白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第四話「誰がための戦い」 その五

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 〇四式大型陸上装甲指揮車の中央指揮所に入ったルフトシェーラを、幕僚たちが敬礼と共に険しい表情を浮かべたまま出迎える。
 答礼を返し、専用に誂えた司令席に深々と腰を下ろしたルフトシェーラは、従兵の差し出した灰皿に葉巻を置いた。
「情報を出せ」
 ルフトシェーラの命令に従い、指揮所の三面に座った九人の情報統制官がそれぞれ担当する各情報が、指揮所の中空に投影される。
 幕僚たちは指揮所中央の大指揮卓の周囲に座り、上座のルフトシェーラを一瞥し、指揮卓の天板に浮かび上がった戦況図に次々と新たな情報を加えていく。
 すでに分析が終わった戦況情報に、ルフトシェーラが必要とすると思われる情報を加えていくのは、幕僚たちの最初の大仕事であった。
 装備、被害、指揮官の名前が記された各部隊の情報の下に、戦闘開始時刻と残余弾薬量。そして通信符丁が加わり、その情報は部隊からの自動・口頭報告に伴い刻一刻と変化する。
 その情報の変化はこれまでの戦闘より早く、ルフトシェーラはつい先頃戦闘領域上空に入った統合戦術管制騎が十全に性能を発揮していることを確信した。
 各部隊からの情報を一括して受け取り、それを統合して指揮車に送る。重複する無駄な情報を省き、通信が不安定になる戦場でも正確な指揮を可能とするこの騎体は、他国と較べて兵力の限られた皇国陸軍が、その限られた戦力を無駄なく運用するために投入したものだ。
 ただ、恐ろしく高価なのも事実で、他国よりも予算の潤沢な皇国陸軍でも、僅か四騎しか配備されていない。陸軍航空隊で最も高価な装備だ。
「敵前衛と接触した四四偵より、敵の詳細情報が来ます」
 自動人形による威力偵察を主任務とする第四四強襲偵察中隊が敵前衛を補足し、その情報が戦況図に追加され、さらに光学映像が指揮所の正面に映し出される。
 小高い丘の上からの映像は、敵の軍勢の様子を良く捉えていた。上空からの映像もあるが、この視点では敵の一体一体を見て取ることができる分、その脅威はより強く感じられた。
「おお……」
「なんと醜悪な。まるで若い連中が見るような創作物の怪物ではないか」
「しかし、多い」
 荒れた地面を揺らし、または進行方向にある森を潰しながら突き進む敵の集団。
 先の基地防衛戦ではあまり姿がなかった二足歩行の巨人型個体が、かなりの数を確認できた。基地ひとつと引き替えに相手に強いた停滞が、敵にもそれなりの戦術変化を与えたのかもしれない。
 巨人型も複数の形態があり、両手が棍棒のように太く逞しい個体から、全体的に細くひ弱な印象を受ける個体。単眼で、ぐずぐずの糜爛状の表皮を持つ個体などもいる。
 他にも背に砲を背負ったような陸亀型。猿のように素早い動きで軍勢の中を動き回る猿獣型。上空を飛び回る飛竜型、飛行虫型もいた。
「よくもまあ、あれだけの数を送り込んだもんだ」
 ルフトシェーラは腰嚢から引き抜いた指揮棒で肩を叩きながら、敵の姿を眺めて嘲笑を浮かべた。
 彼女の中では、すでに敵は駆除すべき害獣という扱いになっている。
 あれは戦争をするべき知性体ではなく、単なる害獣に過ぎない。ルフトシェーラの思考を読み取ることのできない幕僚たちには、その笑みが恐ろしい悪魔のそれに見えた。
 実際、ルフトシェーラの陸軍での評価と言えば、北の勇将ガラハ・ド・ラグダナでさえ顔を合わせるのを嫌がる猛将である。
 しかも、的確に勝利のための状況を作り上げてから全力で殴りかかる種類の猛将である。下準備は陰惨に、戦闘は猛烈に、ルフトシェーラはそういった将であった。
 ただ、兵站に関する認識が甘く、それが彼女の昇進を遅れさせている。今回の戦いはその兵站に関して総軍司令部が幕僚を派遣し、補う形となっていた。
「野砲陣地はどうなっている?」
