白の皇国物語

白沢戌亥

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第五章:因果去来編

第六話「終末への標」その二

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 皇城地下、統合情報指揮所。
 軍の最高指揮官である皇王が、あらゆる場所にいる皇国軍に対して指揮を執る施設として建設された。皇国でもっとも多くの情報が集まる場所である。
 この日、統合情報指揮所に集まっていたのは軍と政府の主要な面々で、彼らは等しく緊張した面持ちで各所からもたらされる情報を見詰め、時折溜息などを漏らしていた。
「超大国同士の戦いなど、なにが起きるか分かったものではないぞ」
「トランは同盟議会の選挙が近い。あそこは目立った国がない分、選挙のたびに功績を欲しがる。面倒な話だ」
 レクティファールは高高度偵察騎が逐次送ってくるトラン艦隊の様子を見ながら、情報員から送られてきた艦隊の陣容を横目で確認する。
 同盟の総力を結集した大艦隊といえばまさにその通りの、皇国海軍の士官ならば間違いなく『寄せ集め』と呼ぶであろう艦隊がそこには記載されていた。
 こんな状態でまともな艦隊行動が取れるとしたら、トラン海軍は世界随一の海軍として名を馳せているはずだ。
 そうではないことが、彼らの技量とこの艦隊の本質を示していた。
「はぁ……。海軍卿」
「ははっ!」
 レクティファールのほど近い場所に座っていた女性――皇国海軍元帥“大提督”イザベル――が、隣にいた部下との話を中断して彼に向き直る。
「この戦い、どう見る?」
 レクティファールの言葉は多くない。
 しかし、イザベルはレクティファールが求めている答えがすぐにわかった。
 幸か不幸か、レクティファールには海軍士官としての経験がある。実戦に出ていない候補生としてのものであるが、常日頃からそれに相応しい勉学を続けていることは知っていた。
 少なくとも、レクティファールの妃のひとりは現役の海軍士官だ。彼女に付き合って最新の情報に触れ続けていれば、そうそう海軍の事情に疎くなることもあるまい。
 イザベルは後宮に現役の軍人が何人もいることの益を感じ、その流れを作り上げた初代皇王に密かに感謝を捧げた。
「相手が分からない以上、確定的なことは申し上げられませんが、トランが勝利することは難しいでしょう。いっそ戦闘が起きない可能性の方が高いかと思われます」
「戦闘が起きない?」
「はい。あの海域に何者かがいるのは間違いありませんが、彼らがトランを相手にしない可能性があります」
 海底に鎮座する潜航艦。そして民間船に偽装した情報収集艦がトランと正体不明の敵が会合するであろう海域をじっと監視している。
 彼らは姿が見えない何者かがそこに存在することを確信し、少しでもその情報を集めるべく全力を尽くしていた。
「戦いが起きない可能性はどの程度か」
「半々、と申し上げるしかありません。なにせ、トランがどこと戦おうとしているのかすら、我々は確信できないのです」
 そうは言いつつも、レクティファールもイザベルも、艦隊の姿を隠すという途轍もない技術を持つ国がいくつも存在するとは思っていなかった。
 そして、あの場所にあの時期、あれだけの被害を出せる戦力を展開できる国は、現状ひとつしか考えられない。
 皇国の情報網が未だに整備されていない国、統一帝國エリュシオンである。
「もしもトラン艦隊を引き摺り出すことだけが目的だとするならば、彼らはすでに目的を達していることになります。そうなれば、トランとの間に戦闘が起きる可能性は大きくない」
 トランの海軍戦力を引き摺り出すことにどれほどの意味があるかといえば、これは様々な考え方がある。
 ひとつはトランが突発的に投入できる海軍戦力を確かめるという、今後の軍事衝突を踏まえた情報収集。
 ふたつめは投入された戦力の内訳を分析し、同盟内部の国力及び軍事力を推し量ること。
 みっつめは、大規模な軍事行動を起こさせ、それを国内の不安へと繋げるという、一種の破壊工作だ。どんな国、どんな状況でも戦闘を恐れ、決して認めない人々は一定数存在する。それらの人々を増やすことで政治不安を増大させ、実質的に国力を低下させることも可能だ。
 どれもトランと敵対するならば無駄になることはない。
「トランが艦隊を出した時点で、得をするのは相手側です」
「確かに、トランに自制心は期待できないと私にも理解できた。扱い方を間違えれば、あの国は周囲に破壊と混乱を招くな」
 レクティファールとしては、これといってトラン大同盟との繋がりを強めようとは考えていなかった。
 そんなことをしなくても、大同盟内部の国々とそれぞれ付き合っていけばいい。むしろそうした距離感の方が、トランとの付き合いとしては正しく思えた。
「さて、ならば相手はどう出るか。私としては、このままなにも起きないでくれると、妃の機嫌が悪くならず助かるのだが……」
 レクティファールの言葉に何人かが笑いを漏らす。
 声を出さないまでも緊張の表情を緩める者は何人もいたのだが、レクティファールからすれば別に冗談でもなんでもなく、切実な現実問題であった。
 仕事が長引けば後宮での時間が減る。
 レクティファールの後宮滞在時間はそのまま妃たちの機嫌の良さに直結するのだ。むろん、いることによって機嫌が悪くないこともあるが、いない間に問題が発生して立て籠もられるよりはましである。
 レクティファールは溜息を吐き出すと、円卓の天板に両手を組んで顎を載せた。
 トラン艦隊が海上王国の領海へと差し掛かろうとしている。相手が動くならばそろそろだ。
(なにも起きませんように)
 レクティファールの願いは、おそらくその場の人々が密かに願っていたものと同じだろう。
 つまり、彼らの敵対者としては是非とも踏みにじりたい願いということである。 
『トラン艦隊の前方に発砲炎』
 溜息、舌打ち、落胆の声。
 戦争が始まった。
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