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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その五
しおりを挟む「ひゅぅううううううううううううう……こぉおおおおおおおおおぉぉぉぉ……」
大きく息を吸い、大気の中に含まれる高密度の源素を取り込み、吸収しきれなかったものを吐き出す
岩窟小人の英雄――バザーク・グルグントは、同輩たちとともにどれほどの名酒でも決して真似することのできない甘美な味に酔いしれていた。
「ひゅううううぅぅ……」
全く文明の手が入ってない木々の間を、一族の鍛冶士が精魂込めて作り上げた巨大な戦斧を肩に担いで歩いていく。
視線を上げれば、千年エルフや半獣神と化した獣人が枝を足場に進軍しているのが見える。
彼らはそれを追い掛ける形になっているが、バザークの内心に焦りはまったく存在しなかった。
「がははははッ!! エルフたちは俺たちのために露払いを買って出たようだな! やはり戦は身体と身体のぶつかり合いこそが花よ!!」
「その通り! 最近の戦は小難しくてかなわん」
「時代じゃよ、時代。二〇〇〇年前に親父どもがワシらの戦争への参加を許さなかったことと同じようにな」
げらげらと笑いながら森の中を進む彼らは、その全員が皇国独立戦争の英雄だ。僅か六名で初代皇王の軍勢に参加し、しかし全員が最後まで生き残った。
そして戦争後に姿を消した一名を除いた全員が再び皇王の呼びかけに応じて参戦したのである。
「楽しい喧嘩に呼んでくれる者がいるんだ。別に構わんさ」
バザークは笑い、戦斧の柄を握り直す。彼の目は鋭く周囲に向けられ、彼らを囲むようにして接近してくる者たちを捉えていた。
「エルフどもも始めたようだ」
仲間のひとりが、心底楽しそうにくぐもった笑い声を上げている。
耳を澄ませば、先ほどエルフたちが向かった方角から盛大な怒号と爆音の祭り囃子が聞こえてくる。
「まつりの会場はここか」
バザークは戦斧を地面に突き立て、首を回す。
生来、岩窟小人には高い魔素への抵抗力があるが、一定確率で生まれる特異体には魔素を含めた源素全般への適応能力を持っている。
しかし特異体ではなくとも、長い時間を生き、魔素に晒され続けた個体もまた、それと酷似した能力を持つことができた。
魔法への適性をほとんど持たない彼らにとって、魔素は己の身体を強化するための材料に過ぎない。しかし、魔素による強化に適応した体組織は、他の種族には真似できないほどの身体強化能力を彼らに与えた。
「イズモの神は数だけはいるって話だ。いくら食っても尽きない喧嘩相手ってのは貴重だなぁ」
戦斧を振り、旋風を巻き起こす。
周囲の木々が大きく揺れ、近くに身を隠していた八洲神が何柱か吹き飛ばされていった。
「そういや、初代には色々借りがあったんだ」
バザークがそう呟くと、仲間たちも口々に同意する。
「俺は酒代返してねえや」
「俺は女だ。いやまて、嫁への土産代も借りっぱなしだぁ」
「ん、そういやこの斧、皇城の宝物庫から借りた奴じゃね?」
「やべぇ、軍資金代わりの宝石突っ込んだ蔵の鍵、妖精女王に返してくれって頼まれて忘れてた」
岩窟小人たちはそれぞれの獲物を構え、兜の位置を直しながら懐かしそうに頬を緩ませる。
最初の独立軍。一軍とも言えないほどの僅か三〇名ほどの小所帯。
エルフへの対抗意識と喧嘩を求めて参加したあの戦いで、彼らは生涯の友人を得、そして喪ってきた。
「思えば遠くに来たもんだが、あいつならなんて言うか」
「ええと、確か昔の帝都を『らすだん』とか言ってたな」
「じゃああれだ、『隠しだんじょん』か『えくすとらすてーじ』って奴だ。あいつが持ってた本に載ってた」
