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番外編

西方見聞録 38

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「やっと終わったよー!え?終わりだよね?休んでもいいんだよね?」

僕の目の前、皇子はそう言って砂浜にバタリと倒れ込むと大の字に寝転がった。

「皇子、起きてください。砂まみれになりますよ」

そんな皇子の手を引いて起こそうとする、僕のその手にも力が入らない。

「あーくそ、僕も体力と魔力の限界か・・・」

周囲ではざざーん、と波の音がして爽やかな海風が通り抜けて行く。それだけを見ればのどかな海辺の風景だけど、僕も皇子も今しがたまでシグウェル様の無茶苦茶な魔法実験に付き合わされていた。

例の船の航路を安定させる魔石の設置を試すために、魔法陣を使って有無を言わさずいきなりルーシャ国のどこぞの港に連れてこられたのだ。

そしてそのまま、両手で抱えるくらい大きな魔石のいくつかに僕は風魔法を、皇子は水魔法を込めさせられた。

・・・僕はともかく、皇子はほんの数時間前に皇国からルーシャ国まで一足飛びに魔法陣で移動してくるなんていう大量の魔力消費をしたばかりだったのに無理をさせる。

だけどシグウェル様はその様子を満足そうに見て

「よし、後はこれを潮流の複雑な所や風が弱い場所へ設置して魔法を発動させてみよう」

と頷いていたっけ。試しのわりには僕も皇子もほぼ魔力と体力の限界が来るまでそんな事をさせられていたので今、皇子は僕の目の前で泣き言を言いながらごろごろと寝転んでいるのだ。

「ああお腹が空いた。シーリン、この近くにどこかおいしいご飯を食べられるところはないかなあ」

服が砂だらけになると僕に起こされたジェン皇子はそんな事を言いながら力無く辺りを見回している。

「もう少しの辛抱ですよ。夕食会ではルーシャ国の豪勢な御馳走を食べられるはずですから、今は我慢してください!軽食なんかつまんで夕食が入らなくなったらルーシャ国の国王陛下に失礼ですから!」

「えー?大丈夫だよ、ボク、目の前に出されたご飯は何でもおいしくいただく主義だから!」

「それでいっつもお腹を痛くして周りを心配させてるじゃないですか・・・」

「見た目を裏切らずに繊細なんだよねー、ボクって。」

何言ってんだこの人。そんなの胸を張って言うことか?

呆れながら皇子の服についた砂粒を落としていれば、シグウェル様がそんな僕らにリンゴを一つずつ放ってよこした。

「魔石試作への魔力提供に感謝する。王宮へ戻る前にそれを食べて体力と魔力の回復をしてくれ。それにはユーリの加護がついている。君達をこき使って疲れたまま放っておくのはさすがに国家間の問題になるだろうからな、そのリンゴを食べて回復をしてもらってから王宮へは戻る。」

なんて言っている。自分でも「こき使った」って言うあたり、一応自覚はあったんだ?しかも他国の皇子の体力と魔力が底を尽きそうなほど。

本当はその発言で言質を取ってルーシャ国に抗議でもすればこちらに少しでも有利な状況でもって皇国に帰れるんだろうけど、皇子は無邪気に

「えっ?ユーリ様の魔力が込められた果物⁉︎噂に聞く癒し子様の加護の力だね!やった、ありがとう!まさかそんな貴重な物を食べられるなんて嬉しいよ‼︎」

こき使われた事に文句を言うどころかそう喜んで、嫌がるシグウェル様に構わずその手を握るとブンブン振って握手をした。単純過ぎる。

そうしてリンゴを口にすると

「うわ、甘いねぇ!こんなにも大きくて色鮮やかな食味の良いリンゴ・・・っていうか果物、今までに食べたことがないよ。それに本当に体の疲れが癒やされて魔力が沁み渡るように回復していくのを感じる!ユーリ様は本当にすごいねぇ。」

と感動の面持ちで一口ずつ大事そうに噛み締めている。

まあその気持ちは分からないでもない。僕もシェラザード様の差し入れで初めてユーリ様の加護が付いたブドウを食べた時はそのおいしさに感動したし。

皇子があまりにも感動しているからか、はたまたこの上なく美味しそうにリンゴを食べているからなのか、その様子を見たシグウェル様は誇らしげな顔をした。

「それはユーリが、自分の国で食べていたリンゴを思い出しながら加護の力を使って奥の院に植えたリンゴの木から採れたものだ。ここに来ることを知ったユーリがわざわざ持たせてくれた貴重な物だからよく味わってありがたく食べるんだな。」

えーとそれってつまり、ユーリ様は話を聞いて僕らが死ぬほどシグウェル様にこき使われるのを予想して、前もってそれに備えてくれてたってことだよね。

大変な目に遭わされるだろう僕らを気遣ってくれてたなんて、相変わらずユーリ様は優しい気遣いの人だ。

だけどシグウェル様は多分そんなユーリ様の気遣いや思惑には気付いていない。

皇子がユーリ様を称賛するのを聞いて気を良くしているだけだ。

ていうか「気を良くしているだけ」とは言え、皇子の言葉にあの氷のような無表情を崩して感情の乗った顔を見せてたくさん話しているのは実はすごい事かもしれない。

皇子は単純・・・もとい、素直だから嬉しい時も悲しい時もその感情がすぐに顔に出る。

身分の高い者にしては珍しく裏表のない、そんな邪気のなさは国にいる時からどんなに気難しい相手でもその気持ちを緩めて懐にするっと入り込む人懐こさがあったんだけど、どうやらそれはシグウェル様にも通じたらしい。

