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6巻
6-2
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ヒトとは夢を見る生き物だ。
いつかきっと、と高い所を見上げ、そこに立つ自分を空想する。
皇太子や姫君という立場は容易く手に入れることはできないが、リーデのように一介の士族から皇太子の妃に上ることは不可能ではない。
彼女たちはそれに気付いたからこそ、リーデに憧れと妬みを向けるのだ。
自分はそこに立つことができないと思っているのなら、妬みなどという感情が湧くことはない。自分にも可能性があるからこそ、彼女たちは嫉妬するのだろう。
「殿下、すごく見られている気がします……」
リーデにとって、これまでの人生で経験したことのない光景であった。
自分に向けて何万もの人々が視線を送る。その大半は好意的なものであるが、中には居心地の悪いものも含まれている。
「見られていますねぇ……間違いなく」
「で、殿下は平気そうですね。緊張しないコツでもあるのですか?」
リーデとて軍人だ。それも参謀という職にある。人の前に立つことには多少慣れているつもりだった。
だが、そんな自負はちっぽけなものだったらしい。
百万単位の民を前にして堂々としていられる度胸など、彼女には無かった。
どこを見ても人、人、人。
元来、人の前に立つことが得意でないリーデには拷問に等しい。
それに対してレクティファールと言えば、いつもと変わらない表情と態度で人々の声に応えている。
まるで緊張など感じていないかのようなその姿に、リーデは密かに感嘆していた。できるならその秘訣を教えて貰いたい。
だがまあ、返ってきた言葉はある意味予想通りで、全くの役立たずだった。
「――いえ、どうせ逃げられないだろうってすっぱり諦めました。これって顔見せも兼ねていますから、顔を隠すなんてできませんし」
「はぁ……」
深い溜息。
会話によってとりあえず気は紛れたが、精神的な疲労感はどっと増した。
彼女は知らないが、レクティファールという男は基本的に人前で緊張感を抱くような細い神経の持ち主ではない。いや、神経そのものは細いのかもしれないが、細いだけで弱い神経ではない。
その諦めの良さで、緊張感を覚える前にいつもの落ち着きを取り戻してしまうのだ。勿論例外もあり、それは異性関係に関することなのだが、とりあえず今のリーデには何の参考にもならないし、今後も参考になることはないだろう。
「ほらリーデさん、あそこで子どもたちが手を振ってますよ」
「あ、はい殿下」
レクティファールの声に視線を動かしてみれば、確かに彼の視線の先で子どもたちが手を振っている。
衛視隊によって張られた規制線のすぐ後ろに立ち、近くに引率らしき大人の姿があることから、どうやら学校の授業の一環としてこの凱旋式典を見にきたらしい。
子どもたちは行進の何処に誰がいるかなど分かっていないだろう。引率の教師が説明しようとしても、この喧騒ではおそらく聞こえない。
そのため、子どもたちは誰彼構わず手を振り、この盛大なお祭り騒ぎを楽しんでいるようだった。
手に手に手作りらしい不揃いの手旗を持ち、力一杯振っている。
「あ、お姫さまだっ!」
そんな子どもたちのひとり、ぴんと耳の尖った女子がリーデを見て声を上げる。
白い服を着た人が皇太子、つまり皇子様だということを覚えていた彼女は、その隣にいるリーデをお姫さまと呼んだのだ。それに軍服姿のお姫さまは、皇国では別段珍しくなかった。
彼女の声に釣られたらしい女子たちが、一斉にリーデに視線を向ける。
「お姫さまぁ!」
「キレ~~!」
「きゃあ~~!」
「わたしも眼鏡かけようかなぁ……」
そこまでは何とかリーデの耳にも聞き取れたのだが、さらに発生源が増えてしまうと、もう何を言いたいのかさっぱり分からない。女性というのは、幼くとも姦しいらしい。
それに対し、男子はリーデの隣にいるレクティファールに注目していた。
彼らにとっては、初めて目の当たりにする本物の英雄ということになるのだが、現実は非情だった。
「え、あいつが皇子様? 冴えねぇやつ」
「こら! 皇子様になんてこと言うんだ!」
「だって、弱そうだぜ? 父ちゃんより背小さいし」
「だからって……」
こちらは中々に厳しい意見だった。
女子とは違い、はっきりとした口調ということもあって、レクティファールの耳にはそれらの意見が何故か良く聞こえた。思わぬ意見に内心肩を落とす。
自分が威風堂々という言葉から程遠い容姿をしていることは自覚していたが、子どもたちの正直な感想は流石に堪えたらしい。本音としては、できればもう少し優しい言葉で表現して欲しかったというところだ。
ただ、そんな情けない男であっても摂政という仕事を担うことはできる。
