上 下
665 / 699
番外編

西方見聞録 37

しおりを挟む
ジェン皇子を交えて交渉を始めると言ったリオン王弟殿下の行動は素早かった。

いつの間にか魔導士院に横付けされていた立派な馬車に乗せられて皇子共々ルーシャ国の王宮へと、まるで売られていく子牛のように連れて行かれると、そこは何人もの高官らしい官吏や魔導士達が待機している広々とした会議室めいた部屋だった。

ちなみに僕とジェン皇子はユーリ様とは別の馬車で王宮へと向かい、会議室に通された時にもユーリ様の姿が見えなかったものだから

「あれ⁉︎ユーリ様は?」

なんて皇子は声を上げていたけど、それに対してレジナス様が

「この交渉にユーリは無関係なので奥の院に帰らせました」

と迫力のある顔で答えて皇子をがっかりさせていた。

・・・ユーリ様の馬車の御者台、なぜかシェラザード様がちゃっかり座っていた上にこの場にあの人はいないし、多分シェラザード様は奥の院に戻ったユーリ様に付き添って、今頃向こうであれこれとその世話を焼いているんだろうなあ。

そんな事を考えていた僕に皇子は

「夕食の時には会えるかな?ユーリ様は食べることが好きみたいだってキミの手紙にもあったし、美味しそうにご飯を食べるユーリ様を見られるのが今から楽しみだねぇ!」

と、のんきな事を言って脇腹を肘で突いてきたものだから、それを聞いたリオン王弟殿下が

「ああ皇子、申し訳ないね。突然の訪問だったので正式な晩餐会は開けないので、代わりに非公式な形ではあるけど僕の兄上・・・イリヤ陛下との夕食会の場を設けさせたので、今夜はぜひそれに出席をお願いするよ。ちなみにユーリは不参加だから。」

有無を言わさぬ輝かしい笑顔で牽制してきた。

なんか、明らかに皇子とユーリ様の接触をなるべく避けようとしてるよね。まあウチの皇子、何を言い出すか分からないからその気持ちも分からないでもないけど。

と、そんな風にリオン王弟殿下とレジナス様はユーリ様の事を念頭に置いて話しているのにもう一人の伴侶であるシグウェル様ときたら

「おい、早くこちらの協議に加わってくれないか?それからそこの皇子はまず俺に魔力を計らせてくれ」

と海に設置するという魔石の件の打ち合わせと、ルーシャ国まで魔法陣で一気にやって来た皇子の魔力に興味を持っている。さすが魔法バカだとユーリ様に言われているだけはある。

シグウェル様に同行して来たユリウス様が

「団長ももう少しユーリ様とあの皇子の事を心配した方がいいんじゃないっすか?」

と言っても

「はっきりと求婚を断ったのだから大丈夫だろう。ユーリの気持ちが変わるとは思えないし、彼に対するユーリの態度を見ていてもそれはなさそうだ。」

なんて答えている。あ、そう。シグウェル様からすると完全に脈ナシに見えたんだね。だから心配する必要はないと。

ユーリ様に対する全幅の信頼だ。ただの魔法バカじゃなかったんだ?そしてかわいそうなジェン皇子。まあ最初から無理な話ではあったけど。

そんなシグウェル様に皇子は

「ひどい事言うなあ!でもそういう正直な人、嫌いじゃないよ‼︎」

眉根を寄せてぶうぶう文句を言いながらも、魔力を測定してもらうため素直に手を出している。

「え、なんかうちの団長がすみません・・・って言うか怒らないんすか⁉︎友好国の皇族に対して相当失礼だと思うんすけど!」

なぜかシグウェル様の代わりに頭を下げたユリウス様がびっくりしていて、その姿に皇子はあははー、と笑うと

「怒らないよ、そんな事くらいで。それに自分に率直に意見してくる者は大切にしなさいって昔から父上にはよく言われているからね。要はユーリ様に振り向いてもらうためにもボクはもっと男ぶりを磨かないといけないってことだよね!」

そう言ってシェラザード様と握手をした時のように両手でぎゅっとシグウェル様の手を握った。

そんな皇子にシグウェル様は、

「他者や身分が下の者の言葉を聞く耳を持つのは人の上に立つ者として大事な素質ではあるが、君が言うとどうにも軽いな・・・。それからそんなに強く俺の手を握らなくてもいい、添える程度にしてもらえないか?どうも調子が狂う」

となんだか嫌そうに顔を顰めた。

あ、それってある意味すごくない?いつも氷みたいに無表情なこの人を不愉快そうとは言え、表情豊かにしてるんだもん。

さすがジェン皇子、空気を読まないマイペース加減が国を超えて気難しい天才魔導士様まで自分のペースに巻き込んでるよ。伴侶の一人になるのは無理でも案外シグウェル様と打ち解けて友好関係くらいは築けるんじゃないかな?

