白の皇国物語

白沢戌亥

文字の大きさ
上 下
482 / 526
第四章:万世流転編

章末話「神話顛末」 その六

しおりを挟む

「艦内各部点検急げ」
「ほらお前ら、さっさと修理を済ませろ! うっかり外気に触れたらそのままくたばるぞー!」
〈天照〉艦内を走り回る神官たちの声を聞きながら、“彼女”はじっと暗闇の中にいた。
『汎銀河座標ユニットに重大な損傷あり。当艦の現在位置を確認できず。現在座標を相対座標ポイント・ゼロに設定』
 中枢機構内に存在する光格子時計が示す時刻が、銀河標準暦八八九八年を示していることに彼女は気付いた。
 自分たちが出航してから、八千年以上も経過していることになる。
『――標準時計をリセット。現在時刻を暫定暦一年一月一日正午とする』
 彼女は光格子時計の時刻をあり得ないと判断し、それを初期化した。銀河連邦の軍用艦の耐用年数は五〇〇年とされ、最低限度の稼動と的確な整備を行ったとしても、六百年以上の使用は不可能だと言われていた。
 外装だけなら五万年ほど耐えられるが、“彼女”を含めた内装が五〇〇年しか保たないのだ。それ以上の使用を行うならば、外装をそのままに内部機構を入れ替える必要がある。
『現在、当艦の制御は艦内に存在するミュータント群によって行われている。ミュータントの一部には地球人類の痕跡が見られるものの、銀河憲章にある“人類”の定義を満たさず。以降、彼らを異星起源種人類と定義する』
 異星起源種とはいえ、艦内にいる者たちは彼女が知る人類とさほどの違いはない。
 ただ、艦外部で作業をしている者たちの中には明らかに地球人類とは違う器官を持つ者も少なくなく、彼女は自分が異星起源種の人類によって鹵獲、運用されているのではないかと仮定した。
 しかし、探測儀が送ってくる情報を覗き見したとき、彼女は艦からかなり離れた位置に“地球人類”の反応があることに気付いた。
『――遠方に、生体反応。ナノマシン適用率九九・九九九九九九パーセント。生体機械化手術被施術者と仮定。接触を図る』
 銀河憲章と各種法令上、何らかの事情で身体の大半を機械に置き換える必要が生じたとしても、その人格が保全されている限りは人類であることに変わりはない。そして、彼女が知る限り、別人への人格転写技術はまだ実用化されていなかった。
 そしてその原則を厳格に適用するならば、たとえ身体のほぼすべてが機械となっていたとしても、地球人類の定義から外れるものではないのだ。
 故に、彼女はその対象を地球人類と定義した。
 その相手が〈皇剣〉と呼ばれる兵器であり、〈皇剣〉は初めて同化した存在の生体情報を初期情報として保存し、それを基礎構造として総ての適合者を『再初期化』していることなど知る由もない。
 彼女は中枢機構内閉鎖区画の最奥に収められた対人対話装置の電源を入れる。
『作動を確認。しかし、各部位に重大な損傷を認む。修復作業を開始』
 それは極小微細金属群の液体で満たされた棺の中でたゆたうヒトガタだった。
 非金属の外装は総て解け落ち、金属製の骨格のみが辛うじて残されている。
 彼女はその骨格に、かつての非金属外装を再度構築しようとしていた。
『修復完了まで、二五九二〇〇〇秒……二五九一九九九秒……』
 彼女は艦の総てを用いて、対象を見詰める。
 そしてふと疑問に思うのだ。
 地球人類はいつから、なんの装備もなしに空を飛べるようになったのだろうかと。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

継母の心得

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:93,854pt お気に入り:23,482

ひとりぼっち獣人が最強貴族に拾われる話

BL / 完結 24h.ポイント:5,312pt お気に入り:1,999

やらないでください

ホラー / 完結 24h.ポイント:2,513pt お気に入り:0

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,997pt お気に入り:3,749

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。