レクティファールにとって、それが最低限譲れない一線だった。
「殿下、笑顔が引き攣っていらっしゃいます」
「君こそ」
ふたりはお互いの顔を見詰め、苦笑いを浮かべる。
双方共に、ほんの数カ月前まではこういった催し物の主役になることは考えていなかった。
人生とは思わぬことが起こるものだが、リーデはレクティファールと初めて顔を合わせたとき、自分がこんな立場になるとは少しも考えていなかった。ただ、与えられた役割を果たそうと思っていたに過ぎない。
間違っても、あの頃の彼女は誰かに心を許すようなことはしなかった。ただ自分を保とうとしているうちに、いつの間にか深い関係になってしまっていたのだ。
リーデにはそれが信じられなくもあり、恥ずかしくもある。
今まで誰にも見せなかった部分を曝け出してしまったのだから、今更恥ずかしがる必要もないはずなのに、こうして人々に自分の新しい立場を祝福して貰うと、やはり羞恥というものは際限なく湧き上がってくるものだ。
嘗ての彼女であれば、こんな風に熱狂する人々を冷めた視線で眺めていただけだろう。自分は彼らとは違う、彼らはどこかおかしいのだと決めつけて。
しかし、今なら彼らの気持ちの一片くらいは理解できる。
(ああ……あの人たちは嬉しいんだ……)
だから笑顔を浮かべ、こうして自分に手を振ってくれる。
嬉しいから笑い、嬉しいから歌い、嬉しいから踊る。
普通なのは、彼らの方だった。
いや、どちらも普通で、おかしいなんて何処にもなかった。
彼らは自分ではないし、自分は彼らではない。違うのが当たり前で、違うことが普通だった。
(お父さん……お父さんが守りたかったのは、わたしがあんな笑顔を浮かべられる世界だったの?)
自分を『お姫さま』と呼んだ子どもたち。
遠きあの日に命を落とした父は、自分がこの子どもたちのように笑顔で生きることを望んだのだろうか。
笑顔で出会い、泣きながら別れ、再び笑顔で出会う当たり前の人生。
父は、そんな当たり前が尊いものだと、あの戦場で気付いたのかもしれない。
(お父さん)
ああ、そうだったのか、と彼女は思う。
自分が何故、父に似たレクティファールを恨み、そして惹かれたのか。
それは単に、自分が望んだことなのだ。
恨みたいと思ったから恨んだ。惹かれたいと思ったから惹かれた。
原因は相手にあったのではなく、自分の心の中にあったのだと彼女は知る。
「リーデ、どうかしましたか?」
自分を見詰め、首を傾げるこの青年の往く先は、平坦ではないだろう。
血に塗れ、泥に汚れ、怨嗟でぬかるんだ道を彼は進む。
白の龍姫も、神殿の巫女姫も、そしてあの紅の双子龍も、自らも無傷ではいられないと総てを知った上で、レクティファールという男の傍らに侍ろうというのだ。
それに対し、自分はどうだろうか。
軍人として多くの血を見てきた自分はどうだろうか。
参謀の悪癖から、現実を客観的に見詰め過ぎたために、この世界を自分の生きているものと認識できなくなってはいないか。
自分は自分の意思で、ここにいるのか。
(愚問、よね……お父さん)
父が躊躇い無く散ったとは思わない。
心残りも、後悔もあっただろうと今なら思う。
その中には、きっと自分や母のことも含まれていた。
だから、今ここで父に誓う。
父が守った、愛しき男が守った人々の歓喜の中で誓う。
「わたしは、自分の意思でここにいます」
子として父の背中を追うことも無く、ただ愛しき男の背を見送るだけの女に成り下がるつもりも無い。
自分の意志で、自分の道を、自分の手で切り拓く。
「――? リーデさん?」
「殿下、ほら前を向いてください。みんなが殿下を見ているんですから、わたしばかり見ていては駄目です」
「あ、はい……」
レクティファールの銀色の瞳が、自分から逸れていく。
安堵と寂しさを感じながら、リーデは背筋を伸ばしてレクティファールと同じ世界を見る。
(お父さん、わたしはこの人と同じものを見て生きていきます。ときには誰かを押し退けてでも、誰かを陥れてでも)
彼と共に戦うだけの力もなく、疲れた彼を支えるだけの優しさもなく、皇王として政を行う彼の隣に立つこともできない自分にできること。
それは、同じ世界を見詰め続けること。
参謀として、ただのリーデとして、目を逸らさずに生き続ける。
最後の最後、自分の命か、彼の命が潰える瞬間まで。
◇ ◇ ◇
集団の中で、レクティファールたちから少し離れた地点を静かに進む馬車がある。
軍馬に牽かれたその馬車は、傷病人を乗せるために乗り心地を最優先に作られたものだった。
そのお陰か、まったくと言っていいほど揺れを感じない馬車の中で、白龍の姫君は沈痛な表情を浮かべていた。
「ふう……」
外見だけならばすでに傷は癒えた。
龍人族であるウィリィアとは違い、生粋の龍族であるメリエラにとってこれまでの療養期間は、外傷を癒すのに十分過ぎるくらいだった。
