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第四章:万世流転編
第十四話「紅賛歌」 その三
しおりを挟む「龍族って怖い」
レクティファールは後宮医務局から提出された報告書を一通り読み、そう呟いた。
同席していたマリカーシェルが咳払いをすると、レクティファールは慌てて報告書を携えてきた軍医侍女大佐に報告書を返した。
「報告は分かった。フェリエルとファリエルには?」
「昼の検診の際、お伝えしました。おふたりともご自分の体調についてはある程度予想しておられたようで、特に驚くこともなく」
ふたりの学生時代の後輩であるという大佐は、その丸みを帯びた獣の耳をぴくぴくと動かしながら答えた。小児科医を志していたはずなのに、いつの間にか医官として昇進し続け、何の因果か後宮の医療責任者のひとりになっていたという人物だ。
「おふたりの御母堂も双子でいらっしゃいますし、そちらから事前に聞いてらおられたのかもしれません」
「なるほど」
レクティファールは頷きつつ、密かに冷や汗を掻いていた。
そんな彼の内心に気付いているマリカーシェルは、部下の前でなければレクティファールに諫言のひとつでも述べていたことだろう。
彼女の主はフェリエルとファリエルを甘く見ていたのだ。
「では、私はこれで戻ります。離れの用意は一時間後には完了しますので、ご夕食はそちらでとのことです」
「うん、ありがとう」
レクティファールは引き攣りそうになる表情筋を抑え、大佐を見送った。
そしてその背中が扉の向こうに消えてマリカーシェルとふたりきりになると、がくりと項垂れた。
「これって退廃とか淫蕩とか言ってあとで色々言われたりしますかね」
「皇妃ふたりと離邸で一週間も過ごせば、それは仕方のないことです。真実ばかりが人々に受け入れられる訳でもありませんので」
どこか突き放すようなマリカーシェルの口調は、はっきりとレクティファールの肺腑に突き刺さった。レクティファールぐうと呻き声を上げ、机の天板を指で叩く。
「フレデリックがふたりを娶ることに頑なに反対した理由が分かった気がする」
「それは単に父親の我が儘でしょう。公爵閣下もここまでとはご存じなかったと思います」
マリカーシェルは先ほどまでの大佐との会話を思い出し、レクティファールの横顔を眺めて小さく嘆息した。
フェリエルとファリエルは現在、『花の季節』に伴う性衝動が同調、干渉し、相互に増幅し合っている状態にある。これは龍族の生態を研究してきた生物学者たちがほとんど想定していなかった事態だった。
一方が発情状態に入ればもう一方も同調して発情状態に入る。その際、相手の状態を基準にしてそれよりも強い発情状態に入ることで自らの血統を維持しようとする。
それが繰り返された結果、ふたりの状態は生命維持に支障を来さないぎりぎりの一線まで最適化されていた。
これが、後世においてフェリエルとファリエルが『龍族の出生率に真正面から喧嘩を売り、勝利した』と評されるほど多くの子どもを授かった理由である。
もっとも現実的な問題もあり、レクティファール以降に同じ状態を経験した者はひとりとして存在しなかった。だがそれ以前に、この状態は龍族の女性側が相手を認めていなければ決して発現することのなかった現象なのである。
「そうですか?」
「そうでしょう」
双子の行動が同調することは珍しくなく、レクティファールもそれについて改めて驚くことはない。
しかし、『花の季節』については成長に伴う生活の変化でその時期が変わることも珍しくなく、紅龍公妃のふたりもおよそ一ヶ月ほどその時期がずれている。
フレデリックもそれについては僥倖だったと述懐しており、今のレクティファール心底憎らしい。
「これまでほとんどずれていなかったところに、同時に〈騎従の契約〉を結び、同時に婚姻すれば、これも仕方のないことでしょう。おふたりは陛下を通して繋がっていることになりますし」
マリカーシェルはこのままレクティファールをいじけさせておくのは得策ではないと判断し、隣の給湯室に向かった。
彼女個人の嗜好であれば、レクティファールが駄目になっているのも悪くはないが、今後の予定もある、手早く回復させるしかない。
ここに居たのがウィリィアであれば、口では色々言いつつもレクティファールを甘やかしていたかもしれない。その点において、マリカーシェルはウィリィアよりも己の職務に忠実だった。
「どうぞ」
「ありがとう」
