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孫四郎と喜平次
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夜中、私は目が覚めた。
戦国時代の夜に電気などあるはずもなく、火も月明かりも無い場所は漆黒に包まれる。
私もはじめのうちは真っ暗な空間にビビってたけど、今はもう慣れたな。
……おっと、なんだか催してきた。こんな時間に目が覚めた理由はこれか……
取り敢えず、隣で寝ている妹達を起こさないように静かに……トイレ、もとい厠まで……
音を立てないように部屋から廊下に出て、そのまま厠へと向かう。
廊下からは所々に明かりが見える。今が何時かは分からないけど、こんな時間になってもまだ戦について話している人がたくさんいるんだろう。
戦か……この戦いの結末は、果たしてどうなるんだろう?
歴史書の隅っこにしか載っていない程度の戦いなのか、知名度が無いだけで織田や斎藤にとって大事な戦いなのか……この戦が終われば状況がどう変わるのか、何も分からないのが少し怖い。
……おっと、ようやく廊下の突き当たりにある厠が見えてきた。歩いている間に近くなってきたし、さっさと用を……
「うおっと?」
「きゃっ!?」
厠ばっかり見ていた私は、壁の影から出てきた人影に気づかずぶつかってしまった。
私はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまったが、そんなに体が硬いってことは男の人にぶつかったんだ。早く謝らないと……
「済まない。大丈夫か、帰蝶?」
……あれ、向こうから謝ってきてくれた。あぁ、私一応お姫様だから……いや、でも帰蝶って呼び捨てに……
「って、あなたは……孫四郎兄上?」
そうだ。この中性的なイケメンを見間違えるはずがない。
この人は私の同母兄、斎藤孫四郎龍重だ。
「……帰蝶、立てるか? 手を貸そう」
「……だ、大丈夫です。ご心配なく」
うん。尻餅をついただけだし、1人で問題無く立ち上がれる。
……ちょっとお尻は痛いけど。
「そうか、ケガがないならよかったよ。……だが、こんな時間まで夜更かししているのは感心しないな」
孫四郎兄さんは悪戯っぽく笑いながらそう言う。
本気で私を叱責しているわけではなく、私との会話の一環として夜更かしの理由を聞こうとしているのだろう。
「いやー、その……恥ずかしながら、ちょっと催して……」
「あぁ……それは済まない。早く済ませてくるといい」
「はい、では失礼致します」
「うん。おやすみ」
……ふぅ、スッキリした。
それにしても、孫四郎兄さんはカッコよくて性格も良さそうで……流石は小見さんの息子って感じだね。
はじめて顔を合わせて喋ったのに、もう本当の兄さんみたいに尊敬しちゃいそ……
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
もう、今度は私がぶつかられる番かい! 今度は誰がぶつかってきて……
「……チッ、誰かと思えば帰蝶か。邪魔臭い」
……うわぁ、悪人面の喜平次じゃないですか。
なんとなくこいつは兄さん呼びしたくないなぁ。
「……申し訳ありません、喜平次兄上。以後気をつけます」
でも、一応兄だから形だけでも敬わないとなぁ……現代なら思いっきり罵倒できるのに、この時代でそれやったら殺されかねないもん。
「フン、最後の最後まで気に障ることをする奴だ。
……まぁいい。お前の不愉快な顔を見るのもこれが最後だからな」
……最後って? それがどんな意味かを聞く前に、喜平次は私に背を向けて襖の奥へと姿を消した。
……いや、ちょっと待てよ喜平次。お前何気になることだけ言って消えるんだよ、最後ってなんだよ。
……いかん、喜平次へのイライラのせいで口調が荒くなった。
取り敢えず、こんなに気になることができたらもう眠れないじゃないか。
