上 下
109 / 163

3-17

しおりを挟む
首元が落ち着かない。
歩く度に肩を擽る髪が、違和感でしかない。
私は、馬上から短くなった髪先に何度も触れた。


「もうすぐ、ヴァングレーフの領土だ。頑張れるか、ステラ?」

「はい、大丈夫です。」


サウザリンド王国の西側にあるヴァングレーフ王国を目指す私達は、国境の森まで転移魔法陣を使って移動し、その後、馬に乗って森の小道を進んでいた。
そんな私達の前を、ヴェイル様は生き生きと走り回っている。
ヴェイル様は黒豹姿を隠すため、イザリア聖国からずっと、荷物の中に紛れていたから、相当ストレスが溜まっていたのだろう。
今は、尻尾がご機嫌に揺れている。
私は、馬上からヴェイル様の可愛らしい姿を眺めていた。





ヴァングレーフ王国は、森の中にある小さな国で、人口の大半を占める蛇族が国を束ねている。外交に積極的ではなく、唯一、サウザリンド王国とだけ、希少な薬草の取引をしているのだそうだ。
ニルセン様は、やっぱり、そのヴァングレーフ王国の王族だった。現王の孫に当たるのだとか。



「王国と言っても、国土も国民も少な過ぎて、国と言うより一つの集落のようなものですね。ただ、国民は皆、同じ志を持っています。厄介なので、バレリーさんは、団長の側にいて下さいね。」

「わ、分かりました。」

志って何だろう。
疑問に思ったけど、ヴァングレーフ王国が近付くにつれ、ニルセン様の態度がピリピリし出して、気軽に話しかけられるような雰囲気ではなくなってしまった。




踏み固められただけの山道を進んでいくと、国境から割とすぐの場所に、石を高く積み上げた堅牢な城壁が見えてきた。
その上から私達を見下ろす警備兵に向かって、ニルセン様が叫ぶ。


「ニファスの3番目の息子ニルセンが、サウザリンドのヴェイル殿下をお連れした!」

ニルセン様の言葉を聞いた警備兵が、慌てた様子で城壁の中へ消えていくと、暫くして、大きな門がゆっくり開いた。


「王が、お会いになるそうです。」

大きく口を開けた門の中に、無愛想な男性が一人、佇んでいた。その男性の後に続いて城壁内に入ると、簡素な街並みが見えてきた。


看板が出ている所は、お店?
それにしても、あまり人がいない。
だからといって、寂れているわけではない不思議な空気感がそこにはあった。


ニルセン様が言っていたように、国民が少ないからかしら?
日が影ってきた街並みを眺めながら、私達は、大通りの先にある唯一、背の高い建物を目指した。






「カーネリアン王、久しぶりだな。」


「その太々しい態度は…、ヴェイル王子か?暫く会わない内に、サウザリンドの獣人は嗜好を変えたのか?獣の姿を晒すとは珍妙な。」

「…そんな事より、話がしたい。」

「うむ、手短にな。わしは忙しい。」

私達が通されたのは、謁見室ではなく、沢山の本に囲まれた書斎のような部屋だった。
その部屋の奥に置かれたマガホニーの机には、カーネリアン王と呼ばれた立派な顎鬚を持つ小柄な老人が、本を片手に腰を下ろしていた。
カーネリアン王は、一目、ヴェイル様の姿を確認すると、次の瞬間には、興味を失ったかのように持っていた本に視線を移してしまう。

部屋に沈黙が訪れる中、ニルセン様が一歩、カーネリアン王に近付いた。






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

番が見つけられなかったので諦めて婚約したら、番を見つけてしまった。←今ここ。

三谷朱花
恋愛
息が止まる。 フィオーレがその表現を理解したのは、今日が初めてだった。

処理中です...