レクティファールはマリカーシェルが日々研究を重ねている混合茶葉で淹れた香茶を飲み、疲れきった吐息を吐き出した。
「美味いのが辛いです」
「ありがとうございます」
お茶が美味であれば美味であるほど、現実の厳しさがレクティファールを苛む。いっそこのままマリカーシェルと過ごしていられたらどれだけ良かったかと思ったが、それはそれで不味いことになりそうだと考え直した。
「ここ一週間ほど継続して両殿下の体内魔導波形の抽出をしてみましたが、陛下を媒介にして一日に何度か再同期を行っているようです。これを戦闘行動に応用できれば、おそらくおふたりは龍公爵四人のどなたに対しても、それなりに良い戦いができるでしょうね」
通常であれば、あのふたりが束になったところで四人の龍公爵ひとりに勝つことはできない。それほどまでに年齢という有利は覆し難いのだ。
しかし、今のふたりであれば、四公爵のうち誰を相手にしても勝ちの目は見える。
それどころかいずれかふたりを同時に相手取っても、勝利を拾うことが出来るのではないかと言われていた。
ちなみにそれを伝えられた本人たちは、「じゃあちょっと父と戦ってみようか」と少し乗り気だったという。フレデリックが知れば落ち込むかもしれない。
「完全同期した二頭の紅龍ですから、わたしたちもあまり戦いたくない相手ではありますね」
龍族という種族は、戦いにおいて連携というものをあまり考えない。それは保有する力が大きくなれば大きくなるほどその傾向が強く、四公爵の直系ともなれば、そもそも連携できる相手がいないということも珍しくないのだ。
しかし、フェリエルとファリエルは完全な連携ができる。レクティファールを間に置けば、その莫大な魔力の受け渡しさえ可能になるだろう。
儀式級魔法の使用さえできるかもしれない。
「しかしこの状況では同調もあまり良い物ではないかもしれませんね」
「そうでしょうか?」
マリカーシェルは首を傾げた。
彼女からしてみれば、フェリエルとファリエルの『花の季節』の同調と増幅にもそれなりの意味があるように思えた。
例えば――
「おふたりとも陛下に構って欲しかったのかもしれませんよ」
「はい?」
レクティファールは顔を上げ、微笑みを浮かべるマリカーシェルの顔をまじまじと見詰めた。
「陛下にとっておふたりは頼りになる存在でしょうけれど、そればかりでは疲れてしまいます。若い娘のように本能の趣くままに過ごしたいこともあるでしょう」
「なるほど……確かに」
医官ということもあって、フェリエルたちは後宮の皇妃の中でもレクティファールに近い立場にある。それは第一妃などのある種系統立てられた権威ではなく、純粋な皇妃間の力関係によるものだ。
年齢だけならオリガが最も年上だが、彼女はその容姿以上に感性に幼い部分がある。確かに年上らしく振る舞うことも多いが、基本的には誰にも捕らわれない猫のような気質の持ち主だった。
その点、フェリエルたちは責任感も経験も皇妃の中では群を抜いている。レクティファールにも無意識にふたりに頼っている面があったのも事実だ。
「頼られて嬉しいというのは偽らざる本心でしょうけれど、たまには……と考えるのは自然なことですよ、陛下」
「うむぅ、マリカーシェルも同じで?」
レクティファールは首を捻り、天井を仰ぎ、マリカーシェルに訊ねた。
マリカーシェルは曖昧な笑みを浮かべつつ、しかし明確な回答はしなかった。その代わり、密かに作っていた手製の菓子を小皿に入れて差し出す。
「陛下の思うところ、おふたりの考えるところ、そう大きな違いはないでしょう。陛下はおふたりのことを考えて行動なさればよろしいのです。それが間違っていれば、おふたりが正してくださいます」
美しき侍女長は、その点について何の疑いも抱いていなかった。
そしてレクティファールは、その侍女の長の見識に何の疑いも持っていなかった。
「分かりました。では家族会議ということで納得しましょう。そろそろいい時期だったのかもしれません」
レクティファールの物言いに、マリカーシェルは笑みを深めた。
家族と夫婦は同じようでいて全く異なる。
夫婦とは、良くも悪くも他人なのだ。そして他人であるからこそ、求め合う。
「納得していただけたようですので、次の執務を」
「ええ、分かりましたよ」
レクティファールが頷くと、マリカーシェルは次の面会予定者を執務室に通すよう襟元の通信機に告げた。
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