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第十三章 好きこそものの上手なれ

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間近で見つめられて思わず息を詰めた、そんな私の
様子にシグウェルさんはふっと笑うと更に近付いて
耳元で囁いてきた。

「よく似合っている。覚えておいてくれ。オレが
誰かの為にこういった物を作るのは君にだけだ、
ユーリ。」

至近距離で囁かれる低音の声は甘い痺れをもたらす
ように、耳というか直接脳に響いてくるみたいで
固まってしまう。

それにあまりにも近過ぎて、囁かれる耳に吐息が
かかるどころか耳たぶにシグウェルさんの唇が
かすめたような気がする。

だってなにかヒンヤリと冷たくて柔らかいものが
触れたもの!

思わずぱっと耳をおさえたけどその時にはすでに
シグウェルさんの顔は私から離れていた。

頬を真っ赤に染めた私と、シグウェルさんのした
ことを見ていたユリウスさんが呆気に取られている。

「団長・・・アンタそんな甘ったるい事が出来る人
だったんすね。え?まさかリオン殿下の前でも
これ見よがしにちょっかい出したりしないですよね?
俺の心臓が持たないんでそれだけは止めるっすよ?」

「いつの間にかユーリの伴侶になっていたレジナス
ですら人前では一応自重しているのに俺が空気を
読まずにそんな事をすると思うか?」

あいつが自重していたおかげで俺とした事がユーリの
伴侶が殿下以外にも増えていたことに今まで全く
気付かなかったがな。

シグウェルさんの言葉にどきりとする。

そうだった。アドニスの町でグノーデルさんが
レジナスさんに私の事をこれからも頼むとかって
みんなに聞こえるあの大声で言ったから、まだ
公にしていなかった私とレジナスさんの事が一気に
周りにバレたんだった。

この間、騎士団に街で注文したハンカチとブローチを
受け取りに行って来た時も騎士さん達に会う度に
おめでとうございますとかレジナスさんをよろしく
お願いしますとか言われて恥ずかしかった。

「空気を読まないのが団長じゃないっすか・・・。
それにしてもレジナスの件もびっくりなんですけど
グノーデル神様のお墨付きじゃ何にも言えないっす、
いつの間にそういうことになってたのかがすごい
気になるけどユーリ様は教えてくれないっすよね?」

そう言ったユリウスさんに見られたけどリオン様と
同じくレジナスさんも、気付けばずっと側にいて
欲しい人になっていたのでなんとも言えない。

ていうか、そんなのノロケか何かみたいで
恥ずかしくて話せるものか。

「いつの間にか、自然にです!それ以上でも以下でも
ありませんよ!」

赤くなったまま言えば、なぜかシグウェルさんが
納得して頷いていた。

「人の心とは不思議なものだからな。数字や理論で
説明がつくものではないというのは俺も身を持って
知りよく分かった。なるほどいつの間にか自然に、
というユーリの言葉は正しい。俺もそのようなもの
だからな。」

この人はどうしてこう恥ずかしげもなく私をいつ
どうやって好きになったとか人前で話せるんだろう。

ユリウスさんもいるのに。目の前でそんな事を
言われて私だけでなくユリウスさんまで何故か赤く
なっている。

「団長、マジで空気読むっすよ。まさかユーリ様の
言葉に便乗してそんな事を言い出すとは思っても
みなかったっす・・・。何で俺が団長の色恋沙汰の
きっかけとか聞かなきゃならないんすか?」

「これのどこが色恋沙汰のきっかけだ。それより
ユーリ、結界石も渡したし君への課題の解答も
聞いた。次はアドニスの町でグノーデル神様を
顕現させた時の事を聞かせてもらおうか。」

空気を読めと言われたシグウェルさんは不思議そうな
顔をしたものの素直にその話題から別の話に移って
くれた。

ユリウスさんも、そうでした!と言ってメモ用紙を
さっと取り出す。

「君達の視察に同行した魔導士達からある程度の
話は聞いているが、やはり当事者の話も聞きたい。
土竜などという珍しいものも出たらしいが、そっちの
魔物についてはエルから聞く方がより詳細な生態が
分かりそうだから頼んだぞ。」

