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6.実技の授業
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翌日、ハインリヒ様は本当に転入してきた。
しかも同じクラスだ。
モンテリーノ学校は、十五歳になった貴族が強制的に入学を求められる学校だ。全部で三学年。
この世界は、どこにダンジョンが出現するか分からない。
そして出現した時、貴族はその責務として戦いに赴く事が義務となっている。だから、そのために必要となることを、この学校で学ぶのだ。
けれど、例えば親が軍人で、親と共に戦場を見てきたような貴族の子息は、それを申請すると入学を免除される。
現場を知っているのに、わざわざ学校で学ぶ必要はない、ということだ。
私も申請して免除してもらっていたし、ハインリヒ様も同様だ。
しかし「やっぱり入学したい」と言えば入学は可能で、ハインリヒ様はそれで入学したようだ。
私は自分で申請して免除してもらったけど、それを父にひっくり返された形になる。
妹は普通に十五歳で入学した。
父が言うには、妹が学校に入学する年になって、そういえば姉の私が入学していないじゃないか、これはいかん、と慌てて私に手紙を出したらしい。
『自分で申請して免除してもらったと、手紙を出したかと思いますが』
『何だそれは。十五歳になったら通うのが決まりだろう。決まりは守れ』
いやだから、決まりを守って免除してもらったんだけど、と言い返すのは簡単だったけど、やめた。
これからはファルター殿下の婚約者として生きていくんだと決めて、戻ってきたから。
その婚約がなくなるって分かってたら、絶対入学なんてしなかったけど。
十六歳で入学した私だけど、一学年上のクラスに転入するわけじゃないから、普通に妹と同学年だ。
ハインリヒ様は、さらに一つ上の十七歳だけど、やっぱり一年生として転入してきた。
学校側は「あの武神の息子が入学してくる」というので、大騒ぎになっていたらしい。
それで何をどうしたのか、授業内容がいきなり変更になって、午前中の座学の授業が、実技に変更となった。
*****
「いえ、ですから俺は剣術科です。回復は全く……」
「はい、もちろん存じておりますとも。ですが、"聖女の再来"とまで呼ばれる者がこの回復魔術科にはおるものでして、ぜひご覧になって頂きたいのです」
回復魔術の実技授業中、そんな会話を交わしながら入ってきたのはハインリヒ様と、学校長先生だった。
視線がそちらに集まり、女生徒たちが「キャーッ」と歓声を上げる。
もちろん女生徒の視線が向いているのは、学校長ではなくハインリヒ様だ。
剣術の授業に行っていたはずだけど、もしかして連れてこられたんだろうか。
困った様子だけど、学校長は全く気にしていない。
「ピーア・メクレンブルク、ハインリヒ殿にあなたの魔術を見せて差し上げなさい」
「はいっ」
元気に返事をした妹が前に出て、患者を模した人形の横に膝立ちになった。
その様子を、私は無感動に見つめる。
『聖女の再来』
妹がそう呼ばれていることを知った時、そんなにすごいんだろうかと思った。
実情を知った時は、ガックリするのと呆れるのが同時だった。
今まで実際に戦場にいたハインリヒ様に、妹の実力を見せて、この学校にはこれだけ素晴らしい人材がいる、という事を見せたいんだろう。
座学じゃなくて実技になったのは、そのためだ。
ハインリヒ様から武神と称されるローベルト将軍に話がいけば、そこから国王陛下にも話がいく可能性が高い。
そうなれば、学校長先生を始め、この学校の先生方の鼻も高い、というわけだ。
意味ないどころか、逆効果なんだけどねぇ……。
集中している妹を見る。
今の私の顔は、きっと酷薄とした笑みを浮かべているだろうな、と思う。
「《傷回復・高》」
妹が唱えると、対象となる人形の上に光るものが出現した。
真円の中に複雑な文様が描かれているそれが、魔術を唱えると現れて光を発する。
その光が、対象となる……この場合は人形全体に行き渡るのだ。
相手が人形だから、魔法の効果のほどは分からないけれど、今妹が使ったのは上級の回復魔術だ。
十五歳でそれを発動するのだから、すごいことは私も認める。
「いかがでしょうか、ハインリヒ殿。素晴らしい才能でございましょう」
学校長先生が揉手せんばかりにハインリヒ様に語りかけている。
それを、ハインリヒ様は少し顔をしかめていた。
「学校長、俺は一人の生徒としてこの学校に入学しましたから、先生が俺に敬語を使うのはおかしくないですか? それに生徒を呼ぶときには、基本的には名前ではなく、家名で呼ぶと聞いておりますが」
妹の魔術について触れることなく、苦言を呈している。
全くもってその通りだと思ったけど、それは私だけだったらしい。
「いえいえ、とんでもない。シラー将軍閣下のご子息に、しかしその名にふさわしい実力を持つ方に対して、敬語を使わないなど、できません」
学校長がヘラヘラ笑っている。
妹もそれに乗っかった。
「そうですよぉ。先生だって、ハインリヒ様には敬意を払うのは当然です。……ねえ、あたしの魔術すごいでしょ? 低能のお姉様よりお役に立てますよ?」
妹が嘲るように私を見る。
ハインリヒ様の視線も、一瞬私を捉えた。すぐ妹に戻した視線は厳しいものだった。
「確かに、十五歳で上級の回復魔術を使えるのは素晴らしいと思う」
「でしょ? だったら……」
「この先、どうしていくつもりだ?」
何か言いかけた妹の言葉を遮ったハインリヒ様の言葉に、妹は首を傾げている。
「この先?」
「分からないならいい」
冷淡に言ったハインリヒ様の言いたかったことを理解したのは、この場では多分私だけだった。
