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第五章:因果去来編
第六話「終末への標」その一
しおりを挟むトラン大同盟は寄り合い所帯である。
何カ国か突出した国力を持つ国は存在するが、結局のところは根回しの技術こそが同盟内での立場を決めると言っても過言ではない。
そんな彼らが軍事力を纏めようと考えたのは、自国の軍事費を少しでも抑えようという判断からだ。
政治家たちは同盟内での戦闘行為をこの世でもっとも罪深いものだという概念を長い時間を掛けて浸透させ、同じ同盟内部の国を攻撃することを決して許さない風潮を作った。
もちろん、ある程度物事の道理を理解できる者ならば、政治家たちが謳う『同盟市民の協調』、『万人平等の至福』など単なる綺麗事に過ぎないことは容易に察することができる。
だが、いつの時代、どこの場所でも綺麗事というのは一定の力を持っている。それを声高に主張すれば、敵対者を悪と断じることができるからだ。
しかし、実際にそれに振り回される者たちにとっては、迷惑この上ない。
特に、命を懸けなければならない軍人たちにとっては。
「第三戦隊が遅れています」
「またか! 今度はなんだ!?」
トラン大同盟治安維持海軍第一艦隊第五戦隊、嚮導駆逐艦〈アシュリー・メルヴィン〉の艦橋は、本日何度目かになる大きな溜息に包まれていた。
「突撃艇が横転直前だとかで、速度を落としてくれと……」
「こんな外洋まで小舟を連れてくるからだ! 小舟しか持たない連中まで前線に引っ張ってくる意味がどこにある……!?」
艦長ベッツは今回の遠征を計画した治安維持軍司令部の参謀たちをひとりずつ殴り倒したくなった。
まず間違いなく政治的な配慮であろう。
今回の艦隊には、海軍戦力を持つ国すべてが艦艇を供出している。どれだけ小さな規模の軍であっても、砲艇や連絡用短艇を艦隊に同行させていた。
そしてこの事実をもって、大同盟議会は今回の戦いを大同盟に属する総ての国家による壮挙と喧伝している。艦艇を派遣できない国は参謀という名目で人員を送り込んでおり、確かにこの艦隊には大同盟に所属する総ての国が何らかの形で戦力を提供していることになる。
そうして造り上げられたのが、総数一〇〇超という大艦隊だ。
ただ、それはあくまで数の上での話であって、この艦隊が通常の海軍と同じだけの作戦遂行能力を持っているかといえば、そのようなことはない。
明らかに外洋航海に向いていない沿岸艦艇まで持ち出してきたため、ろくな艦隊運動もできないのだ。
現場の判断によってなんとか戦力として数えられる艦艇と、そうではない艦艇を別の部隊として分けることには成功したが、議会は投入可能な総ての艦艇による友好国の救援を、艦隊に命じてきた。
トラン大同盟の軍人は総じて政府への忠誠心に欠けていると言われているが、それでも自分たちの生活を保証してくれる政府の言葉には従わざるをえない。
たとえそれが、自分たちの生存を脅かしかねない命令だったとしてもだ。
「戦隊司令部より入信。『第四五雷撃隊は先行し、艦隊進路啓開に当たれ』――以上です」
命令としてはそれほど悪い手ではない。
戦隊司令部がまともな判断力を残していることに安堵しながら、彼は自分に任された艦の現状を思い出す。
ピレー四型駆逐艦〈ポルトマ〉。大同盟平和維持軍条約による共同開発型駆逐艦ではなく、彼の祖国ミドーアが独自に開発した最後の遠洋型駆逐艦だ。
ミドーアはトラン大陸の東方にある島嶼国家で、過去には貿易で大陸総ての国を買ってもお釣りが来るというほど荒稼ぎをした国だ。
男ならばまずは船乗りを目指すのが当たり前という国で、海軍もまたそれに見合った規模と練度を誇っていた。
彼の駆逐艦に乗り込む乗組員たちも、そのミドーアの古き良き伝統を受け継ぐ荒くれ者たちで、周囲に浮かぶ“遊覧船”――彼らミドーア人の感覚では、沿岸艦艇など戦闘艦艇には含まれなかった――を莫迦にしつつも、決して自分の仕事を疎かにするようなことはしなかった。
そのため、艦の状況はまったくもって問題なく、いつでも最高の戦闘を行える。
唯一にして最大の心配事は、友軍があまりにも情けないことだが、彼らは自分たちがさっさと仕事を済ませれば、遊覧船の観客などいてもいなくても同じだと考えていた。