よし、ここは喜平次から情報を聞き出そう。
襖の向こうからは喜平次が誰かと話しているのがボソボソ聞こえてくる。
ここは夜の闇に紛れて、バレないように盗み聞きするんだ。
ワンチャン『最後』の意味も分かるかもだし、そうじゃなくてもこれで重要な情報を聞ければ、今後の役に立つかもしれない。
バレないように、慎重に……耳を寄せて、部屋の中から聞こえる声を拾うんだ。
「……此度の戦で大垣を失い、さらには土岐頼純様も美濃に帰還なされた。これでは父上の立場が危うくなりかねんが……」
……この声は孫四郎兄さんの声だ。喜平次はともかく、孫四郎兄さんの話を盗み聞きするのは罪悪感あるなぁ……
「なあに、父上には考えがあるのでしょう。我々が心配することではござらん」
「……そうだな。ところで喜平次よ、お前また兄上の悪評をあちこちに広めていたそうだな」
「ええ。何か問題でも?」
「……今回の戦、別に兄上に落ち度は無かっただろう。結果的に大垣は失ったが、兄上が負けたわけでは……」
「兄上、あの男は兄ではありません。この斎藤家の支配を揺るがしかねない、土岐家の仕込んだ埋伏の毒でございます」
「……しかし」
「斎藤家を守るためには、あの男を排斥して兄上が次期当主となるしかないのです。お家を守るためならば、我々はどんな犠牲も厭ってはいけないのです」
……聞かなきゃよかったかな、これ。
いくら戦国時代がそんな時代とはいっても、実の兄を毒だとか、排斥だとか……もう、斎藤家はその辺がドロドロしすぎなんだよ。
親子で殺しあったり、兄弟で憎しみあったり……乱世だからこそ、せめて身内同士だけでも仲良くできないのかな……
もう、こんな話聞きたくない。
うんざりした私がさっさとここから離れようとしたその時、襖の向こうから聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「人質同然で嫁入りする帰蝶も、お家のための犠牲と申すか?」
「父上のための駒となれたのなら、帰蝶も本望でしょう」
……え? 今なんて……もしかして、『嫁入り』
って言ったの?
戦国時代の夜に電気などあるはずもなく、火も月明かりも無い場所は漆黒に包まれる。
私もはじめのうちは真っ暗な空間にビビってたけど、今はもう慣れたな。
……おっと、なんだか催してきた。こんな時間に目が覚めた理由はこれか……
取り敢えず、隣で寝ている妹達を起こさないように静かに……トイレ、もとい厠まで……
音を立てないように部屋から廊下に出て、そのまま厠へと向かう。
廊下からは所々に明かりが見える。今が何時かは分からないけど、こんな時間になってもまだ戦について話している人がたくさんいるんだろう。
戦か……この戦いの結末は、果たしてどうなるんだろう?
歴史書の隅っこにしか載っていない程度の戦いなのか、知名度が無いだけで織田や斎藤にとって大事な戦いなのか……この戦が終われば状況がどう変わるのか、何も分からないのが少し怖い。
……おっと、ようやく廊下の突き当たりにある厠が見えてきた。歩いている間に近くなってきたし、さっさと用を……
「うおっと?」
「きゃっ!?」
厠ばっかり見ていた私は、壁の影から出てきた人影に気づかずぶつかってしまった。
私はぶつかった衝撃で尻餅をついてしまったが、そんなに体が硬いってことは男の人にぶつかったんだ。早く謝らないと……
「済まない。大丈夫か、帰蝶?」
……あれ、向こうから謝ってきてくれた。あぁ、私一応お姫様だから……いや、でも帰蝶って呼び捨てに……
「って、あなたは……孫四郎兄上?」
そうだ。この中性的なイケメンを見間違えるはずがない。
この人は私の同母兄、斎藤孫四郎龍重だ。
「……帰蝶、立てるか? 手を貸そう」
「……だ、大丈夫です。ご心配なく」
うん。尻餅をついただけだし、1人で問題無く立ち上がれる。
……ちょっとお尻は痛いけど。
「そうか、ケガがないならよかったよ。……だが、こんな時間まで夜更かししているのは感心しないな」