 ルフトシェーラの問いに、砲術参謀が手元の戦況図を操作して各部隊の現状を表示する。いくつかの陣地では、すでに砲撃準備を整えた砲兵連隊が命令を待っていた。
「よろしい、では第六魔導砲連隊と第九〇砲兵連隊に観測射撃を命じる。敵の防御の限界を知らねば話にならん」
 敵の軍勢が巨大な防御障壁の傘を持っていることは、これまでの空軍による射爆撃の結果分かっている。
 その範囲は広く、敵軍勢のほぼ総てを覆っていると言って良い。空軍の爆撃も、その効果範囲から溢れ出た集団を中心に行われていた。
 数少ない例外は、力のある龍族による射爆で、これは威力を減衰されつつも防御障壁を突破することができていた。
 ルフトシェーラとしては、この敵防御障壁をなんとしても無力化したかった。
 正面からぶつかり合うことは彼女自身にとって好みの戦い方であったが、それはあくまでも彼女個人の嗜好でしかない。軍勢を率いる立場としては、可能な限り自軍の被害を小さく、相手に大きな損害を与えることが絶対条件となる。
 魔法と実弾。この二種類の砲撃を加え、敵防御障壁に関する情報を得る。それが彼女の目的であった。
「四四偵には敵防御障壁に関する情報を重点的に収集させるよう」
「はッ」
 統制官のひとりが命令を各部隊に伝達していく、戦況図にある指名されたふたつの部隊を示す記号が、『待機』の黄色から『交戦』の赤色へと変化した。
「目標については砲術に任せる」
「了解しました。――六魔砲連一中、目標座標三―九―三。弾種徹甲。試射の後、効力射二」
 砲術参謀の言葉通りに統制官が命令を伝達する。
 続いて第九〇砲兵連隊にも砲撃準備命令が下り、両部隊による砲撃が開始された。
「これでダメなら、海軍にでも出張って貰うしかないな」
 ルフトシェーラの目は、空中に投影された広域戦況図の片隅にある、あまり見慣れない部隊記号に向けられていた。
 遙か後方の河川上に浮かぶその部隊名は、皇国海軍第八艦隊第一砲爆戦隊とあった。

                            ◇ ◇ ◇

 皇国海軍砲爆戦隊、それは皇国海軍の中でも特殊な位置にある部隊だった。
 用いる艦艇は重砲艦。
 河川にも進入できるよう浅い喫水を持つこの艦は、一五〇メイテル程度の巡洋艦ほど長さしかない艦体に、戦艦級の主砲を持っていた。
 当初は沿岸警備のために開発されたこの艦種は、近年ではその役目を陸上砲撃部隊に譲りつつある。
 かつては陸上砲の何倍にも達する有効射程距離によって、上陸支援や河川国境を睨む移動砲台としての役割を担っていたが、火砲の高性能化によって重砲艦の役割は陸上砲に取って代わられ、上陸支援にしても航空戦力や揚陸艦主砲の高性能化にその役目を追われてしまった。
 未だ以て皇国重砲艦の砲戦射程距離は陸軍に配備されている如何なる砲よりも優越していたが、逆に言えばそれしか長所といえる長所はない。
 現在では、その数を維持する程度の研究開発と調達しか行われることはなく、そう遠くない未来に消え去る艦だと言われていた。
 だからこそ、彼らはこうして降って湧いた状況に、半ば困惑していた。
「――統合司令部より砲撃準備命令。物・魔。弾種徹甲。現在諸元計算中」
 第一砲爆戦隊旗艦〈ブリッツドーン〉。司令としてこの艦に赴任して以来、演習以外では全くといって良いほどその存在を感じさせなかった海軍大佐ミルトリ・バーデンは、部下たちの期待の眼差しを居心地悪そうに受け止めて戦闘指揮室の司令席に座っていた。
 艦長たるディアーツ中佐は艦橋に残っており、この場に派遣された副長バチスタ大尉は上官である戦隊司令の顔色が恐ろしく悪いことに頭を抱えたくなった。
 艦の有効射程に捉えた敵の軍勢はじりじりと味方防衛線に近付いていく。戦況図の隅に映し出された防衛陣地の様子はあまりにも遠く感じられたが、この艦がその主砲によって雷火を降らせれば、あの小さな表示枠の中にそれは映し出されるのだ。
 バチスタは自分の胃が軋むのを感じ、腹部を押さえた。