だが、外見は癒えても身体の内側は、そう簡単に癒せない。レクティファールと共に行った温泉宿では良かった身体の調子も、こうしてひとりにされると急に悪化する。
心因性の体調不良であると、メリエラ自身が気付いていた。
無論、それだけが原因ではない。
対龍族に特化した龍人族から与えられた傷は、その龍人族が発する対龍族魔力妨害波によって治癒が遅くなりがちだ。
力のある龍族ほどその傾向は顕著で、それは彼らが龍族特有の魔力を身体の維持に費やしていることに起因する。
龍族特有の魔力は、龍族が用いやすいよう魔力の周波数や波形を変化させたものである。彼らはその魔力を用いて体内で術式を展開することで、詠唱を破棄した状態でも高威力の魔法を放つことを可能にした。龍族が口腔内から放つ高出力魔粒砲や口腔砲の正体はこれだ。
しかし特有であるが故に研究もしやすく、旧帝国の創り上げた龍人族には、妨害波による魔力の運動の抑制という対抗手段が実装され、多くの龍族が生命を落とした。
とはいえ、一体の龍を屠るために数百の龍人族が犠牲になったことは間違いない。一部の高性能な個体を除けば、単独で龍族を倒せる龍人族はいないのだ。
その一部の例外が、グロリエだったのである。
「強かった……」
それでもメリエラは生きている。内傷はともかく、すでに外傷はない。それはメリエラが龍族の中でもかなり高い潜在能力を秘めていることの証であった。
外傷が内傷に較べて早く癒えるのは、古の頃、龍族が未だ戦いに明け暮れていた頃の名残なのだろう。完治していなくとも、外見を完全な状態であると敵に思わせれば、それだけ生き残る可能性は高くなる。龍族を相手とする数々の敵とて、完全な状態にある彼らとはできるだけ戦いたくないのだ。
しかしそれがかえって、メリエラの状況を厄介なものにしている。魔力の流れこそ通常の状態に戻っているが、傷を負ってからしばらくの間自己治癒力が落ちていたため、『傷の治りが遅い』という事態に慣れていなかった身体が不調を訴えているのだ。
なまじ治癒力が高いせいで、その治癒力が損なわれたという状況に身体がついていけないらしい。
龍族の治癒力の高さが、今この女性にとって自分を惨めにする要因のひとつにしかなっていないのだ。
情けない。
彼女はただひとりだけの馬車の中で、唇を噛み締めた。
そして前方の車窓を遮る窓掛けを少しだけ開け、御者の背中越しに見える外の光景に目を細める。
「リーデ・アーデン……ガリアン・アーデンの娘か……」
小さく、それでも龍族の視力では問題にならない程度の距離に白い青年と、陸軍の礼服を着た女性の姿が見える。
何か言葉を交わしているらしいふたりの姿に、メリエラの心は波立った。
実際に対面し、リーデが同じ女性として、また軍人として尊敬できる人物であることは分かっている。
どんな関係かと訊かれれば、躊躇いなく友人だと答えるだろう。
それほどメリエラはリーデを信頼していたし、逆もまた然りだった。
だからこそ、メリエラの心の中は荒れ狂う。
「くっ……!」
本来なら、リーデのいる場所には彼女がいた。
騎龍として、未来の皇妃のひとりとして、あの場所にいるはずだった。
身体中を掻き毟りたくなるほどの怒りさえ、込み上げてくる。
リーデを恨むことは筋違いで、レクティファールを恨むことなど有り得なくて、そして残ったものは自分への恨み。
弱かった自分。
龍族としての力に慢心し、天敵である〈龍殺し〉に圧倒された自分。
未だ復帰の目処すら立たないほどの重傷を負ってまで、自分に千載一遇の機会を与えてくれた従者に対して、何も報いることができなかった自分。
そして結果的にリーデに立場を奪われ、レクティファールの騎龍としての役割を果たせなかった自分。
総て自分が原因だった。
あと少しだけ、父くらいとは言わないまでも、それに準ずる力を持っていれば、あの〈龍殺し〉にあそこまで一方的に叩かれることは無かった。
聞けば、レクティファールとあの〈龍殺し〉は一太刀しか刃を交わさなかったという。
つまり、あと少しだけ時間を稼いでいれば、レクティファールに剣を抜かせることは無かった。
「――――」
〈ウィルマグス〉の病室でレクティファールに啖呵を切ったというのに、未だに自分はあのことを悔やみ続けている。
龍族としての矜持などではない、ましてや皇妃候補のひとりとしての誇りであるはずがない。
ただ、同じ女としての憎しみだ。
あの戦場の中で、自分と〈龍殺し〉は同じ場所に立っていた。
従者が倒れたことで一対一。
お互いに自分以外の要因で勝負が決することのない戦場だった。
しかし、勇戦奮闘などと表現されることが侮蔑に聞こえるほど、自分は惨めな敗北を喫した。
他人は、天敵である〈龍殺し〉に対して敢然と立ち向かい、そしてレクティファールの命を救ったと言う。
