白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第五話「交わる戦意」 その一

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 甲高い飛翔音と共に、幾つもの光弾が敵の軍勢目がけて降り注ぐ。
 だが、敵も一方的に撃たれるばかりではなく、砲のような器官を背に持つ大蜥蜴や、触手の先に花弁のような器官を持ち、そこから光線を放つ個体が皇国軍の防衛陣地に向けて応射する。
 両陣営の間では様々な色の光帯や光弾、光を伴わない実砲弾が飛び交い、双方に僅かながら被害を与えている。
 もちろん、両軍の頭上にはそれぞれ別種のものではあるが、防御障壁や迎撃手段が展開されている。
 皇国側では、能動防御障壁によって弾かれるもの、対弾探測儀によって捕捉され、対砲光軸砲によって撃墜されるものがあり、敵側では同じように防御障壁によって弾き散らされるもの、黒い影のような触手に絡め取られて消え失せるものがあった。
 兵たちは頭上から降り注ぐ何で出来ているか分からない砲弾の破片が、こつこつと鉄兜に当たる音を聞きながら、じっと敵勢を見据えている。
 双方の距離はこの時点で五〇〇メイテルを割っていたが、皇国側は積極的な迎撃行動を取らなかった。
 砲と魔法を撃ち込み、相手の動きを少しでも押さえ込む。すでに朝日が敵の姿を照らし出し、その醜悪な姿に眉を顰める者も少なくなかったが、勝てない戦いではないと誰もが理解していた。
 敵は確かに大きな力を持っている。
 総数はこの時点で十二万にも膨れ上がり、今もなおその数字は増え続けている。
 これは敵が増殖しているのではなく、皇国軍の観測によって推定数から確定数へと入れ替わっているためだ。
 敵の中には巨大な身体に多数の小個体を寄生させている個体もあり、結局のところは推定数であり続けるだろう。
 それを迎え撃つ皇国軍は、陸軍は西方総軍と北方総軍から抽出された総計二個軍五二〇〇〇。
 空軍は西方と北方、そして中央航空総軍からの派遣で、戦略射爆撃を主任務とする航空艦隊を含めて合計一個航空軍。
 海軍は最精鋭の海軍陸戦師団が丸々ひとつ派遣した上、第二艦隊、第六艦隊、第八艦隊に所属する河川・湖上艦が戦隊単位で派遣されている。また、第八艦隊に至っては、二隻の中型戦龍母艦を皇国の誇る三つの大運河の一、ミステル大運河から遡上させた。
 そして近衛軍は空軍と近衛空軍の輸送騎を用い、近衛陸軍の重装機動旅団を二個と、近衛空軍と近衛海軍の航空騎をそれぞれ二個航空隊派遣した。
 皇国がこの紛争に於いて派遣した総兵力は、この翌月に発表された官報にて合計六一〇〇〇としている。
 この数字が果たして多いと見るか少ないと見るかは各国で意見が分かれたが、観戦武官として参加した各国の武官たちは、戦後揃って「冗談じゃない」と漏らした。
 周辺国が皇国の混乱に乗じて何らかの行動を取る意思があったことは、様々な情報源により明らかになっているが、それが実を結んだことは、ひとつの例を除けば他にない。
 唯一の例外となったのは、大陸西域の国家〈マルドゥク王国〉のみで、この国の王は皇国に駐箚する大使からの一報を受けた直後、皇国の戦勝を確信して帝国陣営国との国境に展開している軍を派手に動かした。各種の報道機関まで動員して自分たちの動きを帝国に喧伝したのである。
 この動きにより中央政府が混乱した帝国は、紛争の間まともな軍事行動を取ることが出来なかったのである。
 そんな各国の思惑や行動は別にしても、前線の将兵たちに敗北の予感はなかった。
 敵の各個体に対する分析は、ほぼ完了していた。二〇〇人の生命を使った威力偵察は、皇国軍に限りなく勝利に近い条件をもたらした。
 強固な表皮に守られていると思われていた個体も、実際には特定の魔法や魔力弾に対しては脆弱性を有していたり、驚異的な回復力を持っている個体も、その修復にはある程度の時間を要すること、一定以上の損害は回復できないことが明らかになっている。
 また、敵側には満足な航空戦力も対空戦力もないことが明らかになっていた。
 敵の航空戦力といえば、翼を持った人型個体や翼竜、巨鳥の類いであったが、いずれも皇国の航空戦力の相手にはならなかった。
 地上からの対空攻撃も魔法や投弾が主であり、逆に空軍の将兵を驚かせた。だが、空の脅威への備えは、その世界の状況如何で大きく変わる。
 巨大な鋼の艦が浮かび、たった一発の攻撃で地形を変えるような龍や神が悠々と舞うこの世界の空の基準がどの程度のものか、誰にも分かりはしないのだ。
 しかし、皇国側はこの時点で、敵の戦力をほぼ正確に推測していた。
 ただひとつ、この軍勢を率いる存在を除いては。