皇子のユーリ様に対する無邪気な賞賛に、あの気難しいシグウェル様がきちんと受け答えをしているのだから。その辺の石ころを見るような目で僕を見て、受け答えをユリウス様に任せていたのとは大違いだ。

ジェン皇子、ユーリ様の伴侶にはなれないだろうけどせめてこんな感じでユーリ様の周辺の人達と友好関係を築いてくれれば、皇国とルーシャ国との親善に役立ってくれるんじゃないだろうか。

なんて考えていたら、皇子は目を閉じてリンゴを味わいながら

「この甘い香り、みずみずしい果汁、しっかりとした食感、唇に吸い付いてくるようなしっとりとした感触・・・これってもはやユーリ様そのものじゃない?例えるならそう、ユーリ様そのものの味って感じ・・・?」

うっとりしながらそんな事を言ったものだから途端にそれまで得意げだったシグウェル様の表情が険しいものになった。

「おい、ユーリの作ったリンゴでいかがわしい想像をするな。今すぐそれを取り上げるぞ」

「えっ、褒めてるんだけど⁉︎ユーリ様にもそう伝えてお礼を言いたいんだけどダメかな⁉︎」

「一言でもそんな事を本人の目の前で口にしてみろ、一生口が聞けなくなるような魔法をかけてやる」

シグウェル様のそんな脅しに皇子ははうっ、と恐ろしげに口に手を当て黙って頷いた。

・・・いやあ、ユーリ様が絡む話だからとはいえ仮にも一国の皇子を国の一魔導士が脅すとか、シグウェル様も大胆なことをするなあ。まあ、おかしな褒め方?をした皇子が悪いんだけどさ。

「あの、何回もウチの皇子が失礼な事を言って本当に申し訳ありません・・・。」

皇子が余計な事を言うせいでまた僕が頭を下げる羽目になる。でも僕だってただ無駄に頭を下げるつもりはない。

「ですが皇国に帰る前に、一度でいいのでユーリ様と皇子のお茶の席を設けていただけませんか?もちろん、伴侶の皆様が全員同席した場で構いませんので。」

そう持ち掛けた。少し機嫌は傾きかけたものの、皇子の必殺の人懐こさで少し打ち解けてきているシグウェル様に交渉するなら今しかない。

「お茶だと?」

一瞬眉を顰めたものの、すぐには断らないで、目論見通りシグウェル様は一応話を聞いてくれそうだ。

「はい。さすがに一国の皇子の魔力も利用して魔石の実験に協力した以上、せめて形だけでも良いのでそれに対してルーシャ国の王族やその地位に近しい者から礼がなければこちらの国も面子が立ちませんので。」

「・・・それなら今夜のイリヤ陛下の夕食会がそれに該当するのでは?」

シグウェル様にそう切り返されたけど食い下がる。さすがに一年弱もこの国に放り出されていたのに、ユーリ様と皇子の交流もなく何の成果も上げられないなんて僕が可哀想過ぎるし。

「しかしそれは非公式なものです。突然この国を訪れた皇子のせいで正式な晩餐会が出来ないのは充分理解していますけど、それでも『ルーシャ国を代表する癒やし子様自らが皇子の魔石試作に礼を述べてくれた』という事実を皇国に持って帰れば皇帝陛下だけでなく皇国民もルーシャ国とユーリ様に対して良い感情を持つでしょうし、それはきっとこの先の二国間の親善と交流に役立ちます!ですからユーリ様が皇子と一席設けてお礼をしたという事実を作るためにもぜひお茶の機会を。」

必死に言葉を重ねれば、シグウェル様はちょっと考えるそぶりを見せた。

僕の予想では、国の親善に関する話になると理由をつければユーリ様と皇子がお茶をする件はシグウェル様がこの場ですぐに断ることは出来ないはずだ。

それは国同士のこれからの親善や関係性にも関わってくるから、リオン王弟殿下やイリヤ国王陛下が判断することになる。

そうなれば後は皇子本人からももう一度今の申し出をさせよう。

なんなら夕食会の場で切り出させればいい。イリヤ陛下が賛成してくれれば何とかなるだろうし。

ユーリ様の話ではリオン王弟殿下は兄であるイリヤ陛下を随分と慕っているという話だし、陛下が皇子とユーリ様のお茶に賛成すればリオン王弟殿下もそれに従うはずだ。

するとシグウェル様は

「俺だけでは判断出来かねる話だな。王宮に戻ってから一度リオン殿下に話してみよう。」

予想通りそう答えた。やった。

リオン王弟殿下に断られた場合、夕食会でもう一度皇子にこの件を話させるつもりだけど、うまく話を切り出せるか心配だから皇子にはきちんと言い含めておこう。

とりあえず、なんとかユーリ様とのお茶の席を設けれそうな取っ掛かりを見付けた僕は満面の笑みでシグウェル様にお礼を言った。
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