悪い冗談だった。
自分はただ敗北し、敗者として隠れるように皇都に帰還した。それが事実ではないか。
勝者たるレクティファールの隣には自分以外の女性の姿がある。それこそが今の自分の立場を明確に示していた。
敗者は敗者でしかない。
自分の中の別の自分がそう囁く。
そしてそれに対して頷いてしまう自分もまた、彼女の中に存在した。
「レクト……っ」
名を呼ぶたび、身を引き裂かれそうな痛みを覚える。
手が届かないから、声が聞こえないから、辛い。
あの白龍宮での日々のように、目の前に彼がいて、すぐ近くにウィリィアがいてくれたら、この痛みなんて気にならないのに。
あの温泉宿での時間は楽しかった。
ウィリィアの存在を頭の片隅に置きながら、それでも自分の惨めさを忘れていられた。
思えば、あれは友人たちの気遣いだったのだ。独りになればこうして己を責めてしまう自分に対する。
「レクト……レクト……レクト……」
先程の光景が、脳裏にこびりついて離れない。
自分以外の女性に、自分に向けたような笑顔を向けるレクティファール。
それを止めることさえできず、何故自分はこんな暗い馬車の中で泣いているのか。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
分かっている、自分が弱いからだ。
誰かが悪いのではない、自分が悪いのだ。
だから苦しい、だから辛い。
自分を苦しめることで気が晴れることはなく、ただ辛さが増すばかり。
「レクト……!」
ああ、今この瞬間、あなたが目の前にいて笑いかけてくれればそれでいいのに。
それだけで、二度とあのような惨めな戦いは演じないと誓えるのに。
「何故、あなたはここにいないの……」
彼がいるのは、紙吹雪と人々の歓声の中。
あの病室のように、自分の前にはいない。
「こんなにも苦しいのに……」
いつの間に、自分はここまで女々しくなってしまったのか。
嘗ての自分は貴族としての矜持と、軍人としての使命を第一に考えていたはず。
それはたった三月前のことだというのに、今の自分はまるで別人のよう。
「わたしは、弱くなったの……?」
メリエラは小さく呟き、顔を伏せる。
雌龍としての自分の本能に翻弄され、身体を震わせて嗚咽する彼女の声は、喜びに満ちた喧騒の中でただ消えていくだけだった。
◇ ◇ ◇
皇城までの道程は、レクティファールにとって新たな発見の連続だった。
建物の建築様式からその雑多な種族の容貌、ひいては人々の唄う歌や掛け声まで、何もかもが目新しい。
レクティファールが皇都に住む人々の生活を見るのは、これが初めてだった。
皇都は国中から人々が集まり、常に新陳代謝を繰り返している街だ。各部族に伝わる文化が集まり、混ざり合い、独自の発展を遂げている。
服装や食物、歌劇に文学、宗教、哲学など、もはやその起源がどこにあるかも分からないようなものまでが皇都にはあった。「皇王の下での平等」を標榜し、どんな文化だろうと許容するある種奇妙な国を象徴するのがこの都だ。
そんな文化の中には皇王を批判するものもあった。しかし、皇王という確固たる存在を脅かすには、文化というものはいささか不確かに過ぎる。市民主権思想による皇王制度の打倒ですら、現在ではひとつの政治思想として埋もれてしまった。
そういった奇妙な都だからこそ、どんな種族も一国民として暮らすことができる。皇国の建国前は捕食者と食料という関係だった種族が隣り合い、ときに調味料の貸し借りや夕食のおかずの交換をするのも珍しいことではない。
神族と魔族が結婚する。エルフの若者がダークエルフの幼馴染に求婚する。巨人族の夫が小人族の細君の尻に敷かれる。
それこそが皇国であり、二〇〇〇年を費やして建設された箱庭だった。
レクティファールは整然と並んだ衛兵たちの守る道を進み、〈星天宮〉の正門までやってきた。
満々と水を湛え、しかし透明度を失わない堀と、その上に架けられた橋。その橋の右側には有力貴族たちが並び、左側には議員を始めとした文武官が列を作っている。
主君の姿を見て一斉に頭を垂れた彼らの間を、凱旋の集団から抜け出した一群が通過していく。
レクティファールと彼の供回りたちだ。
馬の蹄の音、鎧の擦れる音、新聞社の写真機の音、それらが頭を垂れた諸侯と文武官の上を抜けていく。
中には目を凝らし、自分たちの前を通過する影の先頭部分を追いかける者もいた。その行為に意味があるかどうかではなく、自分たちの命運を握る男の影がどんなものであるのか興味を抱いたのだ。
もちろん、影の形などそうそう個性が出るものではない。馬に乗っているせいか、どの部分が件の摂政の影かも分からなかった。
ただ、外套の裾らしき部分が、影の中でちらちらと蠢いている。その動きがまるで自分を手招いているように見えて、影を追っていた者は目を逸らした。
