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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その六
しおりを挟む《現在、我らが故郷は航宙艦による武力攻撃を受けている。戦闘要員は所定の集団を形成後、各氏族の命に従い迎撃態勢を取れ。現在我々は侵略を受けている――》
《これは侵略ではない。彼らは我らに奪われたものを取り返しに来ただけだ。すぐに首謀者を捕らえ、彼らと交渉を行うべきだ。そのためにも、可能な限り武力の行使は避けろ。これ以上彼らの怒りを買うな。第九衛星と同じ目に遭うぞ》
《忠勇なる同胞諸君。これが我らの聖戦だ。忌まわしき堕神を討ち、我ら八洲の神々の汚点を雪ぐのだ。これは我らがこれからも生き残るために必要な聖戦である。我らを力なき神族へと貶めた堕神を許すな》
ほぼ同時に、三つの通信が飛び交う。
ひとつはこの事態を所定の規則に当て嵌め、その規定通りに収拾しようとする者たち。
ひとつは現状をもっとも正しく把握し、それを元に状況の打破を行おうとする者たち。
そして最後のひとつは、真子を捕らえ、これを討つことで八洲神群の緩やかな滅びを避けようとする者たちだ。
いずれも〈天照〉による攻撃に動揺し、自分たちに同心するのがどの神であるのか分からず、こうして全方位に向かって通信を飛ばしていた。
「陛下、通信の逆探知が完了しました」
「ご苦労」
レクティファールは巨大樹の頂点付近の枝に寄り掛かりながら、傍らに侍る剣闘精霊に答えた。彼女は他の二名に較べて探知機能に優れ、レクティファールの〈皇剣〉の機能を補助する端末としての役割を持っていた。
或いは、彼女の方がレクティファールよりも〈皇剣〉を上手く扱えるかもしれない。レクティファールは仮面の下から自分を覗いているであろう先達から顔を背け、目的に向かって跳んだ。
「――各方面とも、大暴れね」
追従するエリザベーティアの呟き。
レクティファールは遥か遠くの森の中から姿を見せた『天翔戦船』に向けて誘導光弾を一〇二四発ほど放つと、それが織物を作り上げるような軌道を描いて飛翔する様を眺めた。
「暴れて貰わなければ困ります。そのために連れてきた」
「冷たいね」
「彼らが欲する優しさというのは、戦場を提供して放置することですよ。彼らは私に親しみを抱いてくれているでしょうが、それ以上に初代陛下に親しみを抱いている」
「まあ、気持ちは分かるよ。あの人たちにとって初代は戦友だもの。一緒に行軍して一緒に野営して一緒に娼館に行ったら、大抵のヒトは親近感抱くでしょ?」
親友の子孫が困っているからひとつ助けてやろうというのが、悪童たちの参戦理由のもっとも大きな部分だ。
国に対する愛情がないとは言わない。
だが彼らにとって国とは建国され、初代皇王がこの世界から消滅した時点で過去のものになった。それ以上の価値を彼らが国に見出すことはないだろう。
「でも、彼らは本心からあなたに助力している。真子を助けようという意思も間違いない」
「分かっています。だから私も彼らを信じている」
迎撃を潜り抜けた誘導光弾が次々と『天翔戦船』の船体に突入し、爆発を起こす。
ふたりは前方の山陰から姿を見せた大型船に同時に剣先を向け、それぞれ蒼と赤の光軸を発射する。
ふたつの光軸を捻れるように融合し、白い光となって大型船に接触。一瞬でその半身を蒸発させる。
断末魔の如き破砕音を立てて落下していく大型船を尻目に、ふたりは彼方に姿を見せた八洲神族を悉く叩き落とした。中には目の前にいるのが〈皇剣〉だと気付いて戦意を失った者もいたが、レクティファールたちがそれを斟酌する理由はない。
彼らにとって目の前にいるのは敵か、いずれ敵になる者かのどちらかだ。
「もっと優しいと思っていたのだけどね。少なくともいつものあなたなら、もう少し手心を加えていた」
「手心を加える意味があるならそうする」
「寝台の中でと同じように?」
「――そうしなければ機嫌が悪くなるだろう。加えすぎても機嫌が悪くなるし、機を誤っても機嫌が悪くなるし、何もしなくても機嫌は悪くなるが」
レクティファールはエリザベーティアを一瞥する。
いつの間にかレクティファールの趣味とされた戦闘装束だが、実際のところ彼女の好みが一番大きな影響を及ぼしている。
戦いやすければ他人からどのように見えても気にしない。それがエリザベーティアという女だ。
「ああ、なるほど。今回の戦いもそれね」
「察しが良くて助かるよ」
そう、この戦いもまた、レクティファールとその妃の探り合いの一環なのだ。
相手はレクティファールが救いに来ることを確信しているだろう。だが、その時期と方法については査定対象であることは間違いない。
「変な助け方したら、今後一生ネタにされ続けるのね。――でもそうなら、わたしがこうして一緒にいるのは大丈夫なの?」
「真子は、少なくとも義理の姉妹の誰かなら一緒にいても怒らない。もうひとりの妻は、そうだな……君が妹である限りは多少理性を保つ」
「妹にみっともないところは見せられないから?」
「それは知らない。ただ、身内になればなるほど、強固な見栄が必要になるとは知っている」
上空から飛来した八洲神族の一群が、レクティファールの姿を見付けて混乱しているのが見える。
エリザベーティアは仰向けになると両手の剣を光の粒子に変え、鞭のようにしならせたそれで八洲の神々を打ち据えていく。
抵抗しようとした者もいたが、エリザベーティアにとってのそれは自分の武技を盛り上げるための一助でしかない。彼らは自分たちが元皇王の錆を落とすための道具にされているとは気付かないに違いない。
「あ、見えてきた」
エリザベーティアは前方遠くに滲み出てきた巨大な影を見て、頬を緩めた。
かつての瑠子の座所――『神樹』だ。
「今度、あれに似せて後宮も改装してあげたらどう?」
「怒らせたときのご機嫌取りとして取っておくよ」
嘆息したエリザベーティアは、そんな姑息な男を可愛いと思える種類の女だった。
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