 左遷されたと思ったら、祖国防衛の要の一角を担わされていた。バチスタは歴代皇王の与えた望外の晴れ舞台に顔を引き攣らせた。
「司令」
 他の戦隊幕僚も、似たような表情を浮かべているのが印象的だった。
 彼らのいるこの艦は、海軍軍人でさえその存在を忘れそうになるほど、ちっぽけな戦力だ。
 遠洋航海も可能ではあるが、海上決戦など考慮していない設計。防御力こそ軽戦艦に匹敵するが、防御障壁を持つ陸上要塞に及ばない。
 あまりにも中途半端な性能の艦を操る兵士も、主力艦隊のそれと較べて二段ほど見劣りするのは間違いない。
 そしてそれは兵士だけではなく、将校も同じだ。
 バチスタは士官学校を下から二番目の成績で卒業し、十年の陸上勤務を経てこの戦隊へと配属された。
 卒業後すぐに主力艦隊に配属される選良たちとはまるで異なり、おそらくこのまま退役まで勤め上げても大佐止まりであろう。
 幕僚たちも似たり寄ったりの経歴である。
 例外は第一艦隊で艦隊幕僚を務めていた戦隊司令ミルトリだが、先の内乱の際に部下の兵站参謀見習いが支持貴族軍に物資を横流ししていた責任を負わされ、この戦隊に左遷されてしまった。
 本人は至って篤実平凡な秀才参謀だった分、戦隊の中では同情の対象となっていた。
「ああ、うん。仕方がないね」
 白髪交じりの口髭を弄びながら、ミルトリは手元の端末で情報を確認する。
 すでに砲火は両軍の間で交わされているが、双方共に防御障壁が機能しているため、これといった被害は出ていない。
「嫌な状況で命令が来たなぁ」
 ミルトリは艦の演算機が次々と吐き出す諸元に眉根を寄せ、制帽を何度も被り直しては唸った。
「――でも、もう被害は出てるし、僕も軍人だからね。やれと命令されたら全力でやるさ。君たちも頼むよ」
 ミルトリは幕僚たちを眺め、気弱な笑みを浮かべる。
 幕僚たちはその姿にこれといって感じ入っている様子はなかったが、命令、という単語には反応した。
「たぶん、重砲艦としては最後の大舞台になる。仮にこの艦種が生き残っても、こんな状況で戦うようなことはないだろう。そう考えれば、僕らはひとつの歴史の終わりに立ち会っていることになる」
 ミルトリの声は、まるで独り言のようだった。
「でも、この艦も、その姉や母たちも、この状況で戦えることを喜んでいるだろう。彼女たちの歴史がこの一戦のためにあったと言えるような、悔いのない戦いをしようじゃないか」
 鼓舞するような声ではない。
 だが、聞く者の思考を広げるような、そんな声だった。
「じゃあ、戦隊各艦に伝達。主砲諸元入力。旗艦及び二番艦は魔導徹甲。三番艦と四番艦は徹甲弾をそれぞれ装填」
「は、主砲諸元入力、本艦、二番は魔徹。三番。四番は徹甲を装填」
「主砲一番砲塔諸元入力。弾種魔導徹甲、ヨーソロ」
 砲術幕僚が復唱し、続いて艦の砲術長がそれを復唱する。
〈ブリッツドーン〉の砲塔が旋回し、艦艇部の重力制動術式が光を放つ。
 戦隊を構成する残り三隻の重砲艦も同じように戦場へ主砲を指向し、艦体を固定した。
「戦隊全艦砲撃準備よろし」
「うん」
 主席幕僚の報告に頷き、ミルトリは司令席前方に映し出された主砲塔の映像に目を細める。
 三六サンチ五〇口径複合砲。
 その性能は、重力制動なしで横方向に放てば、艦が一瞬で転覆するほどだ。
「――統合司令部より砲撃命令。諸元誤差修正まであと八秒」
「諸元修正後、旗艦と二番は命令を待たずに発射。三番と四番はその十秒後に砲撃を開始せよ」
 ミルトリの命令は瞬く間に戦隊に伝わり、了解の返答が各艦から戻ってくる。
「あと三、二……」
 制帽を深く被り直し、ミルトリはただ表示板が並ぶ指揮室の壁を見た。
 その壁の遙か先で、戦争が始まっている。
「――一、修正完了」
 艦橋にいる艦長が、砲撃命令を下す。
〈ブリッツドーン〉の主砲は、その小さな艦体に似合わぬ大きな砲煙を上げて太い魔素の奔流を放った。
 この戦隊もまた、戦争を始めたのだ。
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