再び視線を戻したときには、もう影は彼の視界から消えていた。
いつかきっと、と高い所を見上げ、そこに立つ自分を空想する。
皇太子や姫君という立場は容易く手に入れることはできないが、リーデのように一介の士族から皇太子の妃に上ることは不可能ではない。
彼女たちはそれに気付いたからこそ、リーデに憧れと妬みを向けるのだ。
自分はそこに立つことができないと思っているのなら、妬みなどという感情が湧くことはない。自分にも可能性があるからこそ、彼女たちは嫉妬するのだろう。
「殿下、すごく見られている気がします……」
リーデにとって、これまでの人生で経験したことのない光景であった。
自分に向けて何万もの人々が視線を送る。その大半は好意的なものであるが、中には居心地の悪いものも含まれている。
「見られていますねぇ……間違いなく」
「で、殿下は平気そうですね。緊張しないコツでもあるのですか?」
リーデとて軍人だ。それも参謀という職にある。人の前に立つことには多少慣れているつもりだった。
だが、そんな自負はちっぽけなものだったらしい。
百万単位の民を前にして堂々としていられる度胸など、彼女には無かった。
どこを見ても人、人、人。
元来、人の前に立つことが得意でないリーデには拷問に等しい。
それに対してレクティファールと言えば、いつもと変わらない表情と態度で人々の声に応えている。
まるで緊張など感じていないかのようなその姿に、リーデは密かに感嘆していた。できるならその秘訣を教えて貰いたい。
だがまあ、返ってきた言葉はある意味予想通りで、全くの役立たずだった。
「――いえ、どうせ逃げられないだろうってすっぱり諦めました。これって顔見せも兼ねていますから、顔を隠すなんてできませんし」
「はぁ……」
深い溜息。
会話によってとりあえず気は紛れたが、精神的な疲労感はどっと増した。
彼女は知らないが、レクティファールという男は基本的に人前で緊張感を抱くような細い神経の持ち主ではない。いや、神経そのものは細いのかもしれないが、細いだけで弱い神経ではない。
その諦めの良さで、緊張感を覚える前にいつもの落ち着きを取り戻してしまうのだ。勿論例外もあり、それは異性関係に関することなのだが、とりあえず今のリーデには何の参考にもならないし、今後も参考になることはないだろう。
「ほらリーデさん、あそこで子どもたちが手を振ってますよ」
「あ、はい殿下」
レクティファールの声に視線を動かしてみれば、確かに彼の視線の先で子どもたちが手を振っている。
衛視隊によって張られた規制線のすぐ後ろに立ち、近くに引率らしき大人の姿があることから、どうやら学校の授業の一環としてこの凱旋式典を見にきたらしい。
子どもたちは行進の何処に誰がいるかなど分かっていないだろう。引率の教師が説明しようとしても、この喧騒ではおそらく聞こえない。
そのため、子どもたちは誰彼構わず手を振り、この盛大なお祭り騒ぎを楽しんでいるようだった。
手に手に手作りらしい不揃いの手旗を持ち、力一杯振っている。
「あ、お姫さまだっ!」
そんな子どもたちのひとり、ぴんと耳の尖った女子がリーデを見て声を上げる。
白い服を着た人が皇太子、つまり皇子様だということを覚えていた彼女は、その隣にいるリーデをお姫さまと呼んだのだ。それに軍服姿のお姫さまは、皇国では別段珍しくなかった。
彼女の声に釣られたらしい女子たちが、一斉にリーデに視線を向ける。
「お姫さまぁ!」
「キレ~~!」
「きゃあ~~!」
「わたしも眼鏡かけようかなぁ……」
そこまでは何とかリーデの耳にも聞き取れたのだが、さらに発生源が増えてしまうと、もう何を言いたいのかさっぱり分からない。女性というのは、幼くとも姦しいらしい。
それに対し、男子はリーデの隣にいるレクティファールに注目していた。
彼らにとっては、初めて目の当たりにする本物の英雄ということになるのだが、現実は非情だった。
「え、あいつが皇子様? 冴えねぇやつ」
「こら! 皇子様になんてこと言うんだ!」
「だって、弱そうだぜ? 父ちゃんより背小さいし」
「だからって……」
こちらは中々に厳しい意見だった。
女子とは違い、はっきりとした口調ということもあって、レクティファールの耳にはそれらの意見が何故か良く聞こえた。思わぬ意見に内心肩を落とす。
自分が威風堂々という言葉から程遠い容姿をしていることは自覚していたが、子どもたちの正直な感想は流石に堪えたらしい。本音としては、できればもう少し優しい言葉で表現して欲しかったというところだ。
ただ、そんな情けない男であっても摂政という仕事を担うことはできる。
レクティファールにとって、それが最低限譲れない一線だった。
「殿下、笑顔が引き攣っていらっしゃいます」
「君こそ」
ふたりはお互いの顔を見詰め、苦笑いを浮かべる。