                            ◇ ◇ ◇

 敵前衛との距離が三〇〇メイテルを割った時点で、皇国軍陣地からは敵に向けて猛烈な水平砲撃が加えられるようになった。
 同じように敵からも砲撃が与えられたが、それは皇国に較べて明らかに劣った威力しか持っていなかった。
 それは単純に射程距離の差であったが、敵はこれを皇国による大攻勢の兆しと見た。砲撃による援護を受けた兵士同士による肉弾戦。
 この一点に於いては、両軍共に同じ認識を有していた。
 そしてその肉弾戦は、兵士ばかりが行うものではない。

「巨人型が前に出てくるな」
 北方総軍からの援軍である女性指揮官がそう呟くと、背後に控えていた参謀が通信機を取り出す。機人族である目の前の女性の気質からして、命令より前に適当と思われる行動を始めると踏んでいた。
「閣下、我々の仕事ですか?」
「だろうな、旧式機だが殴り合いには向いている。準備をさせる」
 女性指揮官は通信機を受け取ると、麾下の部隊に対し、所属する全機の起立準備を命じる。しかしその直後、司令部から改めて合戦準備の命令が届いた。
 彼女は思ったよりも早い司令部からの命令に満足しつつ、続けて命令を下した。
「パラティオン混成機兵大隊全機、立てろ」
 彼女の背後で輸送車に寝かされたまま、保護用の迷彩覆布を被っていた四四機の自動人形が輸送車の起立装置によって次々と起立姿勢に転じていく。
 覆布の固定金具が遠隔操作で外され、雪上迷彩を施された無骨な自動人形たちが姿を見せた。
 彼女たちは北方総軍パラティオン要塞防衛軍に属する自動人形部隊だった。
 西方総軍の自動人形部隊との合同演習のためにこの地に駐留しており、そのまま統合防衛軍の指揮下に入った。
 纏まった自動人形戦力としては、統合軍の中で二番目に大きい。
「こちら臨時大隊指揮官のバーバンティだ」
 女性指揮官――イレスティア・バーバンティ機兵准将が、背後を振り返り通信機に向かって告げる。
 彼女の前には総勢四四機の自動人形が屹立し、自分たちと同じようにヒトによって作られた指揮官を見詰めている。
「敵が巨人型を前面に押し出し、こちらとの格闘戦を企図している。我々は味方からの支援を受けつつ、敵との真正面からの殴り合いを行わなければならない。しかし、それが我々の仕事だ」
 イレスティアは自宅で待つ、帝国出身の同胞たちの顔を思い浮かべる。
 先の帝国戦の折、現皇王によって救い出され、彼女の下に預けられた家族。
 ようやくヒトとして生き始めた大切な家族。
 それを守るためにその皇王から預けられた力が、彼女の前にある。
「我々ほど実戦経験のある部隊はそうそういない。くれぐれも他の軍の連中に恥を晒さないよう留意せよ。そうすれば、我らは勝つ」
 同僚たちには機人族とは思えないほど感情豊かと言われるイレスティアだが、それはあくまでも平時のことである。
 今の彼女は創られた祖先が造物主にかくあるべしと望まれた、冷徹な指揮官そのものであった。
 彼女は部隊を一度睥睨し、そのまま大隊指揮車輌に向かって歩き出す。ちょうどそのとき、軍司令部からの命令が届いた。
〈自動人形部隊、第一陣、前進せよ〉
 下された命令に従い、各防衛線から鋼の巨人たちが姿を見せる。
 いずれも意思なき人形であったが、何処か戦意に満ちているように見えた。
 イレスティアもまた、大隊指揮車に乗り込むと静かに命じた。
「前進」
 参謀職から司令職へと転じて初めての実戦。
 しかしイレスティアに怯えも躊躇いもない。
 彼女を今の地位に押し上げたのは、ある男に対する強い意志だ。
「陛下と轡を並べた栄誉、飾りではないと知らしめろ」
 幕僚はその言葉を聞きながら、ヒト型の機械からヒトへとイレスティアを変えた最大要因を思い出していた。
 イレスティアの元同僚の砲兵参謀の言葉をそのまま流用するならば――『やっぱり愛だろ、愛』である。
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