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第三章 魔道具を作ろう

速度強化の魔法

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「《強化・速ブースト・アーリー》。……あれ、できちゃった」
「えっ、できたんですか?」

リィカが、風属性の、スピード強化の魔法を唱えることに成功した。
一発目での成功。しかも、無詠唱でできてしまって、ユーリが驚く。

「これ、誰かに掛けなきゃいけないんだ……」
今は馬車の中だし、自分に掛ければ良いか、と思ったら、手が上がった。

「はいはい! オレに掛けて! どんな感じか知りたい!」
立候補してきた暁斗に、目を一度パチクリとさせてから、うなずく。
が、注意も忘れなかった。

「わたしも初めてだから、どうなるか分からないから。気をつけてね」
すごく期待している風の暁斗が、どこまできちんと話を聞いたか不安に思いながらも、魔法をかけた。

「……おおっ……うーん、でも、確かになんか身体に力がわいてくるような感じはあるけど……、実際に試さないと分かんないなぁ」
暁斗が残念そうにつぶやいた。


オーロックスに追われていた馬車の、御者をしていた男は、名前をオリーと名乗った。
馬車の中には女性が二人いて、それぞれサルマ、フェイ、と名乗った。
三人とも商人らしい。

大抵、商人が旅をするときには、冒険者などの護衛を雇うものだが、彼らは誰も雇っていなかった。
何か訳ありだったり問題があったりしないのか、気になるところだったが、結局いくつか交渉した上で、話を受けることにしたのだ。


実際、かなり怪しい。
商人という割には、馬車の中に商品らしいものは見当たらない。
それを見たアレクが、何かあったら逃げよう、と小声で言っていた。

そのアレクは、今御者台に出ている。
魔物の警戒のためだ。
他の五人と、サルマ、フェイの、合計七名が馬車の中だ。


「アキトって言ったっけ? 何だったら馬車止めさせるから、外出る? 試してきていいよ?」
サルマが話し掛けてきた。

ちなみに御者をしているオリーとサルマは、20代後半くらいに見える。フェイは、それよりもう少し若い感じだ。

サルマは、出るところが出て、引っ込むところが引っ込んで、という実に理想的な体型をしていて、リィカが羨ましそうにサルマを見ていた。
物怖じせず、社交的な性格をしているサルマに対して、フェイはほとんど口を開かない。

サルマの申し出に、暁斗は一瞬口ごもった。
「……えっと、いいのかな」

困った先に見たのは、バルの方だ。
視線を向けられたバルは、「何でおれを見る……」とつぶやく。

「……まあ、せっかくそう言ってくれてんだし、良いんじゃねぇの?」
「よし、決まり。でも、魔法切れちゃうかもよ。もう一回かけ直してもらったら?」
それだけ言って、サルマは御者台に顔を出していた。