双方共に、ほんの数カ月前まではこういった催し物の主役になることは考えていなかった。
人生とは思わぬことが起こるものだが、リーデはレクティファールと初めて顔を合わせたとき、自分がこんな立場になるとは少しも考えていなかった。ただ、与えられた役割を果たそうと思っていたに過ぎない。
間違っても、あの頃の彼女は誰かに心を許すようなことはしなかった。ただ自分を保とうとしているうちに、いつの間にか深い関係になってしまっていたのだ。
リーデにはそれが信じられなくもあり、恥ずかしくもある。
今まで誰にも見せなかった部分を曝け出してしまったのだから、今更恥ずかしがる必要もないはずなのに、こうして人々に自分の新しい立場を祝福して貰うと、やはり羞恥というものは際限なく湧き上がってくるものだ。
嘗ての彼女であれば、こんな風に熱狂する人々を冷めた視線で眺めていただけだろう。自分は彼らとは違う、彼らはどこかおかしいのだと決めつけて。
しかし、今なら彼らの気持ちの一片くらいは理解できる。
(ああ……あの人たちは嬉しいんだ……)
だから笑顔を浮かべ、こうして自分に手を振ってくれる。
嬉しいから笑い、嬉しいから歌い、嬉しいから踊る。
普通なのは、彼らの方だった。
いや、どちらも普通で、おかしいなんて何処にもなかった。
彼らは自分ではないし、自分は彼らではない。違うのが当たり前で、違うことが普通だった。
(お父さん……お父さんが守りたかったのは、わたしがあんな笑顔を浮かべられる世界だったの?)
自分を『お姫さま』と呼んだ子どもたち。
遠きあの日に命を落とした父は、自分がこの子どもたちのように笑顔で生きることを望んだのだろうか。
笑顔で出会い、泣きながら別れ、再び笑顔で出会う当たり前の人生。
父は、そんな当たり前が尊いものだと、あの戦場で気付いたのかもしれない。
(お父さん)
ああ、そうだったのか、と彼女は思う。
自分が何故、父に似たレクティファールを恨み、そして惹かれたのか。
それは単に、自分が望んだことなのだ。
恨みたいと思ったから恨んだ。惹かれたいと思ったから惹かれた。
原因は相手にあったのではなく、自分の心の中にあったのだと彼女は知る。
「リーデ、どうかしましたか?」
自分を見詰め、首を傾げるこの青年の往く先は、平坦ではないだろう。
血に塗れ、泥に汚れ、怨嗟でぬかるんだ道を彼は進む。
白の龍姫も、神殿の巫女姫も、そしてあの紅の双子龍も、自らも無傷ではいられないと総てを知った上で、レクティファールという男の傍らに侍ろうというのだ。
それに対し、自分はどうだろうか。
軍人として多くの血を見てきた自分はどうだろうか。
参謀の悪癖から、現実を客観的に見詰め過ぎたために、この世界を自分の生きているものと認識できなくなってはいないか。
自分は自分の意思で、ここにいるのか。
(愚問、よね……お父さん)
父が躊躇い無く散ったとは思わない。
心残りも、後悔もあっただろうと今なら思う。
その中には、きっと自分や母のことも含まれていた。
だから、今ここで父に誓う。
父が守った、愛しき男が守った人々の歓喜の中で誓う。
「わたしは、自分の意思でここにいます」
子として父の背中を追うことも無く、ただ愛しき男の背を見送るだけの女に成り下がるつもりも無い。
自分の意志で、自分の道を、自分の手で切り拓く。
「――? リーデさん?」
「殿下、ほら前を向いてください。みんなが殿下を見ているんですから、わたしばかり見ていては駄目です」
「あ、はい……」
レクティファールの銀色の瞳が、自分から逸れていく。
安堵と寂しさを感じながら、リーデは背筋を伸ばしてレクティファールと同じ世界を見る。
(お父さん、わたしはこの人と同じものを見て生きていきます。ときには誰かを押し退けてでも、誰かを陥れてでも)
彼と共に戦うだけの力もなく、疲れた彼を支えるだけの優しさもなく、皇王として政を行う彼の隣に立つこともできない自分にできること。
それは、同じ世界を見詰め続けること。
参謀として、ただのリーデとして、目を逸らさずに生き続ける。
最後の最後、自分の命か、彼の命が潰える瞬間まで。
◇ ◇ ◇
集団の中で、レクティファールたちから少し離れた地点を静かに進む馬車がある。
軍馬に牽かれたその馬車は、傷病人を乗せるために乗り心地を最優先に作られたものだった。
そのお陰か、まったくと言っていいほど揺れを感じない馬車の中で、白龍の姫君は沈痛な表情を浮かべていた。
「ふう……」
外見だけならばすでに傷は癒えた。
龍人族であるウィリィアとは違い、生粋の龍族であるメリエラにとってこれまでの療養期間は、外傷を癒すのに十分過ぎるくらいだった。
だが、外見は癒えても身体の内側は、そう簡単に癒せない。レクティファールと共に行った温泉宿では良かった身体の調子も、こうしてひとりにされると急に悪化する。
