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三人称 無情な和睦
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大垣城。この城は美濃、尾張、近江の三国を結ぶ要衝に位置しており、斎藤、織田の両軍は長年この地を巡る攻防を繰り広げ続けていた。
「……ようやく、大垣の先が見えてきたな」
馬にまたがりながら大垣城を見つめるこの男の名は織田信秀。
あの織田信長の父親にして、尾張の虎と呼ばれた名将である。
「美濃の守護が尾張にやって来てから4年。ようやく大垣を抜いて稲葉山の城を見ることが出来そうだ」
「敵は奮戦していますが、こちらが押しているのには変わりありません。……懸念があるとすれば、思ったよりも攻城が長引いていることによる士気の低下ですかな」
信秀の右隣から冷静に状況を分析するのは、信秀が最も信頼する参謀でもある弟、織田信康である。
「敵の大将は利政の息子、利尚でしたか。父親に比べると愚鈍な印象がありましたが、意外とやるようですなぁ」
信秀の左隣からは、織田家随一の武勇を持つ信秀の弟、織田信光が声を上げた。
「だが、我らの勝利はもう変わりないだろう。大垣の戦はあくまで前哨戦に過ぎんのだ、さっさと落として稲葉山へ向かう……」
「と、殿!!! 大変です!!!」
その時、白髪混じりの髪をした壮年の家臣が早馬を駆けさせて信秀の元に飛んできた。
「平手か。お前がそれほど慌てるとは何があった?」
「あ、朝倉軍が……我らへの許可もなく、勝手に斎藤軍と和睦致しました……!」
「……何だと!?」
大垣城西、朝倉軍本陣にて……
「……和睦か、殿の取り決めならば、致し方あるまいな……」
朝倉軍の総大将を務めるこの老人の名は朝倉宗滴。
御年70歳にして未だ戦場で指揮をとる朝倉の軍神である。
「……宗滴様。織田からの使者として、平手五郎左衛門殿が参られました」
「通せ。言いたいことはよく分かっとるからの」
朝倉軍本陣を囲う帳が開かれると、その向こうから鬼の形相をした男が姿を見せた。
彼は平手政秀。織田信秀の重臣であり、他家との外交面においては全幅の信頼を寄せられていた。
「……朝倉殿、どういうおつもりか? 同盟軍である我らへの許可もないまま、単独で斎藤軍と和睦するなど……」
「この戦の目的を果たしたからです。それに、我らは単独で和睦したわけではありませぬよ」
「……単独ではない? ……土岐様か!」
「ええ。我らが保護している土岐頼純様は、美濃への帰還を条件に既に斎藤と和睦しております。これによって頼純様が新たな美濃守護となり……斎藤利政の娘が、頼純様に嫁ぐことになりました」
宗滴から和睦の内容を伝えられ、平手は呆然と立ち尽くしていた。
自分達の許可もなく和睦を結ばれた苛立ちもあるが、それ以上に水面下での出来事に全く気づけなかった自分への情けなさがあったからだ。
「……美濃の土岐頼芸様は、それで納得したのか? 守護の座は頼純様に明け渡すことになるのだろう?」
「さあ。そこは我々が知る由もない故に」
「……してやられたか……!」
「……お気持ちは察するが、我らにも事情があってね。北に加賀の一向一揆を抱えている以上、いつまでも美濃の争乱に付き合うわけにはいかんのですよ。
……我らはしばらく美濃とは関わらぬつもり故、同盟もこれにて手切れですな」
同盟相手である朝倉軍が退いたことにより、織田軍も戦を止めるほかなかった。
和睦の条件として大垣城を手に入れはしたが、その代償として織田軍はそれまでの勢いを完全に失うことになる。
この後、織田信秀は斎藤利政に合戦の主導権を握られ、少しずつその勢力を縮小させていくことになるのだが……それは、まだ先の話である。
「……ようやく、大垣の先が見えてきたな」
馬にまたがりながら大垣城を見つめるこの男の名は織田信秀。
あの織田信長の父親にして、尾張の虎と呼ばれた名将である。
「美濃の守護が尾張にやって来てから4年。ようやく大垣を抜いて稲葉山の城を見ることが出来そうだ」
「敵は奮戦していますが、こちらが押しているのには変わりありません。……懸念があるとすれば、思ったよりも攻城が長引いていることによる士気の低下ですかな」
信秀の右隣から冷静に状況を分析するのは、信秀が最も信頼する参謀でもある弟、織田信康である。
「敵の大将は利政の息子、利尚でしたか。父親に比べると愚鈍な印象がありましたが、意外とやるようですなぁ」
信秀の左隣からは、織田家随一の武勇を持つ信秀の弟、織田信光が声を上げた。
「だが、我らの勝利はもう変わりないだろう。大垣の戦はあくまで前哨戦に過ぎんのだ、さっさと落として稲葉山へ向かう……」
「と、殿!!! 大変です!!!」
その時、白髪混じりの髪をした壮年の家臣が早馬を駆けさせて信秀の元に飛んできた。
「平手か。お前がそれほど慌てるとは何があった?」
「あ、朝倉軍が……我らへの許可もなく、勝手に斎藤軍と和睦致しました……!」
「……何だと!?」
大垣城西、朝倉軍本陣にて……
「……和睦か、殿の取り決めならば、致し方あるまいな……」
朝倉軍の総大将を務めるこの老人の名は朝倉宗滴。
御年70歳にして未だ戦場で指揮をとる朝倉の軍神である。
「……宗滴様。織田からの使者として、平手五郎左衛門殿が参られました」
「通せ。言いたいことはよく分かっとるからの」
朝倉軍本陣を囲う帳が開かれると、その向こうから鬼の形相をした男が姿を見せた。
彼は平手政秀。織田信秀の重臣であり、他家との外交面においては全幅の信頼を寄せられていた。
「……朝倉殿、どういうおつもりか? 同盟軍である我らへの許可もないまま、単独で斎藤軍と和睦するなど……」
「この戦の目的を果たしたからです。それに、我らは単独で和睦したわけではありませぬよ」
「……単独ではない? ……土岐様か!」
「ええ。我らが保護している土岐頼純様は、美濃への帰還を条件に既に斎藤と和睦しております。これによって頼純様が新たな美濃守護となり……斎藤利政の娘が、頼純様に嫁ぐことになりました」
宗滴から和睦の内容を伝えられ、平手は呆然と立ち尽くしていた。
自分達の許可もなく和睦を結ばれた苛立ちもあるが、それ以上に水面下での出来事に全く気づけなかった自分への情けなさがあったからだ。
「……美濃の土岐頼芸様は、それで納得したのか? 守護の座は頼純様に明け渡すことになるのだろう?」
「さあ。そこは我々が知る由もない故に」
「……してやられたか……!」
「……お気持ちは察するが、我らにも事情があってね。北に加賀の一向一揆を抱えている以上、いつまでも美濃の争乱に付き合うわけにはいかんのですよ。
……我らはしばらく美濃とは関わらぬつもり故、同盟もこれにて手切れですな」
同盟相手である朝倉軍が退いたことにより、織田軍も戦を止めるほかなかった。
和睦の条件として大垣城を手に入れはしたが、その代償として織田軍はそれまでの勢いを完全に失うことになる。
この後、織田信秀は斎藤利政に合戦の主導権を握られ、少しずつその勢力を縮小させていくことになるのだが……それは、まだ先の話である。
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