魔法使いと皇の剣

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4章 波乱

奇妙な同行

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 アーベンは瓦礫と血の匂いが混じる路地裏で、物陰に身を潜めながら、ため息をひとつ吐いた。
 王子であるはずの自分が、護衛の騎士をすべて失い、今は竜族の少女アイリーンと、盗賊ギルド《梟の夜会》の元構成員――アイシャとともに潜伏している。
 その現実が、どこか滑稽にすら思えた。

「……あんた、街の人たちを見捨てて逃げようとしてたよね?」

 アイシャの言葉は鋭く、まるでナイフのように胸に刺さる。

 その非難の合間を縫うように、アイリーンが付け加える。

「ミエラちゃんも、置いてきたんでしょ?」

 アーベンは苦笑した。正直に話すべきではなかったと、今さらながら後悔する。
 だが、王族の立場として虚勢を張るのも滑稽に思えて、肩をすくめて正面から応じた。

「不敬に問われるような言葉遣いだね。ただ否定はしないよ。……生き残ることが、私に課せられた唯一の“役目”だからね。」

 だがアイシャの目は、一層冷たく光った。

「好きに生きて、逃げる時だけ『役目』か。じゃあ、私たちの役目は、あんたみたいな人を守って死ぬこと?」

 アーベンは口を閉ざし、咄嗟にアイリーンに目で助けを求めた。
 だが、彼女は助け舟を出す気などさらさらないように、外の様子を覗き込みながらぼそりと呟いた。

「ミエラちゃん……無事だといいけど。こんな状況で戻ってきたら、きっと大変なことになる」

 その言葉に、アイシャも続く。

「結局、上にいる人間が全部壊してくのよ……」

 どこか諦念の滲むその声に、アーベンは内心の苛立ちをぐっと抑えた。

 今は議論をしている場合ではない。それでも、口にせずにはいられなかった。

「王族として謝罪しよう。だが今は、生き延びることが先決だ。君の言葉も、探し人も、無論大切に思っている」

 それでもなお噛みつこうとするアイシャを、今度はアイリーンが制した。

「――ちょっと、見て!」

 視線の先を辿った瞬間、アーベンは凍りついた。

 灰色の瓦礫の彼方、戦火に揺れる街路を抜けて、城を目指す一団が見えた。
 その中心にいるのは、見違えるほど精悍な顔立ちと、鍛えられた体つき――だが忘れるはずもない。
 かつて行方不明となった実の弟、レグラスだった。

「あれ……騎士じゃないよね?」

 アイリーンの問いに、アーベンは冷静に答える。

「――間違いない。あれは、私の弟だ」

 アイリーンとアイシャは、同時に息を呑んだ。

「ってことは、ミエラちゃんも近くにいるかも!? 一瞬しか見えなかったけど……」

 アイシャは必死に目を凝らしたが、首を振る。

「姿は見えなかった」

 アーベンは腕を組み、思考を巡らせながら言った。

「……彼女が弟を見つけていたなら、まず向かうのはどこだ?」

 思案の隙を埋めるように、アイシャが答えた。

「……盗賊のアジトよ」

 アーベンは即座に頷いた。

「ならば、少ない可能性で彼女を探すにはアジトに向かうべきだ」


 アイリーンは明るく微笑みながら言った。

「ふふ、王子様にしては冴えてるじゃない。逃げ帰った情けない男って印象、少しは挽回できるかもね?」

 その言葉にアーベンは眉をひそめ、苦笑する。

「……なによりだ。で、よければ私も同行させてくれないかな? 元はといえば、君たちと共に旅をする予定だったのだからね。正直、君たちといた方が生き残れる気がする」

 アイシャは渋い顔をしながらも、アイリーンに視線を送る。
 アイリーンは軽く肩をすくめて言った。

「別にいいわよ。でも、自分のことは自分でやってね」

 アーベンは苦笑いを浮かべ、軽く頭を下げた。

「……護衛もお願いしたい旨だったんだが…まぁいい。急ごう、彼女が予想通りに動いているなら、すれ違ってしまうかもしれない」

 三人は瓦礫の影を縫い、慎重に移動を開始した。
 その道すがら、アーベンは心の奥でひとつの確信に至っていた。

 ――なぜレグラスはこの地に現れたのか。
 なぜベイルガルドの眷属は、ここまで容易に侵入できたのか。
 自分が知る限りの情報では、それを説明しきれない。

 だが、明白なことがひとつだけある。

 彼女たち――ミエラとアイリーン。
 外から来た者たち。そして竜族という異質な存在。

 あたかも彼女たちは、世界の中心から外れたように振る舞っているが……
 実際には、この混乱の渦の“核”にいるのは、間違いなく彼女たちなのだ。

 そして―

(その“意味”を知りつつ共にいる、私もまた、いつの間にか運命の一角に立っているのかもしれない)