なんて思いながらシグウェル様に魔力を計られている皇子を見ていれば、シグウェル様はユリウス様に何やら話しかけてメモを取らせている。

そして話し終えると僕にも向き直って、

「さて、これで皇子の大体の魔力量は分かった。君の魔力も軟禁中に計測させてもらっていたし、これで魔石の稼働に必要な魔力量も計算しやすくなったな。海上への魔石設置についてかなり細かい部分まで話し合いが出来そうだ。」

そう薄く笑って不敵な笑顔を見せた。初めて見る表情だ。なんか、僕らの持ってる魔力を思う存分利用してやるぞって感じだ。ジェン皇子も

「なんか悪い笑顔だ!悪者だよ、こんな感じでもユーリ様の伴侶になれるなんていいの⁉︎これなら多少騒ぎは起こしてもボクの方がよっぽど善良でいいお婿さんになれるよ‼︎」

と小さな叫び声を上げたけど、ユリウス様が

「いやあ、残念ながらそれでもユーリ様は団長の顔の良さには弱いんすよね・・・。あとユーリ様、団長の割と手厳しい要求や魔法実験にも何だかんだ文句を言いながらも頑張ってそれに食らい付いていく根性もあるし、団長のこんな笑顔如きで怯んでる皇子様じゃやっぱりユーリ様のお相手は難しいと思うっす、申し訳ないっすけど」

なんてことを言うものだから、

「忌憚のない意見をありがとう!そうか、ユーリ様はシグウェル殿の高度な要求にも応えようとする頑張り屋さんなんだね。それならボクもそれを見習って、魔石設置に協力しなければいけないかな・・・⁉︎」

と皇子は見当違いな方向で気合いを入れて頷いた。いや皇子、それじゃシグウェル様の思うツボで魔力を利用されまくるからそれはダメだろ・・・とさすがに自制を促そうと

「皇子、アンタ何言ってんですか。もう少し良く考えて物事を言わないと・・・」

そう話しかけたところでシグウェル様に肩をがしっと掴まれた。

「やる気と協力姿勢が見られるのは良いことだ。ついては魔石設置予定の沿岸部に今から直接視察をしに行こうか」

「えっ」

どういう意味?この王都に海は隣接していない。それどころか近郊にも港はないし海岸もない。

僕だって皇国からルーシャ国に着いた時はそこが王都に一番近い港だったにも関わらず、王都に着くまでは馬車で3日はかかった。

それなのに、今から海に行く?だって今夜は非公式だけど国王陛下との夕食の席を設けるってさっきリオン王弟殿下が言ってたよね?

「よろしいですか殿下。直接現場を見せて説明した方が彼らにとっても話の通りが良いでしょう。ついでに試しで魔法も使わせてみます。つきましては、その為に護衛を数人と移動時の俺の魔力の節約のために補佐として宮廷魔導士を三人ほど借りていきますが。」

その言葉にハッとする。魔法陣で移動するんだ。それなら確かに行って戻ってもすぐだけど、聞き捨てならない事も言ってたぞ。

試しに海で僕と皇子に魔法を使わせる?なんて人使いが荒いんだ。しかもそのうち一人は皇子なんだぞ。

それなのにリオン王弟殿下は笑顔で頷いて了承した。

「そうだね、僕としては兄上との夕食会に間に合ってくれれば問題ないよ。その間、こちらではできるだけ細部まで話を詰めて交渉をまとめ、早いところ二人とも東国に帰ってもらえるようにしておこう。」

・・・爽やかな笑顔で話した内容の後半で本音を漏らし過ぎじゃない?やる事やって、さっさと国に帰れってことだよね。

思わず生暖かい目になった僕に気付いた王弟殿下は

「東国でも、いくら許しは出ているとはいえ突然こちらに来てしまった皇子を心配しているだろう?早く帰ってあげないと。」

そう取って付けたような屁理屈を言うと、じゃあ頼んだよシグウェル。と僕と皇子の二人をシグウェル様の方に押しやった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

女性の少ない異世界に生まれ変わったら

Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。 目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!? なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!! ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!! そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!? これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。

皆で異世界転移したら、私だけがハブかれてイケメンに囲まれた

愛丸 リナ
恋愛
 少女は綺麗過ぎた。  整った顔、透き通るような金髪ロングと薄茶と灰色のオッドアイ……彼女はハーフだった。  最初は「可愛い」「綺麗」って言われてたよ?  でも、それは大きくなるにつれ、言われなくなってきて……いじめの対象になっちゃった。  クラス一斉に異世界へ転移した時、彼女だけは「醜女(しこめ)だから」と国外追放を言い渡されて……  たった一人で途方に暮れていた時、“彼ら”は現れた  それが後々あんな事になるなんて、その時の彼女は何も知らない ______________________________ ATTENTION 自己満小説満載 一話ずつ、出来上がり次第投稿 急亀更新急チーター更新だったり、不定期更新だったりする 文章が変な時があります 恋愛に発展するのはいつになるのかは、まだ未定 以上の事が大丈夫な方のみ、ゆっくりしていってください

【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。

三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。 それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。 頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。 短編恋愛になってます。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

王妃から夜伽を命じられたメイドのささやかな復讐

当麻月菜
恋愛
没落した貴族令嬢という過去を隠して、ロッタは王宮でメイドとして日々業務に勤しむ毎日。 でもある日、子宝に恵まれない王妃のマルガリータから国王との夜伽を命じられてしまう。 その理由は、ロッタとマルガリータの髪と目の色が同じという至極単純なもの。 ただし、夜伽を務めてもらうが側室として召し上げることは無い。所謂、使い捨ての世継ぎ製造機になれと言われたのだ。 馬鹿馬鹿しい話であるが、これは王命─── 断れば即、極刑。逃げても、極刑。 途方に暮れたロッタだけれど、そこに友人のアサギが現れて、この危機を切り抜けるとんでもない策を教えてくれるのだが……。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

処理中です...