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それからの私は、忙しくも充実したいつも通りの日常を送っていた。
けれど、大切な人達に囲まれて過ごす日々は、幸せなはずなのに、どこか物足りない。
いつから私は、こんなにも欲張りになってしまったんだろう。
私は、心の奥底にある箱に、しっかり蓋をして、毎日をやり過ごした。でも、この蓋は、ふとした瞬間に開いては、私を甘くて苦い痛みで苦しめていた。
「ステラ、久しぶりね。」
お昼の休憩から戻ると、主人の執務室のソファには、主人によく似た美女が、堂々と足を組んで座っていた。その態度は、一国の王を前にしても変わらず太々しい。
それに対して、主人は、顔を顰めて頭を抱えていた。
「お帰りなさいませ、エレンディール姫様。」
「ただいま。やっぱり我が家は落ち着くわ!」
背もたれに寄りかかって、更に姿勢を崩した姫様に、主人が鋭い視線を向ける。
「何が、ただいま、だ!何の連絡もなく、しかも、共も連れずに、巫女が一人で里帰りするなど、何かあったらどうするんだ!この馬鹿娘!」
どうやら、姫様は、神殿から一人で城へ帰ってきたらしい。
姫様がいる神殿は、隣の国にあるのだけど、移動は大丈夫だったのかしら?
私は、主人の叱責を涼しい顔で無視している姫様に視線を向けた。
エレンディール姫様は、アデライード様の三番目の御子だ。生まれた時から、神より加護を与えられ、先見の力を開花させていた。そのため、幼少期より巫女として、神に支えている。けれど、主人譲りのお転婆は大人になっても健在で、度々脱走しては、周りの神官を困らせていた。
でも、姫様の度重なる脱走は、大抵何か理由があるのだ。多分今回も…。
「まあ、お母様!私は、ステラに用があって来たのよ?邪魔しないで下さるかしら。」
姫様は、傍若無人な態度のまま、主人に対峙していた。
そんな二人が睨み合う中、私は首を傾げる。
「姫様が私に、用、ですか?」
「そうなの!」
私に座るよう促した姫様が、前のめりで話し出す。
「ステラ、貴女、このままじゃ死ぬわよ?」
姫様に唐突に言われた言葉が、私の思考に突き刺さる。何も考えられなくなった私は、体の動きをピタリと止めた。
「おい!エレン!」
「お母様、ステラに隠したところで何も解決しませんよ?未来は本人の意志無くして、変えられないのですから。ねえ、ステラ、貴女は、生きたい?」
「姫様、私は…。」
私は、決して死にたいわけじゃない。
生きられるなら生きていたい。
でも、姫様からの問い掛けは、ただ、死にたいのか、生きたいのかを聞かれているようには思えなかった。
「天啓が下りたわ。神の予言の日が来る。」
返事を言い淀む私に、姫様はゆっくり語りかけた。
けれど、大切な人達に囲まれて過ごす日々は、幸せなはずなのに、どこか物足りない。
いつから私は、こんなにも欲張りになってしまったんだろう。
私は、心の奥底にある箱に、しっかり蓋をして、毎日をやり過ごした。でも、この蓋は、ふとした瞬間に開いては、私を甘くて苦い痛みで苦しめていた。
「ステラ、久しぶりね。」
お昼の休憩から戻ると、主人の執務室のソファには、主人によく似た美女が、堂々と足を組んで座っていた。その態度は、一国の王を前にしても変わらず太々しい。
それに対して、主人は、顔を顰めて頭を抱えていた。
「お帰りなさいませ、エレンディール姫様。」
「ただいま。やっぱり我が家は落ち着くわ!」
背もたれに寄りかかって、更に姿勢を崩した姫様に、主人が鋭い視線を向ける。
「何が、ただいま、だ!何の連絡もなく、しかも、共も連れずに、巫女が一人で里帰りするなど、何かあったらどうするんだ!この馬鹿娘!」
どうやら、姫様は、神殿から一人で城へ帰ってきたらしい。
姫様がいる神殿は、隣の国にあるのだけど、移動は大丈夫だったのかしら?
私は、主人の叱責を涼しい顔で無視している姫様に視線を向けた。
エレンディール姫様は、アデライード様の三番目の御子だ。生まれた時から、神より加護を与えられ、先見の力を開花させていた。そのため、幼少期より巫女として、神に支えている。けれど、主人譲りのお転婆は大人になっても健在で、度々脱走しては、周りの神官を困らせていた。
でも、姫様の度重なる脱走は、大抵何か理由があるのだ。多分今回も…。
「まあ、お母様!私は、ステラに用があって来たのよ?邪魔しないで下さるかしら。」
姫様は、傍若無人な態度のまま、主人に対峙していた。
そんな二人が睨み合う中、私は首を傾げる。
「姫様が私に、用、ですか?」
「そうなの!」
私に座るよう促した姫様が、前のめりで話し出す。
「ステラ、貴女、このままじゃ死ぬわよ?」
姫様に唐突に言われた言葉が、私の思考に突き刺さる。何も考えられなくなった私は、体の動きをピタリと止めた。
「おい!エレン!」
「お母様、ステラに隠したところで何も解決しませんよ?未来は本人の意志無くして、変えられないのですから。ねえ、ステラ、貴女は、生きたい?」
「姫様、私は…。」
私は、決して死にたいわけじゃない。
生きられるなら生きていたい。
でも、姫様からの問い掛けは、ただ、死にたいのか、生きたいのかを聞かれているようには思えなかった。
「天啓が下りたわ。神の予言の日が来る。」
返事を言い淀む私に、姫様はゆっくり語りかけた。
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