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第四章:万世流転編
第十二話「白砂の城」 その四
しおりを挟む〈新生アルマダ帝国〉帝都の夏は短い。
一年四八月のうち、ほんの二ヶ月ほどしかない。
その二ヶ月も、最高気温が二十五度を辛うじて超える程度で、夜になれば十度以下に落ち込むこともある。その分、冬は長く過酷であり、こうした環境が帝国の人々に南の地への憧憬を抱かせるのかもしれない。
「だからといって、考えなしに手を伸ばして良いものでもないがな」
グロリエは帝都の片隅にある自らの邸宅の庭で、寝椅子に身体を預けて甥と姪から届いた手紙を読みながら呟いた。
傍らの卓には酒精の入った紅茶と、手紙と一緒に届けられた小さな白砂の城、そして青い石の首飾りがある。城の模型はマティリエが浜で作った砂の城をそのまま縮小複製し、砂を錬金術で押し固めた品。
首飾りはマイセルが夏期休業の間に友人と一緒に訪れた南洋諸島の土産として贈ったものだった。
「焦がれるだけならば良いが、それを欲すれば他者とぶつかる。そしていつの間にか、焦がれは憎しみとなり、衝突こそ目的であると錯覚する。――兄姉どもよりも、この子らの方がよほど道理を弁えているかもしれんな」
グロリエは苦笑し、二人からの手紙を丁寧に折り、封筒に入れた。その封筒の上に手を置き、帝都の現状を思って瞑目する。
帝都は今、僅かずつ身動ぎを始めていた。
その発端となったのは、一ヶ月前の帝王クセルクセス十世の不例だ。
今はもう回復して政務も執り行っているが、不例の報が帝族たちに知らされた際には、グロリエを除いた三人の皇子と皇女の間に軋みが生じた。
その軋みは今も解消されることなく、彼らは自らの父の命がそう長くないことを確信し、自らの権力を拡大するべく各方面への働きかけを強めていた。
グロリエはその中にあって、唯一人目立った動きを見せていない。
唯一、長兄ディトリアを父の見舞いと称して帝都に招いたことがあったが、それも言葉以上の意味を持つ行動ではなかった。
「兄上ならば、一度帝都を眺めればおおよその未来は見えるであろうが、その答えがこの手紙か……」
グロリエには長兄の意図が分かっていた。
万が一の際には、自分ではなく甥や姪を頼るようにと言いたいのだろう。
ディトリアは三人の帝王候補にもっとも警戒されている。自ら動けば余計な波が立つと考えても不思議ではない。
それに、グロリエが兄姉と対峙するならば、人質として皇国に送られたマイセルとマティリエの方がよほど有用なのだ。ふたりの背後には、すでに帝宮で「帝国最大の敵」と呼ばれている男がいる。
「地方でこそこそと独立派を援助し、我国と敵対する国家を一纏めに影響下に収めようとする。おいレクティファール、楽しそうじゃないか」
グロリエは口の端を持ち上げ、適度な厚みを持つ唇を笑みの形に歪めた。
「余もその遊戯に混ざりたいが、なかなか世の中というのは上手くいかんな」
彼女の持つ軍権は、今も縮小され続けている。
かつては一個軍団を指揮下に置いたグロリエが、今自らの意思で動かせるのはたった一個聯隊に過ぎない。それも、あえて若兵と老兵ばかりを集めた訓練聯隊だ。
祖母の軍歴を支えた老将と老兵。グロリエの明日を担う将兵として選ばれた若き士官と兵たち。最低限度をさらに割り込むような寡兵だが、グロリエが帝都にある限りはそれ以上の兵力は必要ないと考えられていた。
仮にグロリエが多くの兵を必要とするときが来るとするなら――
「――余が死ぬか貴様が死ぬかの瀬戸際、多少の兵の多寡など意味があるまい」
グロリエは瞼の裏に浮かぶ白髪の青年に笑いかけた。
「貴様は何を見ている? 戦場か? 国か? それとも世界か?」
かつてはその力に惹かれ、好敵手として見ていた。
だがいつの間にか、その好敵手はグロリエを見ることが少なくなった。その行動を見れば、今も抱く戦意は一方的な片想いなのだろうと思う。
「あと十年ばかり早く生まれたかったなぁ」
もしそうだったなら、グロリエはその総てを賭して帝王を目指していただろう。帝王となれば何ひとつ憂うことなくレクティファールと雌雄を決することができるのだ。
しかし、今の彼女には帝王を目指そうという意志はない。至尊の座を占めることができたとしても、その間にレクティファールはより大きな存在となって彼女を置き去りにする。
グロリエには自負心がある。
それは決して敵を侮らず、敵に侮られないというものだ。
後世に残るグロリエという人物の評価通り、彼女は何処までも武人だった。そのために、彼女は唯一恋い焦がれた敵手を失おうとしている。
「まあ、良い」
グロリエは椅子から身体を起こし、煌々と輝く太陽を見上げた。
人々はグロリエを太陽の申し子だと言う。その煌めく金の髪、意志の光を湛える瞳がそう呼ばせる。
地上を照らし、人々に実りを与える太陽。
同時に、地上を遮る雲や田畑を押し流す濁流も太陽によって生み出される。
太陽とは、希望であると同時に絶望の象徴でもあるのだ。
「せいぜい、上手くやるが良い。余は余のままで貴様との戦いを待つとしよう」
その言葉通り、彼女は彼女のままで動乱の時代に身を投じていくことになる。
それが幸福であったかどうか、このときの彼女が知る術はない。
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