「海上王国の連中はまだ逃げてこないのか?」
「逃げてきてますよ。ただ、数がほとんどないそうで……」
「そんな訳あるか、連中の都市が何艘の船でできてると思ってんだ? 普通の船団都市で三〇〇近い船がくっついてるんだぞ」
「その三〇〇近い船が残ってないんですよ。少なくてもこっち側に逃げてきた船は、今のところ一〇隻とかそのくらいで、みんな一〇〇トール程度の非武装船だけです」
「別の方向に逃げた連中がいるとしても、少ねえな」
艦長は肘掛けを掴み、痙攣する目蓋を押さえた。
海の上で生きる海上都市の人々に、彼は心からの尊敬の念を抱いていた。船乗りとはいえ、彼はまだ陸地に戻ったときの安心感を忘れられずにいる。
揺れない大地はつまらないと口にしつつも、雨にも風にもびくともしない大地を頼もしく感じてしまう。
海上都市生まれの人々にはそれがない。
彼らにとって大地とは巨大な船のことであり、嵐がやってくればそれを避けるのが当然のことだった。運悪く嵐に遭遇したときは、近所の誰かがいなくなるのを当然と受け止めていた。
命を総て海に捧げた人々――世界中の船乗りが彼らを尊敬するのは、至極当然のことだったかもしれない。
「別方向っていうと、どこだ?」
「ウォーリムはちと遠いですが、あとは東方ですかねぇ。あっちは大水龍が多い分、軍艦に追われる可能性は減りますから」
彼らのもつ常識として、水龍などの巨大海棲生物はより大きな、より大出力の船を襲う傾向があった。
魔力感知器官を持つ龍やその眷属にとって、行動中の軍艦は全身に松明を焚き、さらに太鼓を叩きながら大音声で歌っているようなものだ。
生物として不快感を表明するならば、当然騒がしい方を狙うし、獲物としても実入りのいい方を狙う。
彼ら巨大海棲生物にとって、民間船と軍艦の違いなどその程度である。仮に軍艦に彼らに対する何らかの装備があったとしても、現代の兵器で彼らを倒すことは非常に難しい。
並みの鯨や鮫などとは訳が違うのだ。
「こっちにこないってことは、宛てにならないと思われてるってことか」
「艦長なら、どっち行きます?」
「そんなの決まってる」
彼は胸を張った。
「水龍サマのいる方だ。沈められるならどこぞの誰かよりも龍やら島鯨やら、海そのものって言えるような奴らに沈められてえ。そうすりゃ少なくとも自分を納得させることはできる。『俺は最後まで海に生きた』ってな」
「そういうことなんでしょうよ。それに、助けにきたっていってもこの艦隊じゃあ……」
副官の失笑を受け、彼もまた乾いた笑い声を上げる。
誰もがそう思っているのだ。この莫迦げた作戦を考えた奴はとっとと鮫の餌になってしまえと。
「艦長、旗艦からの信号確認。『増速六、単縦陣、追従』」
艦橋の前方で先行する艦を双眼鏡で見ていた航海士が報告する。
「了解。旗上げ。応答旗確認後、速力二十六に上げ」
「了解。旗旒信号上げます」
艦橋上部の旗旒楼に信号旗がはためく。
彼らの属する駆逐隊は六隻。彼らは三隻目だ。最後尾の艦が応答するまでまだ少し時間が掛かるだろう。
「できればそこそこ話の種になる戦いになると嬉しいんだがね」
「なるでしょう。まあ、我々ではなく、我々の子孫の話の種ですが」
副長は笑い、艦長も笑う。
彼らは知っていた。
自分たちの向かう海域にいるのが自分たちには到底勝ち目のない相手で、自分たちが生きて戻れる可能性は高くないと。
それでもいつもと同じように言葉を交わし、明日の食事の献立に思いを馳せることができるのは、まさに彼らが培った海の民としての風格ゆえだった。
「後方艦、応答旗確認」
直後の四番艦が応答旗を掲げる。これで旗艦の命令は最後尾まで届いた。
「応答旗上げ。速力二十六」
「了解。応答旗上げ、速力二十六」
副長が手際よく命令を伝え、より大きな出力を求められた主機関が震える。
彼の艦の機関員が我が子のように可愛がっているだけあって、主機関の機嫌も上々のようだった。
「さあ、いくさに行くぞ」
制帽代わりの鉄帽の顎紐を締め直し、彼は楽しげに笑う。
これだけの艦隊が繰り出す大海戦ならば、結果はどうあれ後世に語り継がれるようなものになるのは間違いない。
自分たちの子孫に自慢話をひとつ提供するべく、彼は海原を進む。
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