一方、言われた暁斗は、確かに魔法が切れかかっているのを感じて、リィカに視線を向ける。
「……う、ちょっと待って」

一回目の挑戦で、いきなり成功した魔法だ。
支援魔法にしては出来過ぎなくらいだが、だからといって、まだすぐには発動できない。

だが、そう時間が掛からずに、
「《強化・速ブースト・アーリー》」
二度目が成功した。


止まった馬車から降りた暁斗は、思い切り駆け出して……。
「うわぁ、すごい!」
まるで自分とは思えない、その走る速さに感動していた。


あっという間に姿を消してしまった暁斗に、一同呆然だ。
「ちょっと、暁斗! 遠くに行ったらダメだよ!!」
リィカが怒鳴ったが、果たして聞こえたかどうか。

好き勝手に動きたがる子供を叱る母親だ、と泰基が少し切なくなりながらも思っていることには気付かない。


「気持ちよかったぁ。ありがと、リィカ。またいつでも練習台するから言ってよ」

どこをどう移動したのか、暁斗が後ろから戻ってきた。
ニコニコして、かなり満足したらしい。

「アキトすごいね。強化魔法って初めて掛けられると、感覚に戸惑ってなかなか適応できないのに、あっさり慣れちゃったんだ」
「……そうなの?」

サルマの言葉に、暁斗は首をかしげる。
特に戸惑うような感覚はなかった。

「リィカちゃんもすごいよね。まだちょっと持続力は足りないみたいだけど、初めてって割に威力がある。魔力もあるんだろうけど、魔法使うのが上手なのかな?」

言われたリィカは、口を閉じる。
何となく、先ほどから気に掛かる。

「……サルマさんは、魔法に詳しいんですね? 商人って言ってましたけど、魔法使いなんですか?」

どことなく固いリィカの口調に気付いたのか、サルマは、ん? と首を傾げる。
そして、アハハと笑うと、首を横に振った。

「魔法使いなんて言えるほどじゃないよ。ただちょっと変わった魔法の使い方をするもんで、普通に魔法を使ってる人とは、見えるものも違うんだよ。
 出発するから戻って。――馬車ん中で教えてあげるよ。ワタシら以外に魔法を無詠唱で使う人、初めて見たからさ」

そのサルマの言葉に、驚きの視線が集まった。


馬車に戻って、視線を集めているサルマはまるで気にした様子もなく、話を切り出す。

「他のみんなも、リィカちゃんが無詠唱で魔法使っても驚いてなかったよね。もしかして、みんな使えるの?」
「……アレクとバルは使えませんが、他の四人は使えます」

代表して答えたユーリに、サルマも、そして声は出さないがフェイも驚いた表情を見せる。

「すごいパーティーだね。魔法のお偉いさんなんか、無詠唱なんか神への冒涜だって言って、怒り出す人多いのに」
「…………」

その言葉に、リィカは押し黙った。
学園で一年、魔法について勉強した。実技だけではなく、座学も。そして、知った事。
学園での、最初の魔法の授業の時の教師だったザビニーが、リィカが無詠唱で魔法を使って、なぜ怒ったのか。

それが、神への冒涜、だったのだ。

「あー、なんかそんなこと、教わった。説明されても、よく分かんなかったけど」

元気な暁斗の声に、リィカはハッとして少し笑う。

魔法を使う前に行う詠唱は、神や世界に感謝を捧げる行為だと、そう教わった。
その考えをさらに発展していくと、「するべき詠唱をしないのは、するべき感謝を捧げない、神への冒涜行為」だということになる。

それが、ザビニーの、そして少なくない魔法使いや神官の考えなのだ。
でも、それらを知ったリィカの考えは違った。

「神への感謝を忘れないようにしなさいっていう教えじゃないかなぁ、って思ったんだよね」

少なくとも、この世界には「神」はいる。それが純然たる事実としてある。
誰もその姿を見たことはなくても、その事実を忘れないように、感謝を忘れないように。ただそれだけの意味ではないか、とリィカは思うのだ。

ふと、リィカは馬車の中にいる全員から、マジマジと見られていることに気付いた。

「あの、なに……?」
「いいえ、思ったよりしっかり考えているんだなと思っただけです」
「思ったよりって、ヒドイ」

代表するかのように答えたユーリに、リィカはプクッと頬を膨らませた。
が、その顔は妙に可愛い。ユーリは何か言おうとして言えずに、視線を逸らせる。

それに気付いたサルマが、大笑いした。

「ほら、リィカちゃん、顔戻せ。可愛い顔がブスになるよ」

ほっぺたをツンツンされて、リィカはそっぽをむく。

「……どうせブスですよ」

つぶやくリィカに、サルマは首をかしげる。

「リィカちゃん、もしかして無自覚? その顔で無自覚はやばいぞ?」
「……なにがですか?」

「ありゃりゃ。男が五人もいて、誰も何も言ってくれなかったのか。情けないね。よぉし、今晩はガールズトークしよう」

ぎゅうっとサルマに抱きしめられたリィカは、戸惑い顔だ。
情けない呼ばわりされた男たちは、視線を逸らしている。暁斗は、何も分かっていないという顔だ。

(そんな事を言われたって)
(一体どうしろ、ってんだよ)

ユーリやバルが心の中でつぶやき、泰基は苦笑していた。
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