孫四郎兄さんは悪戯っぽく笑いながらそう言う。
本気で私を叱責しているわけではなく、私との会話の一環として夜更かしの理由を聞こうとしているのだろう。
「いやー、その……恥ずかしながら、ちょっと催して……」
「あぁ……それは済まない。早く済ませてくるといい」
「はい、では失礼致します」
「うん。おやすみ」
……ふぅ、スッキリした。
それにしても、孫四郎兄さんはカッコよくて性格も良さそうで……流石は小見さんの息子って感じだね。
はじめて顔を合わせて喋ったのに、もう本当の兄さんみたいに尊敬しちゃいそ……
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
もう、今度は私がぶつかられる番かい! 今度は誰がぶつかってきて……
「……チッ、誰かと思えば帰蝶か。邪魔臭い」
……うわぁ、悪人面の喜平次じゃないですか。
なんとなくこいつは兄さん呼びしたくないなぁ。
「……申し訳ありません、喜平次兄上。以後気をつけます」
でも、一応兄だから形だけでも敬わないとなぁ……現代なら思いっきり罵倒できるのに、この時代でそれやったら殺されかねないもん。
「フン、最後の最後まで気に障ることをする奴だ。
……まぁいい。お前の不愉快な顔を見るのもこれが最後だからな」
……最後って? それがどんな意味かを聞く前に、喜平次は私に背を向けて襖の奥へと姿を消した。
……いや、ちょっと待てよ喜平次。お前何気になることだけ言って消えるんだよ、最後ってなんだよ。
……いかん、喜平次へのイライラのせいで口調が荒くなった。
取り敢えず、こんなに気になることができたらもう眠れないじゃないか。
よし、ここは喜平次から情報を聞き出そう。
襖の向こうからは喜平次が誰かと話しているのがボソボソ聞こえてくる。
ここは夜の闇に紛れて、バレないように盗み聞きするんだ。
ワンチャン『最後』の意味も分かるかもだし、そうじゃなくてもこれで重要な情報を聞ければ、今後の役に立つかもしれない。
バレないように、慎重に……耳を寄せて、部屋の中から聞こえる声を拾うんだ。
「……此度の戦で大垣を失い、さらには土岐頼純様も美濃に帰還なされた。これでは父上の立場が危うくなりかねんが……」
……この声は孫四郎兄さんの声だ。喜平次はともかく、孫四郎兄さんの話を盗み聞きするのは罪悪感あるなぁ……
「なあに、父上には考えがあるのでしょう。我々が心配することではござらん」
「……そうだな。ところで喜平次よ、お前また兄上の悪評をあちこちに広めていたそうだな」
「ええ。何か問題でも?」
「……今回の戦、別に兄上に落ち度は無かっただろう。結果的に大垣は失ったが、兄上が負けたわけでは……」
「兄上、あの男は兄ではありません。この斎藤家の支配を揺るがしかねない、土岐家の仕込んだ埋伏の毒でございます」
「……しかし」
「斎藤家を守るためには、あの男を排斥して兄上が次期当主となるしかないのです。お家を守るためならば、我々はどんな犠牲も厭ってはいけないのです」
……聞かなきゃよかったかな、これ。
いくら戦国時代がそんな時代とはいっても、実の兄を毒だとか、排斥だとか……もう、斎藤家はその辺がドロドロしすぎなんだよ。
親子で殺しあったり、兄弟で憎しみあったり……乱世だからこそ、せめて身内同士だけでも仲良くできないのかな……
もう、こんな話聞きたくない。
うんざりした私がさっさとここから離れようとしたその時、襖の向こうから聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「人質同然で嫁入りする帰蝶も、お家のための犠牲と申すか?」
「父上のための駒となれたのなら、帰蝶も本望でしょう」
……え? 今なんて……もしかして、『嫁入り』
って言ったの?
応援ありがとうございます!
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