彼らの周囲にいるのはおよそ三〇ほどの八洲神だ。
若い者たちばかりだが、並の岩窟小人であれば相手にもならない。
しかし、バザークたちは違う。
彼らは岩窟小人であると同時に、『勇者』でもある。
「じゃあ、久し振りに征くか」
楽しい。しかし悲しい。
バザークたちはこの上ない昂揚感と共に、埋めようのない寂しさを抱いて笑い声を上げる。
おそらくこの戦いが自分たちが望む形での最後の戦いになるだろう。
これ以降、戦いは戦闘、戦争という名前になる。
自分たちのような古い時代の武辺者は、戦場では邪魔な存在になるだろう。
皇国は強い力を持つ個体を軍に組み込むことに長けている。だが、軍が大きくなればなるほど、個体は埋もれ、本来の戦い方はできなくなる。
(お前なら、それも良いと笑うだろうな)
バザークは古きあの日、共に薪割りをした少年の笑顔を思い出しながら、その少年の葬儀の日、柄巻の奥に密かにその名を刻んだ戦斧を掲げる。
「がははははッ!! 『ドワーフ勇者』隊! 総てを押して押して押し通る!! 止められるものなら止めてみろぉッ!!」
「岩窟小人も始めたか。いつもながらどこで戦っているか分かりやすい連中だ」
頭上から襲いかかってきた八洲神の一柱を鉈の一振りでいなし、それに呼応して彼女を包囲しようとした者たちに対し、もはや半ば同属となりつつある獣人ミュゼは歯を擦れ合わせて呪文詠唱を行う獣人魔法でそれを迎撃する。
「ギギッ!!」
耳障りな音の直後、彼女を中心とした同心円状に百雷が走る。獣人魔法は音を用いて源素の情報を直接書き換える魔法だ。周囲に源素が満ちているこの場所ならば、ほとんど無制限に魔法を放てる。
「戦いがなければ、神族としてこの程度か」
黒焦げになって転がる八洲神たちを見下ろし、彼女は溜息を吐いた。
枝の上で屈み込むと、短い筒袴が捲り上がり、その健康的な太腿が露わになる。
「――そういえば、あのときもこんな感じだったか」
自分たちの縄張りに迷い込んできた初代皇王。侵入者排除の命を帯びて彼らの前に現れ、樹上で警告を発するミュゼに対して「もうちょっと屈んで!」と叫んだのは後にも先にも彼だけだ。
その言葉を発した瞬間に隣にいた白龍の娘に殴り倒されていたので、結局彼は望みを果たせなかったことになる。
「落ちこぼれのわたしが半獣神になり、あの男の後継はもう九人目。思えば随分長い時間が経ったのか」
腰の後ろに愛用の鉈を収め、彼女は頭の上にある三角の耳をぴくりと動かした。
まだ新手は遠い。どうやら上空からの艦砲射撃で地上の八洲神たちが戦闘不能に追い込まれているらしく、殴り込み部隊に対する抵抗はまだ散発的だ。
「あいつは、喧嘩があると弱いくせに先頭に立ちたがったな。わたしたちは慌て追い掛けた。いつの間にか、決して追い付けない場所にまで逃げられたが……」
遠くで光の帯が空を走り、山脈を切り分けているのが見える。
「しかし代は違えど喧嘩になれば〈皇剣〉使いは先頭に立つ。違うことと言えば、今のあいつらは弱くないことと、わたしたちの数が減ったこと」
その代わり、新しい世代の者たちが増えた。
あの時代を知らない者たちが、あの時代を知らない〈皇剣〉使いを追い掛けているのだ。
「ふふ、せいぜい気張れ、若い者ども。全力でやる喧嘩は楽しいぞ」
ミュゼは枝を蹴り、森の更に奥へと向かう。
彼女はそのとき、自分の向かう先に見慣れた背中が見えた気がした。
(あれは……!)
しかし再び瞬きをしたとき、その背中は幻のように消え去っていた。
二〇〇〇年前に見えなくなった背中は、優れた視力を持つ彼女の目でもまだ捉えられないようだった。
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