90 / 163
3-1
しおりを挟む
カーテンの隙間から入ってきた朝日に、私の瞼がゆっくり上がる。
先ず目に入ってきた見慣れた自室の天井が、私に少しの落胆を齎した。少し前までは、悪夢から現実に戻ってきた時の目印として、見る度に安堵していたというのに。
私は、落ち着かない気持ちを宥めつつ、眠気が消えた体を起こした。
まだ寝ているルームメイトのアンナを起こさないように、静かにベッドから抜け出すと、備え付けの鏡に近付いた。
そこに写るのは、いつも通りの冴えない私。でも、平凡なはずの瞳の色だけが変わっていた。
ヴェイル様に別れを告げてから、私はゼイン先生に帰国したいと訴えた。
どれだけ我儘を言っているかは分かっていた。でももう、少しの時間もヴェイル様の側にはいられなかった。
心がバラバラになりそうで。
ゼイン先生は、しつこいくらい何度も、私の気持ちを確認していた。それでも、私の意志が固いと知ると、すぐに帰国の手続きを終えてしまった。
サージェント王国行きの長距離転移魔法陣の使用許可を取ると、その日の内に、私をサージェント王国へ連れ帰ってくれたのだ。
突然帰国した私を、主人をはじめ、みんなが温かく迎えてくれた。
それに安心した私は、情けなくも三日ほど熱を出して寝込むことになる。
そして、回復後に気付いたのだ。私の両目の瞳孔に、金の冠が入っていることに。
その金色を見る度に、私は、ヴェイル様の瞳を思い出してしまっていた。
「おはようございます、ゼイン先生。」
サージェントの王城の一画にある医務室に入ると、ゼイン先生がカルテの整理をしていた。
「おはよう、ステラ。今日は、これから仕事かい?」
「はい、今日は、この後夜勤です。」
「じゃあ、そこに座って。」
診察用の丸椅子に座ると、ゼイン先生が私の瞳を覗き込んだ。
「金冠の色が、濃くなっているね。ヴェイル殿下の魔力が、ステラの体に影響を及ぼしているんだろう。なにしろ、ステラの魔力貯蔵量は、常人の数十倍あるんだ。その中に、ヴェイル殿下の魔力が大量に溜まっているんだから、その影響が出てきてもおかしくはないんだよ。体に違和感はあるかい?」
「いいえ、ありません。」
むしろ、体調は今までで一番良いと言えるほど、体が軽い。
今、ヴェイル様の魔力が、私の体を生かしてくれているのだ。
私は、力強く鼓動する胸に、そっと手を当てた。
「これだけ魔力の相性がいいんだから、適当に利用しておけば良かったのに。あっちは、見返りなんて求めてなかったんだからさ。便利だったでしょう、ヴェイル殿下は?」
「先生…。」
王族を、しかも、世界の至宝の異能者を便利って…。
私は呆れた目で、ゼイン先生を見つめた。
「まあ、治療法は、他に無いわけじゃないからね。ステラ、私は諦めていないよ。だから、ステラも自分の命を諦めちゃダメだよ。いいね?」
真剣な表情のゼイン先生に、私はしっかり頷いて返した。
先ず目に入ってきた見慣れた自室の天井が、私に少しの落胆を齎した。少し前までは、悪夢から現実に戻ってきた時の目印として、見る度に安堵していたというのに。
私は、落ち着かない気持ちを宥めつつ、眠気が消えた体を起こした。
まだ寝ているルームメイトのアンナを起こさないように、静かにベッドから抜け出すと、備え付けの鏡に近付いた。
そこに写るのは、いつも通りの冴えない私。でも、平凡なはずの瞳の色だけが変わっていた。
ヴェイル様に別れを告げてから、私はゼイン先生に帰国したいと訴えた。
どれだけ我儘を言っているかは分かっていた。でももう、少しの時間もヴェイル様の側にはいられなかった。
心がバラバラになりそうで。
ゼイン先生は、しつこいくらい何度も、私の気持ちを確認していた。それでも、私の意志が固いと知ると、すぐに帰国の手続きを終えてしまった。
サージェント王国行きの長距離転移魔法陣の使用許可を取ると、その日の内に、私をサージェント王国へ連れ帰ってくれたのだ。
突然帰国した私を、主人をはじめ、みんなが温かく迎えてくれた。
それに安心した私は、情けなくも三日ほど熱を出して寝込むことになる。
そして、回復後に気付いたのだ。私の両目の瞳孔に、金の冠が入っていることに。
その金色を見る度に、私は、ヴェイル様の瞳を思い出してしまっていた。
「おはようございます、ゼイン先生。」
サージェントの王城の一画にある医務室に入ると、ゼイン先生がカルテの整理をしていた。
「おはよう、ステラ。今日は、これから仕事かい?」
「はい、今日は、この後夜勤です。」
「じゃあ、そこに座って。」
診察用の丸椅子に座ると、ゼイン先生が私の瞳を覗き込んだ。
「金冠の色が、濃くなっているね。ヴェイル殿下の魔力が、ステラの体に影響を及ぼしているんだろう。なにしろ、ステラの魔力貯蔵量は、常人の数十倍あるんだ。その中に、ヴェイル殿下の魔力が大量に溜まっているんだから、その影響が出てきてもおかしくはないんだよ。体に違和感はあるかい?」
「いいえ、ありません。」
むしろ、体調は今までで一番良いと言えるほど、体が軽い。
今、ヴェイル様の魔力が、私の体を生かしてくれているのだ。
私は、力強く鼓動する胸に、そっと手を当てた。
「これだけ魔力の相性がいいんだから、適当に利用しておけば良かったのに。あっちは、見返りなんて求めてなかったんだからさ。便利だったでしょう、ヴェイル殿下は?」
「先生…。」
王族を、しかも、世界の至宝の異能者を便利って…。
私は呆れた目で、ゼイン先生を見つめた。
「まあ、治療法は、他に無いわけじゃないからね。ステラ、私は諦めていないよ。だから、ステラも自分の命を諦めちゃダメだよ。いいね?」
真剣な表情のゼイン先生に、私はしっかり頷いて返した。
154
お気に入りに追加
669
あなたにおすすめの小説
探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?
雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。
最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。
ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。
もう限界です。
探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。
獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない
たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。
何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話
公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。
木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。
時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。
「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」
「ほう?」
これは、ルリアと義理の家族の物語。
※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。
※同じ話を別視点でしている場合があります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜
秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。
宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。
だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!?
※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる