白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十四話「紅賛歌」 その一

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 その日領主としての執務が思ったよりも早く終わったフレデリックは、空軍の管制局に連絡を入れて自由気ままな空の散歩を楽しむことにした。
 安全確保のために空軍の管制を受けなければならない点は不満だったが、仕事に追われて城に押し込められていることに較べればどうということはない。
 彼は野生の飛竜を追い立ててみたり、街の上空を低い高度で飛んでみたりと様々な気晴らしに興じ、城に戻った。
 屋上にある発着場ではなく庭にある発着路に降りたのは、ついでに庭でも覗いてから戻ろうと思ったからだ。
 彼は自らの城にある庭園について全く興味を抱いていなかったが、そこに植えられた植物が季節ごとに見せる表情を楽しむことはあった。庭師が何人も働く光景を眺めつつ城に入れば、そこには執事が待っていた。
「お客様がお待ちです」
「客? 今日の来客はもう済んだ筈だろ」
 フレデリックは顔を顰めて執事を睨んだが、彼をよく知る執事はその表情の正体が予定にない仕事をさせられることへの子供じみた抵抗だと気付いていた。
 執事はフレデリックの抵抗に多少の同意は示したものの、件の来客を拒むことはできなかったと正直に告げた。
「私も急ぎの理由がなく、旦那様に関わりのない方であれば、日を改めてとお願いするのですが……」
「急ぎだってのか?」
「いえ、そのようなことはございません」
 フレデリックは、執事が来客についての情報を口にしたくないのだと気付いた。
 つまり、正式な来客であっても表沙汰にしたくないか、する必要がない相手ということになる。
「――何か嫌な予感がしてきたんだが」
「私にはとんと」
 嫌な予感に身を震わせるフレデリックに、執事が品の良い笑みを浮かべて頭を振る。
 その執事の態度を見て、フレデリックは本当に厄介なことになったのだと確信した。だが、逃げ出そうとする足を当主としての矜持で何とか押し止める。
「どこにいる」
「奥の応接間にお通ししました。先ほどまで奥様方とお話されていたようです」
「何?」
 応接間に向かいながら、フレデリックはふたりの妻が客人と何を話したのか、そもそもふたりが相手をしなくてはならないような相手なのかと訝しんだ。
 彼の妻は当主代行として時折来客の相手をすることがあるが、軍人、それも憲兵として生きてきた時間が長く、あまりその役目を好んでいない。
 そんなふたりが相手をしたというのだから、気になるのは当然だ。
「向こうがふたりを呼んだのか?」
「いえ、侍女が奥様たちにお知らせしたところ、自分たちが相手をすると仰せられまして」
「そうか、珍しいこともあるものだ」
 階段を上り、廊下に出て、つい先日張り替えたばかりの絨毯の上を歩く。
 ようやく目的の応接間が見えてきた頃、フレデリックは自分の背中に嫌な汗が噴き出していることに気付いた。
 本能がこれ以上進むことを拒否しているのだ。
(おおおおう、やべぇってこれ絶対)
 しかし、執事の手前それを面に出すことはできない。彼は自分を奮い立たせながら応接間の扉の前に立ち、執事が扉を開くのを待った。
 中で待つ来客に来訪を知らせるために呼び金を鳴らし、次いで扉を開ける。
 重々しい音を立てて開いた扉の向こうに、フレデリックは会いたくなかった男の姿を見た。
「あ、どうも」
 レクティファールだ。
 奥方衆に押し付けられたらしいフェリエルとファリエルの幼少期の写真を眺めていたらしいが、フレデリックの姿を認めると片手を上げて挨拶してきた。
「それでは、私はしばし下がっております。何か御用がありましたらお呼び下さい」
 執事が一礼して部屋を出ると、フレデリックはレクティファール以外に誰かいないのかと部屋を見回した。
 だが、誰もいない。
 応接室にいるのはレクティファール唯一人だ。
「――――」
 フレデリックはそれを確認した瞬間、決意した。
 その決意に矜持など欠片も含まれていなかった。
 彼はその場で跪き、言った。
「帰って下さいお願いします」
 紅龍公フレデリック、人生初の心の底からの土下座だった。

