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第四章:万世流転編
第二一話「浅間のルコ」 その一
しおりを挟む八洲の人々に『座』と呼ばれる場所がある。
別位相に存在するもうひとつの惑星とも言うべきそこは、四界と現界の中間地点として『創られた』。四界の力を現界に反映する際、現界に対する影響を抑え込むための緩衝世界だ。
そこでは現界よりも四界の影響が大きく、そこで暮らす者たちは総じて神と呼ばれるに相応しい力を持っていた。
「だが、我々は自分たちだけでは生きていけない」
霊山〈扶桑〉。その頂にある社に、ふたりの男が居た。
黒の瞳と髪は八洲人の特徴そのままだが、彼が纏う衣裳は今ではほとんど廃れてしまった古式ゆかしい八洲礼装だ。
「それを知っていながら、父上は何を考えているのだ。このままでは我らの力は衰える一方ではないか!」
太刀を佩いた男が気炎を上げ、もうひとり、槍を携えた男はそれを黙って聞いている。
彼らは共に八洲軍神群の一翼を担う武神で、それぞれカシマ、カトリと呼ばれていた。祖神〈天〉の息子で、『座』随一の実力者である。
「下界にいる我らが同胞を見ろ! すでに往時の力はほとんど残っておらず、機械仕掛けの船に頼り切る有様! 龍国の王と相対するだけの力量もない」
彼らの視線の先には、霊山を孤島にした雲海が広がっている。その下にはかつて自分たちと袂を分かった同胞の子孫が暮らす国があった。
その同胞たちは、かつての力と技術を失い、ふたりがいる『座』に足を踏み入れることさえ困難だと言われている。
「しかし、彼らが現界に存在するからこそ我々は存在していられるのだ。それに、力を失ったというならば我々も同じではないか」
そうカトリがカシマを茶化す。
「この世界から我々を守っているのは、我々の存在を肯定する現界の人々の意識。彼らから忘れられたら最後、我らはこの世界に否定され、消滅するしかないんだぞ」
「分かっている! だが、その意識――信仰心さえ最近は弱まる一方ではないか!」
そうカトリを怒鳴りつけ、カシマは己の手のひらを見る。
夜眠れば、その手のひらが透き通っていく悪夢を見る。
自分の存在が否定され、解され、この『座』の世界に溶け込んでいくのだ。
「それもこれも、あの女のせいだ」
カシマは犬歯を剥き出し、血走った目で雲海を睨め付ける。
「あの狐女が我らの品位を貶め、人々から信じる心を奪った! 父の信頼を裏切っただけでは飽き足らず、今では龍国の王に嫁いでいるというではないか!」
「それは下界の同胞が決めたことだ。忘れたのか?」
「忘れてなどいるものか!!」
空間を斬り裂くカシマの哮声に、雲海に一本の裂け目が生まれる。
その下には鬱蒼と木々が生い茂る原生林があり、そこにある湖に現界の姿が映っていた。
「同胞が力を失ったこと、確かにそれは我らの身代わりとなったと考えることもできる! だから彼らを守護するという役目を疎んじたことはない! しかし、あの女は別だろう!? 我らは崇められねばならない! 我らは傅かれなければならない! そうでなければ、我々は力を失い、現界の民に力を貸し与えることさえ出来なくなる!」
カシマは現界の人々を愛していた。
自分を肯定し、頼る姿は息子や娘のように感じていた。
そして、それに応える自分を何よりも誇りに思っていた。
「だから、あの女が許せんのだ!」
太刀を引き抜き、雲海の遥か彼方にある一点を指す。
「――――」
カトリはその鋒の先を見詰め、そこにある巨大な雲の塊を視界に捉えた。
天空遙か彼方から降り注ぐ四界の力が、さながら嵐のように荒れ狂う危険領域。
〈禁域〉。
『座』に暮らす者の中で、そこに生身のまま立ち入ることができる存在はいない。
カシマたち八洲神群だけではない。如何なる神群にも例外はなかった。
「あの〈禁域〉の下で、あの女は安穏と暮らしている」
〈禁域〉の真下には、彼らが龍国と呼ぶ場所があった。
かつてこの世界を造り直した際、世界再構築の基点として設定されたそこは、今も当時の力を維持したままの原初龍によって守護されている。ここを失えば世界の均衡が崩れ、四界どころか現界や『座』さえ互いに衝突し、砕けてしまう。
だからこそ、強大な力を持つ神々さえ〈禁域〉には近付かない。
しかしカシマからすれば、忌まわしい堕神と化した妹が〈禁域〉を盾にして隠れ暮らしているようにしか感じられなかった。
「瑠子め、我らが何もできぬと思ってのうのうと暮らしているのだろうな!」
「――さてな」
妹を神群の汚点と見るカシマに対し、カトリはまったく違う考えを持っていた。
瑠子が堕神となった理由は、瑠子本人ではなく自分たちにあるのではないかという考えだ。
しかしそれは、八洲神群の中では異端の見解である。
神群の大半は瑠子を同胞の一族を誑かした悪神と見ており、カシマなどはその最右翼である。双子の弟がそう考えてしまう理由も理解できるため、カトリも自分の考えを広めようとは思っていなかった。
(それに、父上たちはあの頃のことを思い出したくないのだ。思い出せば、自分たちの罪を目の当たりにする。助けを求めたあの娘を見捨てたという罪、そしてその罪から目を逸らし続けているという大罪)
当時の真相を知っている者は少ない。
あの当時はまだ信仰心の絶対量が少なく、多くの神が力を失っている状態だった。
表の武神として名の知られていたカトリは当時から力を持っていたが、カシマは半ば封印されているようなものだった。だから、当時のことは神群の多くが信じているようなことしか知らず、妹に対する隔意も強い。
(陽国の神群との戦いで俺がこの地を離れていなければ、あいつを助けられただろうか?)
父の言い付けを守り、決して同胞たちを害することをしなかった妹。
自分が心身ともに傷付けられようとも、彼女は決して現界の者を傷付けなかった。
そしてその結果、総ての罪を背負わされ、封じられた。
(瑠子、せめてそこで幸せに暮らしてくれ)
だが、カトリのその願いはあっさりと潰えた。
現状を倦む八洲武神群を率いてカシマが現界の龍国へと向かったと聞いたとき、カトリは己の罪を嘆き、自らの存在理由を見失った。
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