心因性の体調不良であると、メリエラ自身が気付いていた。
無論、それだけが原因ではない。
対龍族に特化した龍人族から与えられた傷は、その龍人族が発する対龍族魔力妨害波によって治癒が遅くなりがちだ。
力のある龍族ほどその傾向は顕著で、それは彼らが龍族特有の魔力を身体の維持に費やしていることに起因する。
龍族特有の魔力は、龍族が用いやすいよう魔力の周波数や波形を変化させたものである。彼らはその魔力を用いて体内で術式を展開することで、詠唱を破棄した状態でも高威力の魔法を放つことを可能にした。龍族が口腔内から放つ高出力魔粒砲や口腔砲の正体はこれだ。
しかし特有であるが故に研究もしやすく、旧帝国の創り上げた龍人族には、妨害波による魔力の運動の抑制という対抗手段が実装され、多くの龍族が生命を落とした。
とはいえ、一体の龍を屠るために数百の龍人族が犠牲になったことは間違いない。一部の高性能な個体を除けば、単独で龍族を倒せる龍人族はいないのだ。
その一部の例外が、グロリエだったのである。
「強かった……」
それでもメリエラは生きている。内傷はともかく、すでに外傷はない。それはメリエラが龍族の中でもかなり高い潜在能力を秘めていることの証であった。
外傷が内傷に較べて早く癒えるのは、古の頃、龍族が未だ戦いに明け暮れていた頃の名残なのだろう。完治していなくとも、外見を完全な状態であると敵に思わせれば、それだけ生き残る可能性は高くなる。龍族を相手とする数々の敵とて、完全な状態にある彼らとはできるだけ戦いたくないのだ。
しかしそれがかえって、メリエラの状況を厄介なものにしている。魔力の流れこそ通常の状態に戻っているが、傷を負ってからしばらくの間自己治癒力が落ちていたため、『傷の治りが遅い』という事態に慣れていなかった身体が不調を訴えているのだ。
なまじ治癒力が高いせいで、その治癒力が損なわれたという状況に身体がついていけないらしい。
龍族の治癒力の高さが、今この女性にとって自分を惨めにする要因のひとつにしかなっていないのだ。
情けない。
彼女はただひとりだけの馬車の中で、唇を噛み締めた。
そして前方の車窓を遮る窓掛けを少しだけ開け、御者の背中越しに見える外の光景に目を細める。
「リーデ・アーデン……ガリアン・アーデンの娘か……」
小さく、それでも龍族の視力では問題にならない程度の距離に白い青年と、陸軍の礼服を着た女性の姿が見える。
何か言葉を交わしているらしいふたりの姿に、メリエラの心は波立った。
実際に対面し、リーデが同じ女性として、また軍人として尊敬できる人物であることは分かっている。
どんな関係かと訊かれれば、躊躇いなく友人だと答えるだろう。
それほどメリエラはリーデを信頼していたし、逆もまた然りだった。
だからこそ、メリエラの心の中は荒れ狂う。
「くっ……!」
本来なら、リーデのいる場所には彼女がいた。
騎龍として、未来の皇妃のひとりとして、あの場所にいるはずだった。
身体中を掻き毟りたくなるほどの怒りさえ、込み上げてくる。
リーデを恨むことは筋違いで、レクティファールを恨むことなど有り得なくて、そして残ったものは自分への恨み。
弱かった自分。
龍族としての力に慢心し、天敵である〈龍殺し〉に圧倒された自分。
未だ復帰の目処すら立たないほどの重傷を負ってまで、自分に千載一遇の機会を与えてくれた従者に対して、何も報いることができなかった自分。
そして結果的にリーデに立場を奪われ、レクティファールの騎龍としての役割を果たせなかった自分。
総て自分が原因だった。
あと少しだけ、父くらいとは言わないまでも、それに準ずる力を持っていれば、あの〈龍殺し〉にあそこまで一方的に叩かれることは無かった。
聞けば、レクティファールとあの〈龍殺し〉は一太刀しか刃を交わさなかったという。
つまり、あと少しだけ時間を稼いでいれば、レクティファールに剣を抜かせることは無かった。
「――――」
〈ウィルマグス〉の病室でレクティファールに啖呵を切ったというのに、未だに自分はあのことを悔やみ続けている。
龍族としての矜持などではない、ましてや皇妃候補のひとりとしての誇りであるはずがない。
ただ、同じ女としての憎しみだ。
あの戦場の中で、自分と〈龍殺し〉は同じ場所に立っていた。
従者が倒れたことで一対一。
お互いに自分以外の要因で勝負が決することのない戦場だった。
しかし、勇戦奮闘などと表現されることが侮蔑に聞こえるほど、自分は惨めな敗北を喫した。
他人は、天敵である〈龍殺し〉に対して敢然と立ち向かい、そしてレクティファールの命を救ったと言う。
悪い冗談だった。
自分はただ敗北し、敗者として隠れるように皇都に帰還した。それが事実ではないか。
勝者たるレクティファールの隣には自分以外の女性の姿がある。それこそが今の自分の立場を明確に示していた。
