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第四章:万世流転編
第十六話「星天の園」 その五
しおりを挟む乱痴気騒ぎのあとというのはもの悲しくなるものだが、少なくとも今回の騒ぎでは夜になっても騒がしさが薄れる気配はなかった。
夕食会の会場としてもっと面積のある大広間が開放、円卓が幾つも並べられて夕食会の会場が設営された。
並べられている料理は厨房の部隊が作ったものではなく、料理自慢の乙女騎士がそれぞれ自分の得意料理を披露するという形式を取った。これに伴い、普段は自らの腕前を披露する機会のない騎士たちが同僚のみならず皇族たちにも自分の作った料理を振る舞うこととなり、そういった意味では緊張感の漂う夕食会となった。
その夕食会の会場、未だ兎耳女給姿のマリカーシェルは部下たちの視線を避けるようにして片隅の円卓にいた。
材料も味もそこに内包される熱量の一切も気にせず持ってきた料理は、誰が作ったのかさえ分からない。それ以上に彼女の心を占めているのは、急いで夕食を済ませて仕舞おうという一念だった。
仕事が終われば着替えることができる。
職務中の装備変更はそれに相応しい理由がない限り許可されておらず、それはマリカーシェルも例外ではない。恥ずかしいからというのは、当然、装備を変更するに相応しい理由として認められるものではなかった。
だが、この夕食会をもって今回の臨時観閲は終わる。任務完了だ。
そうすれば当然、兎耳女給の装束も着ている必要はない。マリカーシェルは刻一刻と迫るそのときを待ち続けた。
「あら? マリカーシェル殿、随分気合いの入った衣裳ねぇ」
「――!?」
しかし、世の中とはそう簡単にはいかないものらしい。
マリカーシェルは背後からの声に肩を震わせ、ゆっくりと振り返った。
「マリア様……その、これは……」
「いいのいいの、気にしない気にしない。今日はそういう日だもの」
手をひらひらと振り、持ってきた盆を円卓の上に置くマリア。
彼女の姿は真子たちが来ていた水兵服とはまた別の意匠の女学生服だった。
「わたくしも若返った気分だったわ。――あの唐変木にはその辺りの機微は分からないようだけど」
マリアが唇を尖らせながら、皇妃作の異界生物染みた料理をほぼ無理やりに口にねじ込まれているレクティファールを見る。
〈皇剣〉が戦闘状態に入っている点以外は、良くある夫婦のやりとりだ。
「あの件は、たぶんマリア様が何かということではないと思うのですが……」
「同じことよ。他の娘たちはなんやかんやで褒めてたっていうのに、わたくしのときだけ首を傾げて……!」
「は、はあ……」
マリカーシェルから見ても、マリアの姿格好は特に問題を感じるようなものではない。レクティファールが何故首を傾げたのか、マリカーシェルには全く分からなかった。
ただ、レクティファールが小さく「フェリスなら似合った」と呟いたことは、それ単独でも捻りこむような扇子の一撃を叩き込まれても仕方のないことだと思う。
「ごほん、まあ、あの人がそういう男だっていうのは分かってるわ。あなたもそうでしょう?」
さも同志であるかのように気安く笑いかけられ、マリカーシェルは困惑した。
レクティファールの何を理解していると言われているのか、それに気付くことを彼女自身の本能が拒否した。
「――いえ、わたしには分かりかねます。陛下の個人的な嗜好については、職務以上の情報は持っておりませんし」
「ふぅん、そう……」
自分の言葉を否定されても、マリアは微笑みを崩さなかった。
それどころか、金の瞳に微笑ましいものをみるような、同時に懐かしい何かを見るような感情を宿していた。
「あなたがそう言うなら、わたくしはこれ以上何も言わないけれど……」
そう言ってマリアは皿の上に載っていた胡瓜の磯辺巻きを口に運び、満足そうに頷いた。そして、もう一言、まるで独り言のように呟いた。
「軍人の立場なんて、唯一無二からほど遠いものよ」
「――っ!! 失礼致します!」
マリカーシェルは食器を持ち、席を立つ。
去り際に一礼する律儀さを見せた侍女の長に、マリアは楽しげに笑う。
その背中を見送りながら、彼女は再び呟いた。
「必要とされるんだもの、居心地がいいに決まってる。でも、それを失って初めて女の真価が問われるのよ」
そうして今度は鰻の煮凝りを口に運び、マリアはつい先頃自分を見詰めたレクティファールと同じ表情を浮かべた。
「何か違うんじゃないかしら、これ」
なお、レクティファールは同じ料理を気に入ったらしかった。
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