかえている日菜子の背中が数回波打ち、私の胸がじわっと暖かくなった。
「ご、ごべんなさい…。」
べそをかく日菜子の背中を擦る。
今日この後どうしよう。

ウチの家族には決まりがある。
それは日付が変わるまでに帰れない日は、家族の睡眠を妨げない為に、両親が起きる朝までは帰らないこと。
普段ならば、カラオケでも漫喫でも行けばいいことなのだが、この汚れた服でどうやって朝まで過ごそうか。
日菜子は仲宗根さんに連れられて帰って行った。
最後までグズグズに泣いて謝っていて気の毒だった。
仲宗根さんはお詫びにと、今日の会計を全て持ってくれた。
方向の違う高橋と別れ、店の前で海くんと二人になった。
ここで解散して、駅の方でシャワー付きの漫喫を探すか…。
それにしても着替えがない。
どうしたものかと困りながらも、邪な考えが頭を過ぎる。
これだけ理由が揃っていれば、海くんの家にお邪魔することが許されるのではないかと。
これは千載一遇のチャンスなのかもしれない。
少しでも嫌な顔されたら大人しく漫喫を探せばいいことだ。
私はダメ元で海くんに我儘を言ってみることにした。
「海くん、あのさ、お風呂と着替えだけでも貸して貰えないかな?」
「え?」
目を見開きこちらを見る海くん。
それはそうだろう。
今まで一度もプライベートで会ったことがなかったのに、初めて一緒になった飲み会の帰りに家に上げてくれってお願いは図々し過ぎるだろう。
だけど嫌そうかどうかの判断をするにはまだ早い。
自分にそう言い聞かせて、早口で追加の説明を付け加える。
「私さ、訳あって朝まで帰れないのね。だからもともと漫喫で一人で朝まで時間潰す予定だったんだけど、こんなことになっちゃったからさ…。」
「…。」
黙り込む海くん。
何を考えているのだろう。
断る方法を考えているのだとしたら悲し過ぎる。
これ以上押すのはメンタルがもたない。
「嫌だよね…?ごめん。忘れて!」
「一花さんは…」
「え?」
「一花さんはそれで良いんだね?」
メガネが反射していて表情がよくわからない。
「俺は良いよ。部屋来るの。一花さんも良いってことだよね?」
これは何の確認なのだろう。
もしかして、そういう意味?
いや、海くんに限ってそれはないだろう。
「良いも何も私はお願いする側だし、海くんが良いって言ってくれるなら有難いけど。」
「…。」
まだ何か迷っている様子を見せてくるので不安になる。
「海くん?」
「わかった。行こうか。」
家に向かい歩き出した海くんの後に着いて歩く。
「一花さんは、一人暮らしの男の家とか抵抗ないの?」
ギクッとし、返答に詰まる。
一人暮らしの男性の家なんて行ったことがない。
相手が海くんでなかったら絶対に行かないだろう。
しかし、それをそのまま口にして良いのだろうか。
この前一緒に帰った時の記憶が蘇る。
調子に乗って匂わせ発言して、また拒否られたら心が死んでしまう。
「海くんだからだよ。」なんてとても言えない。
脳内をフル回転させ、さっぱりとした友達みたいなノリになるような答えを探す。
「うーん、私を女として見る人なんていないから、抵抗とか考えたことないなぁ…。」
「…ふーん。」
心做しか不機嫌そうな返答。
多分また間違えた。
そう気付いても今更後には引けないし、海くんの家に行くことは止めたくない。
この後の行動次第で、明日の朝には私たちの関係性が良くも悪くも変わっているかもしれない。
私は覚悟を決めた。

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