そう言ったシグウェルさんに、扉の前に立っていた
エル君もこくりと頷いた。

エル君、グノーデルさんから同じ色で嬉しいと
言われて以来魔導士さん達に対する警戒心が少し 
和らいだ気がする。

アドニスの町で起きた事やグノーデルさんとの
やり取りなどを話して、シグウェルさん達の質問
なんかに一通り答えた後に私はエル君に声をかけた。

そうするとエル君は心得たように、青いビロードを
私に渡してくれる。

中にあるものを落とさないように布をそっと広げれば
そこにあるのはグノーデルさんのあの被毛だ。

「これがグノーデルさんがエル君にくれた被毛です。
2本だけですけど、特別にエル君の許可を貰ったので
シグウェルさん達魔導士院に寄贈しますね。」

私のその言葉に、シグウェルさんもユリウスさんも
食い入るようにそれを見つめている。

「えっ、こんな貴重な物いいんすか⁉︎エル君⁉︎」

ユリウスさんがエル君に確かめる。

「僕の武器に手を付けられるよりはましなので。」

頷いたエル君はそう言った。

そうなのだ。グノーデルさんから被毛を貰ってそれで
武器を作ったなんて言ったら絶対にシグウェルさんは
その武器を調べさせろと迫るに決まっている。

下手をすれば分解までされる恐れもある。

エル君と相談して、大事な自分の武器を取り上げられ
調べられる位なら、最初からほんの少しだけでも
グノーデルさんの被毛そのものを分けたらどうかと
言う話になったのだ。

「感謝する。」

シグウェルさんは被毛をそっとつまんで日光に
かざすと目を細めてそれを見つめていた。

ユリウスさんはそれを青くなって見ている。

「えっ、よく素手で掴めるっすね⁉︎なんかその被毛、
触るなって感じの威圧的な魔力が溢れてないっすか?
俺は怖くて、とてもじゃないけど触れないっすよ⁉︎」

へぇ、そうなんだ。魔導士さんみたいに魔力が強くて
その気配に敏感な人だとそう感じるのかな?

私は元々グノーデルさんに触っても平気だからか
ピンと来ない。

エル君を振り返って見ても、僕も平気ですと言って
いるから、やっぱり魔導士さん程の魔力がないと
グノーデルさんの力は感じられないようだ。

「触れているところが少し熱いな。グノーデル神様の
魔力か神威かも知れない。ただ、これよりも恐ろしく
強力な魔力をユーリが来た時から感じている。
ユーリ、君、その鞄の中に何を入れて来た?」

被毛をそっと元に戻したシグウェルさんが私の
茶色いポシェットを見た。

そう、私は魔導士院を訪れるに当たって今日は
街歩きの時に愛用しているあの茶色いポシェットを
肩から下げて来ていた。

お茶を飲んでいる間も、シグウェルさんの気持ちが
私の伴侶になりたいものだと言うのを確かめた時も、
さっきからずっと私はポシェットを斜めに肩掛けした
ままだった。

「これですか?こっちはグノーデルさんからの
頼まれ物で、シグウェルさんの家へ渡す
物ですよ。」

そう言って白い絹の布地に包んで持参していた、
例の賭け金代わりにグノーデルさんがキリウさんから
預かっていた黄色い魔石を取り出して見せた。

「・・・これは。」

ひと目見てシグウェルさんが息を飲んだ。

その様子に苦笑いする。ユールヴァルト家の家宝にも
等しい物だってグノーデルさんは言っていたから、
やっぱりシグウェルさんにもこれが何なのか分かる
らしい。

「グノーデルさんがキリウさんから預かっていた
そうです。そろそろ返さないと困るだろうからって
渡すように頼まれました。家宝だそうですね?」

テーブルの上に置いたそれを、シグウェルさんは
手に取ることもせずにじっと見つめていた。

「ユールヴァルト家では『強欲の目』と呼ばれている
魔竜の瞳から出来た魔石だ。やはり家にあるのは
偽物だったか。」

・・・偽物。えーと、キリウさんは家宝を我が家から
持ち出してグノーデルさんに渡す代わりに、偽造した
ニセモノを家に置いてたってことかな?

神様と賭けはするわ家宝を賭けるわ、挙げ句の果てに
偽造品で誤魔化すわと、勇者様の親友にしては随分と
大胆な人だったらしい。

いや、もしかするとそのくらいの人だからこそ
グノーデルさんに好かれていたのかも知れないけど。

変わっているなあ。そしてその変わり者の血が
シグウェルさんにも受け継がれているんだよね・・・

思わず私は魔石とシグウェルさんを交互に見て
しまった。








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