                            ◇ ◇ ◇

「嫌です」
「そこを何とか」
「私、まだ何も言ってませんけど」
「娘どもがいない状況で! お前が! 何を言ったところで! 俺には碌な未来がねえんだよ! 今までの俺の苦労を知らねえとは言わせねえぞ!? ああん!?」
 フレデリックは立ち上がり、レクティファールに詰め寄った。
「おう、今度は何やらかした? フェリエルとファリエル間違えたか? あいつらの後輩にでも手を出したか? それとも俺の知り合いに粉かけたか? 体重でも訊いたか? しょうもない夜戯でも強要した……これは違うな。おう、さっさと白状しろそして帰って下さい割と本気で」
「いえ、最近はおとなしーくしてますよ、ええ」
「お前の大人しいってのは世間一般でのやんちゃ状態なんだよ」
「でもフレデリックの大人しい状態と同じくらいですよ」
「だから世間一般でのやんちゃ状態だっつってんだよ!!」
 かつてやんちゃの限りを尽くした男の魂の叫びだった。
 やんちゃしすぎた結果、憲兵だった奥方に目を付けられて一生涯をかけた矯正作業に突入したのだ。
「女じゃねえな。なんだ、仕事であいつらの誕生日すっぽかしたか」
「すっぽかしたのは今のところメリアだけですが」
「そこは胸を張ることじゃねえ」
 フレデリックはレクティファールの向かいの席に座り、激しく鼓動を打つ心臓を落ち着けた。あまり暴れると奥方が飛んできて『矯正』されてしまうのである。
「じゃあ何だ、リーデ……様が懐妊したから嫁でも増やすのか? 紹介しろっつーなら十人でも二十人でも出来るけどよ」
「とりあえずその予定はありませんよ。私も死んだ烏賊のような目で後宮の壁を修繕する騎士を見るのは心苦しい」
「あー、何か最近、施設担当騎士の壁の塗りが上手くなったとか聞いてるわ。対龍防御区画で喧嘩しろよお前ら」
 などと全域対龍防御区画の城の主が言う。
 レクティファールはフレデリックに呆れを含んだ視線を向けつつも、本題を切り出すべく姿勢を正した。
 そして、重々しく口を開き、告げた。
「フェリエルとファリエルの『花の季節』が近付いてきてるんですが……」
「――あ」
 フレデリックはぽかんとした間抜け面を一瞬晒し、続いて指折り数えて唸り始めた。彼も娘の花の季節ぐらいは把握している。ただ彼の娘は、相手がいない場合はそれほど目立った違いが見られないという種類の龍族であったため、すっかりその時期を忘れていたのだ。
「おい、ヤバいじゃねえか」
「だから来たんでしょう!? 普通は公爵家の当主か、その奥方から話を聞けるって言うのに、フレデリックから全く音沙汰がない。なのに最近ちょっとふたりの落ち着きがなくなってきてそろそろ本当に不味いんですよ」
「だからってお前、というか他の嫁は?」
「オリガは本人から、フェリスはマリアから、メリアは……何か常時らしいってフェリエルから聞いてますが」
「常時って何それもの凄く怖いんだけど」
 フレデリックは心底恐ろしいと言わんばかりの表情を浮かべた。
「新婚の龍族にたまにあるらしいですよ。ええ」
 龍族の発情期はあくまでも自己暗示の一種である。
 出生率の低い彼らにとり、自らに『子どもが出来やすくなる時期がある』と思い込ませることで発情期を作り出すことは、種の存続を図る上で欠かせない方法のひとつだ。
 精神状態が身体状態に強い影響を与える龍族ならではの方法かもしれない。そしてメリエラの場合は、自己暗示によってその時期を常に作り出しているということだ。
 これがリリシアとウィリィアへの対抗心からのものでないことをレクティファールは本心から願うばかりだった。
「まあ、そっちはいい。あのふたりの場合か……」
 フレデリックは腕を組んで唸り始めた。
 レクティファールと同じように双子を妻に持つ彼であるが、結婚の時期はずれていた。そのために『花の季節』にずれが生じており、まだ何とかなった。
 だが、彼の娘たちは違う。『花の季節』がほぼ完全に重なっている。
「〈皇剣〉に感謝の祈りを捧げて生命賛歌とかどうよ」
「今の言葉そのまま奥様にお伝えするので」
「やめてお願い!」
 フレデリックの悲鳴が響き、続いて怒鳴り合う声が応接室を飛び交った。
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