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第五章:因果去来編
プロローグ「幸せな世界」
しおりを挟む大国。
大きな国。
この世界の歴史上もっとも巨大な版図を築き上げた帝國。
その名を、〈統一帝國エリュシオン〉。
抱える人口は二〇億とも三〇億とも言われ、急速な版図の拡大によって戸籍制度が悲鳴を上げている現状では、その倍の数である可能性さえあった。
彼らはここ五百年で急速に国土を広げたが、その中心にいるのは初代皇帝にして現上帝、ラディファス一世である。
腰まで伸びた陽光の如き金髪。
白皙に配された完全な並びの目鼻。
男とも女とも取れる中性的な姿と声。
それこそが、ラディファス一世の姿だ。
「――ふむ」
彼は遥か遠き子孫である四十二代皇帝グヴァルス三世の書簡を、長椅子に気怠げに身を投げながら眺めていた。
その文章に秘められたグヴァルス三世の意図を一切酌もうとしていないのだから、読んでいた、と表現することは憚られた。彼にとって皇帝からの時節の挨拶など、何百と読んできたなんの価値もない文章なのである。
しかし今回、数万文字に及ぶ文章のほんの一節が、彼の興味を惹いた。
それは彼の帝国が最終攻略目標としている、原初の大陸に関する部分だ。
「容易く、朕の手には入らぬか」
原初の大陸。
ラディファスがその名を知ったのは、播種八氏族に連なる父が彼に語り聞かせた寝物語の中でのことだった。
父は言った。いずれ、役目を終えた神々は総てがその地に帰還する。そして定命の者として生まれ変わり、自分たちが作り上げた生命の循環の中に還っていくのだと。
しかし、父はその望みを叶えることなく消滅した。龍脈制御を怠った者たちの尻ぬぐいをして、暗黒大陸の大地に消えていった。
「父上、彼奴らはまだあの地でのたうち回っているぞ。あの蜥蜴ども、守護者であることをいいことに、我らが約束の地を我が物顔で闊歩しておる」
皇帝の書簡には、龍の国と呼ばれるデステニア皇国との間で経済紛争が発生しつつあることが記されていた。
トラン大陸において、エリュシオン資本とデステニア資本が互いの利益を食い合う形になっているというのだ。それが両者から利益を供与されているトラン大同盟の官僚たちに仕組まれたものだとしても、ラディファスの帝国と龍たちの皇国が国益を奪い合う状況になっているのは事実である。
「思ったよりも時間が掛かったが、父上の言いつけ通り、神々の力を使うことなく奴らと戦えるまでになったか……」
彼の父は、ラディファスに幾つか言いつけを残していた。
その中の最たるものは、自らの生存と自らの庇護下にある者たちへの施し以外、神族の力を用いてはならないというものだ。
播種八氏族の一角を担う神族の者として、自らの欲望のためにその力を使ってはならないという意味だった。
ゆえに、彼は自らを神と崇める国を作り、その国民に施しを与えることで強大な力を手にした。何百年も掛けて神々の知識を分け与え、地上のあらゆる国家を凌駕する遺失技術国家を作り上げた。
それでも未だ世界の覇権を手にするまでに至っていないのは、彼が神族として認められた存在ではないからだ。
彼は神々が知っている遺失技術のうち、ほんの一部しか知る権限を持っていない。
彼の父であっても総てを知ることは許されていなかったのだ。その権能を正式に受け継いでいない彼が、遺失技術のすべてを理解していなくとも不思議はない。
「概念兵器。世界転生の技。アレさえ手に入れば、この世界を父上が望んだ理想郷に作り替えられるものを……」
彼の持つ情報管理等級では、概念兵器の情報に接触することは許されていない。より正確に述べるならば、今の世界で情報に接触できる者は、使用者本人だけだ。
残るは、四界と呼ばれる四つの外部式世界維持機構の管理者たちだけである。
「彼奴らめ、朕の呼び掛けに一切答えようとせぬ。原初の大陸の原住民の呼び掛けには答えるというのに……いったいなにを考えているのだ」
もしもこの場に四界の管理者がいれば、お前こそなにを考えているのだと憤慨したことだろう。自分たちがようやく安定させた世界を再び破壊し、作り直そうというのだから、協力などするはずがない。
「やはり、あの地を直接手に入れなければ、堅物どもを納得させることはできないか」
しかし、と前置きをして、ラディファスは皇帝からの書簡に一度目を落とし、続いて部屋の壁に掛けられた世界の地図を眺める。
その視線の先にあるのは、トラン大陸と南北のウォーリム大陸だった。
「あの地はやはり邪魔だな。トランは父が手を入れた場所だからと手心を加えすぎたし、ウォーリムはバムハシードの縄張りだから遠慮してきたが、あの鯨、なにを考えているのかさっぱりわからん。朕が代わりに統治してやろうかと言っても、なにも返事をせぬわ」
バムハシードは彼の父より上級の管理者である。勝手にその領分を侵すことはできないため、今までは手出しを控えていた。
「だが、向こうの民がこちらの民に手を出してきたのだから、しかたがない。火の粉を払う程度ならば、あの者も目くじらを立てたりはせぬだろう」
皇帝の書簡には、ウォーリムとの間で軍事的緊張が高まっていることが書かれていた。
それは彼が望んだことではなかったが、利用することを躊躇う理由もない。
「さて、あと何年でこの世界を治められるか」
ラディファスは、“それ”を当たり前の未来として捉えていた。
自分たちはそれを行うために作られた種族であり、それによって人々を幸福に導くのが役目だと思っていた。
「さて、我が愛しき世界よ。待っていてくれ」
あと少しで、父の言いつけ通りに総ての人々を幸福にしてみせるから。
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