しかも同じクラスだ。
モンテリーノ学校は、十五歳になった貴族が強制的に入学を求められる学校だ。全部で三学年。
この世界は、どこにダンジョンが出現するか分からない。
そして出現した時、貴族はその責務として戦いに赴く事が義務となっている。だから、そのために必要となることを、この学校で学ぶのだ。
けれど、例えば親が軍人で、親と共に戦場を見てきたような貴族の子息は、それを申請すると入学を免除される。
現場を知っているのに、わざわざ学校で学ぶ必要はない、ということだ。
私も申請して免除してもらっていたし、ハインリヒ様も同様だ。
しかし「やっぱり入学したい」と言えば入学は可能で、ハインリヒ様はそれで入学したようだ。
私は自分で申請して免除してもらったけど、それを父にひっくり返された形になる。
妹は普通に十五歳で入学した。
父が言うには、妹が学校に入学する年になって、そういえば姉の私が入学していないじゃないか、これはいかん、と慌てて私に手紙を出したらしい。
『自分で申請して免除してもらったと、手紙を出したかと思いますが』
『何だそれは。十五歳になったら通うのが決まりだろう。決まりは守れ』
いやだから、決まりを守って免除してもらったんだけど、と言い返すのは簡単だったけど、やめた。
これからはファルター殿下の婚約者として生きていくんだと決めて、戻ってきたから。
その婚約がなくなるって分かってたら、絶対入学なんてしなかったけど。
十六歳で入学した私だけど、一学年上のクラスに転入するわけじゃないから、普通に妹と同学年だ。
ハインリヒ様は、さらに一つ上の十七歳だけど、やっぱり一年生として転入してきた。
学校側は「あの武神の息子が入学してくる」というので、大騒ぎになっていたらしい。
それで何をどうしたのか、授業内容がいきなり変更になって、午前中の座学の授業が、実技に変更となった。
*****
「いえ、ですから俺は剣術科です。回復は全く……」
「はい、もちろん存じておりますとも。ですが、"聖女の再来"とまで呼ばれる者がこの回復魔術科にはおるものでして、ぜひご覧になって頂きたいのです」
回復魔術の実技授業中、そんな会話を交わしながら入ってきたのはハインリヒ様と、学校長先生だった。
視線がそちらに集まり、女生徒たちが「キャーッ」と歓声を上げる。
もちろん女生徒の視線が向いているのは、学校長ではなくハインリヒ様だ。
剣術の授業に行っていたはずだけど、もしかして連れてこられたんだろうか。
困った様子だけど、学校長は全く気にしていない。
「ピーア・メクレンブルク、ハインリヒ殿にあなたの魔術を見せて差し上げなさい」
「はいっ」
元気に返事をした妹が前に出て、患者を模した人形の横に膝立ちになった。
その様子を、私は無感動に見つめる。
『聖女の再来』
妹がそう呼ばれていることを知った時、そんなにすごいんだろうかと思った。
実情を知った時は、ガックリするのと呆れるのが同時だった。
今まで実際に戦場にいたハインリヒ様に、妹の実力を見せて、この学校にはこれだけ素晴らしい人材がいる、という事を見せたいんだろう。
座学じゃなくて実技になったのは、そのためだ。
ハインリヒ様から武神と称されるローベルト将軍に話がいけば、そこから国王陛下にも話がいく可能性が高い。
そうなれば、学校長先生を始め、この学校の先生方の鼻も高い、というわけだ。
意味ないどころか、逆効果なんだけどねぇ……。
集中している妹を見る。
今の私の顔は、きっと酷薄とした笑みを浮かべているだろうな、と思う。
「《傷回復・高》」
妹が唱えると、対象となる人形の上に光るものが出現した。
真円の中に複雑な文様が描かれているそれが、魔術を唱えると現れて光を発する。
その光が、対象となる……この場合は人形全体に行き渡るのだ。
相手が人形だから、魔法の効果のほどは分からないけれど、今妹が使ったのは上級の回復魔術だ。
十五歳でそれを発動するのだから、すごいことは私も認める。
「いかがでしょうか、ハインリヒ殿。素晴らしい才能でございましょう」
学校長先生が揉手せんばかりにハインリヒ様に語りかけている。
それを、ハインリヒ様は少し顔をしかめていた。
「学校長、俺は一人の生徒としてこの学校に入学しましたから、先生が俺に敬語を使うのはおかしくないですか? それに生徒を呼ぶときには、基本的には名前ではなく、家名で呼ぶと聞いておりますが」
妹の魔術について触れることなく、苦言を呈している。
全くもってその通りだと思ったけど、それは私だけだったらしい。
「いえいえ、とんでもない。シラー将軍閣下のご子息に、しかしその名にふさわしい実力を持つ方に対して、敬語を使わないなど、できません」
学校長がヘラヘラ笑っている。
妹もそれに乗っかった。
「そうですよぉ。先生だって、ハインリヒ様には敬意を払うのは当然です。……ねえ、あたしの魔術すごいでしょ? 低能のお姉様よりお役に立てますよ?」
妹が嘲るように私を見る。
ハインリヒ様の視線も、一瞬私を捉えた。すぐ妹に戻した視線は厳しいものだった。
「確かに、十五歳で上級の回復魔術を使えるのは素晴らしいと思う」
「でしょ? だったら……」
「この先、どうしていくつもりだ?」
何か言いかけた妹の言葉を遮ったハインリヒ様の言葉に、妹は首を傾げている。
「この先?」
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冷淡に言ったハインリヒ様の言いたかったことを理解したのは、この場では多分私だけだった。
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