白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十二話「白砂の城」 その三

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 白い砂浜で膝を抱える皇王の図。
 レクティファールはそんな絶対に外部に漏らすことのできない姿で呆けていた。
 オリガ投げの人数が増え、さらに水球がそこに加わったため、湖では女性陣が黄色い声を挙げながら楽しそうにはしゃいでいる。
 故に、湖に入るには少し勇気がいる。
「休暇なんてこんなものでしょうけどね。ええ」
 背後の四阿ではいつの間にか湖から上がったマリアによる母親講義が臨時開催されており、いつの間にか妃たちの半数以上がそちらに移動していた。リーデがマリアに出産育児に関するあれやこれやを相談したのがきっかけだ。
 砂まみれになって取っ組み合いをしていたリリシアとメリエラが最前列に陣取っている辺りは、レクティファールにとっては驚くようなことではない。いつものことであるからだ。
 ただそこにアナスターシャが混ざっていることには疑問がある。単に自分の知らないことを知識として吸収したいがためなのだろうが、いつもの彼女であれば自分で調べることを選ぶような気がした。
「――まあ、気にしても仕方のないことで」
 レクティファールはそう嘆息し、続いていつの間にか砂山が砂の皇都と化したウィリィアとマティリエの力作を眺める。
 ウィリィアの同僚で、凝り性の乙女騎士が三人ほど合流しているからそのせいだろう。彼女たちは魔力の触手を指先から出して、細々とした砂の彫刻を行っている。
「あれも休暇の使い方ですか、そうですか」
 マティリエが山を作り、ウィリィアがそれを整え、騎士たちが仕上げる。そんな分業を行っている様をレクティファールが見詰めていると、ウィリィアがその視線に気付いた。
「あ」
 と、レクティファールが間の抜けた声を発すると、ウィリィアは顔を真っ赤に染めて横移動し、砂山の影に隠れた。
 布の総面積が片掌の総面積と変わらないという水着は、ウィリィアの行動を著しく制限したようだ。
「作った本人が着れないようなものを何故姉さんは着るのか」
 実はその水着の寸法がウィリィアに合わせて作られていたことは、レクティファールも知らないことだった。彼女のくじ運は恐ろしく悪い。
「陛下ぁ! こっちに来ません――もがぁ!」
 ウィリィアの隣にいる乙女騎士が、レクティファールを呼ぼうとしてウィリィアに阻止される。絶対無理だから、と叫ぶウィリィアに、レクティファールは少し落ち込んだ。
 全力で拒否されてしまったのだから仕方がない、と湖に視線を戻す。
 すると、目の前を犬掻きのリリスフィールが通過していった。
 その横をかなりの速度でハイドリシアが追い抜いていき、少し進んだ先で停止、リリスフィールを振り返った。その表情には以前のような張り詰めた敵意は感じられないが、どこかリリスフィールを嘲弄するような色合いがあった。
 レクティファールが最近悩んでいるハイドリシアの排他的行動のひとつだ。候補生として騎士団に所属し、同僚たちとは上手くやっているというが、一部の相手に対しては敵愾心を見せる。
 特にレクティファール個人に従っているリリスフィールとエリザベーティアに対してはその傾向が強かった。しかし、エリザベーティアに関しては完膚なきまでに叩きのめされた結果、ある程度は穏やかな対応をするようになったと聞いていた。
 それでも、リリスフィールに対しては常にあのような態度である。もはや他人には理解できない感情が両者の間に存在するのではないかとレクティファールは思い始めていた。
「――――」
 リリスフィールが無言で笑みを浮かべ、犬掻きの速度を上げる。勿論伏泳のハイドリシアの方が速いのだが、水流を制御するリリスフィールも負けてはいない。
 ふたりはそのまま湖を突き進み、やがて沖合の島影に入り込んで姿が見えなくなった。しばらくして島の向こうで爆発が起きたが、レクティファールは気にしないことにした。
「あー、平和だ」
 膝を抱えたまま、レクティファールは呟いた。
 そういうことにした。

                            ◇ ◇ ◇

 ぽつんと砂浜の片隅に座っているレクティファールは、マリカーシェルの位置からはよく見えた。
 彼女は砂浜の奥まったところにある洞窟――後宮からこの砂浜までを結ぶ地下鉄路の入り口で、任務としてこの砂浜にいる部下たちに指示を出していた。
 自然の洞窟のように見えるそれは、ほんの少し進むだけで認証された人物を地下駅に転移させる。認証されていない者は人工的に作られた洞窟を進むことになり、そのまま出口を封鎖されて捕らえられてしまう。
 その出口の前には野外幕舎が建てられており、周辺の警戒網の情報が一目で確認できる大型の投影機も持ち込まれていた。
「マリカーシェル、そんなに気になるなら直接聞けばいいんじゃない?」
 その大型投影機とレクティファールの間で視線を何度も行き来させているマリカーシェルに、からかうような声が掛けられる。
 近衛軍の水装の中で一番過激と言われる十二号水装を纏い、長い足と腕を薄絹の長靴下と長手袋で隠したルミネアールだ。
 日差しを避けるためとは言っているものの、それは完全に夢魔族が無意識に行う異性への誇示の一環だった。
「陛下ご自身がああしているのです。別に……」
「『わなみ』にはそうは見えないよ? まるで初めて男と遊びに出かけた女学生のよう」
 ケラケラと笑うルミネアールだが、マリカーシェルは肩を竦めるだけで腹を立てた様子も見せない。ただ、その腰の剣に一瞬指先を触れるだけだ。
「――ふぅん」
 ルミネアールはその仕草を見て訳知り顔で頷くと、日傘を差して浜辺へと歩き出した。そのままレクティファールの下まで真っ直ぐに歩いて行くと、その手を引いて湖に向かう。
 マリカーシェルはその様子をじっと眺めていたが、部下が近付いてくる気配を感じて投影機の映像に視線を戻した。
「旅団長、後宮の第八中隊から明日の予定について確認したいことがあると」
「分かった。通信を繋ぐように」
「はい」
 通信機を耳に当て、マリカーシェルは再びレクティファールとルミネアールのいた場所に目を向ける。
 そこにはレクティファールが飛んできたオリガを受け止めきれず、盛大な水飛沫と共に湖に沈んでいく光景があった。
 マリカーシェルはその光景に深々と溜息を吐き、通信機の向こうから聞こえてくる部下の声に耳を傾けた。
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