敗者は敗者でしかない。
自分の中の別の自分がそう囁く。
そしてそれに対して頷いてしまう自分もまた、彼女の中に存在した。
「レクト……っ」
名を呼ぶたび、身を引き裂かれそうな痛みを覚える。
手が届かないから、声が聞こえないから、辛い。
あの白龍宮での日々のように、目の前に彼がいて、すぐ近くにウィリィアがいてくれたら、この痛みなんて気にならないのに。
あの温泉宿での時間は楽しかった。
ウィリィアの存在を頭の片隅に置きながら、それでも自分の惨めさを忘れていられた。
思えば、あれは友人たちの気遣いだったのだ。独りになればこうして己を責めてしまう自分に対する。
「レクト……レクト……レクト……」
先程の光景が、脳裏にこびりついて離れない。
自分以外の女性に、自分に向けたような笑顔を向けるレクティファール。
それを止めることさえできず、何故自分はこんな暗い馬車の中で泣いているのか。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
分かっている、自分が弱いからだ。
誰かが悪いのではない、自分が悪いのだ。
だから苦しい、だから辛い。
自分を苦しめることで気が晴れることはなく、ただ辛さが増すばかり。
「レクト……!」
ああ、今この瞬間、あなたが目の前にいて笑いかけてくれればそれでいいのに。
それだけで、二度とあのような惨めな戦いは演じないと誓えるのに。
「何故、あなたはここにいないの……」
彼がいるのは、紙吹雪と人々の歓声の中。
あの病室のように、自分の前にはいない。
「こんなにも苦しいのに……」
いつの間に、自分はここまで女々しくなってしまったのか。
嘗ての自分は貴族としての矜持と、軍人としての使命を第一に考えていたはず。
それはたった三月前のことだというのに、今の自分はまるで別人のよう。
「わたしは、弱くなったの……?」
メリエラは小さく呟き、顔を伏せる。
雌龍としての自分の本能に翻弄され、身体を震わせて嗚咽する彼女の声は、喜びに満ちた喧騒の中でただ消えていくだけだった。
◇ ◇ ◇
皇城までの道程は、レクティファールにとって新たな発見の連続だった。
建物の建築様式からその雑多な種族の容貌、ひいては人々の唄う歌や掛け声まで、何もかもが目新しい。
レクティファールが皇都に住む人々の生活を見るのは、これが初めてだった。
皇都は国中から人々が集まり、常に新陳代謝を繰り返している街だ。各部族に伝わる文化が集まり、混ざり合い、独自の発展を遂げている。
服装や食物、歌劇に文学、宗教、哲学など、もはやその起源がどこにあるかも分からないようなものまでが皇都にはあった。「皇王の下での平等」を標榜し、どんな文化だろうと許容するある種奇妙な国を象徴するのがこの都だ。
そんな文化の中には皇王を批判するものもあった。しかし、皇王という確固たる存在を脅かすには、文化というものはいささか不確かに過ぎる。市民主権思想による皇王制度の打倒ですら、現在ではひとつの政治思想として埋もれてしまった。
そういった奇妙な都だからこそ、どんな種族も一国民として暮らすことができる。皇国の建国前は捕食者と食料という関係だった種族が隣り合い、ときに調味料の貸し借りや夕食のおかずの交換をするのも珍しいことではない。
神族と魔族が結婚する。エルフの若者がダークエルフの幼馴染に求婚する。巨人族の夫が小人族の細君の尻に敷かれる。
それこそが皇国であり、二〇〇〇年を費やして建設された箱庭だった。
レクティファールは整然と並んだ衛兵たちの守る道を進み、〈星天宮〉の正門までやってきた。
満々と水を湛え、しかし透明度を失わない堀と、その上に架けられた橋。その橋の右側には有力貴族たちが並び、左側には議員を始めとした文武官が列を作っている。
主君の姿を見て一斉に頭を垂れた彼らの間を、凱旋の集団から抜け出した一群が通過していく。
レクティファールと彼の供回りたちだ。
馬の蹄の音、鎧の擦れる音、新聞社の写真機の音、それらが頭を垂れた諸侯と文武官の上を抜けていく。
中には目を凝らし、自分たちの前を通過する影の先頭部分を追いかける者もいた。その行為に意味があるかどうかではなく、自分たちの命運を握る男の影がどんなものであるのか興味を抱いたのだ。
もちろん、影の形などそうそう個性が出るものではない。馬に乗っているせいか、どの部分が件の摂政の影かも分からなかった。
ただ、外套の裾らしき部分が、影の中でちらちらと蠢いている。その動きがまるで自分を手招いているように見えて、影を追っていた者は目を逸らした。
再び視線を戻したときには、もう影は彼の視界から消えていた。
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