 そう思った瞬間、アーベンは誰にも見せない乾いた笑みを浮かべた。
 どこまで行っても、信じるのは己のみ――それだけだ。

 アジトのある区画が近づくにつれ、街の騒ぎは異様な変化を見せていた。
 爆発音が空を裂いたかと思えば、それに続くように歓声が上がる――まるで絶望と希望がせめぎ合う戦場の鼓動のようだった。

 石畳には無惨に倒れた民の亡骸が転がる一方で、ベイルガルドの眷属――ゲルグたちの死体も次々と増えていた。
 街の外で続くホイスタリンとの戦は、未だ決着には至っていないようだったが、それでも街に騎士を回せる程度には、オーデント軍が優勢に転じたのかもしれない。
 アーベンは荒い息を整えながら、前方に見える騎士団を制止した。

 彼の姿を見た騎士たちは、すぐに剣をおさめ、地に膝をつく。

「アーベン王子……ご無事で。ですが、なぜまだ市街に? 護衛の方々は……そして、そちらの者たちは?」

 アイリーンの異形めいた異種族の風貌に、騎士たちは明らかな警戒を滲ませた。
 アーベンは手を掲げ、制するように穏やかに語った。

「彼女たちは私の同行者だ。気にする必要はない。……護衛の騎士たちは、城を出た直後の区画でゲルグの襲撃により全滅した。戦いが終わった暁には、その者たちに丁重な弔いを頼む」

 その言葉に、一人の騎士が顔を険しくし、拳を握りしめて吠える。

「無念……ですが、王子の無事が何よりです! ホイスタリンの眷属は残りわずか! あの忌まわしきベイルガルドの鳥ども――その羽を引き千切り、街に吊してやりましょう!」

 激情に燃える言葉に触発されたように、周囲の騎士たちも次々と剣を構え、士気を高めていく。

 アーベンはそれを一喝するように制した。

「勇猛さは称える。しかし最優先は生き延びることだ。君たちがここで死ねば、それは無意味になる。……それと、ひとつ尋ねたい。銀髪の女性――ミエラという者を見なかったか? 玉座の間ではなく、今この戦場で、だ」

 一瞬の沈黙の後、後方にいた若い騎士が進み出る。

「確認しております、殿下。銀髪の女性――確かに、レグラス王子と共に市街に入られる姿を見ました」

 その報せに、アイリーンがアイシャを押しのけて前に出た。

「ほんとう!? どこに行ったか分かるの!?」

 剣に手をかける騎士もいたが、アーベンは即座に手を挙げてアイリーンを制止した。

「落ち着いてくれ。……続きを頼む」

 騎士は少し身を引きながらも答えた。

「正確な行き先までは……ですが、確かに戦地を抜け、城下町の奥へと進んでいかれました」

 アーベンは静かに頷いた。

「感謝する。……君たちの護衛は不要だ。なにかあっても、責任は問わぬ。むしろ今このとき、オーデントの騎士が、あの醜き鳥どもの首を落とさずして何を成す? その剣を民のために振るえ。オーデントの騎士たちよ、誇りを見せてくれ!」

 その言葉に鼓舞された騎士たちは、皆が声を上げながら悲鳴の聞こえる方角へ駆け出していった。
 その背中を見送りながら、アイリーンは「やればできるじゃない」と小さく頷き、
 対照的にアイシャは、なおも非難の視線をアーベンに向けていた。

 アーベンは構わず振り返る。

「――さあ、行こう。彼女がここにいるのが確かなら、次に向かう場所も予想通りだろう」

 しかし、三人が再び駆け出そうとしたその瞬間――

 空気が変わった。

 重く、粘りつくような何かが、空間を支配し始める。
 空気が湿り、身体の芯に冷たい何かが這い上がり、今度は頭から足先まで滑り落ちるような奇妙な感覚。

 思考が言葉になる前に、アイリーンが叫んだ。

「――こんなの……船のときと同じっ! だめ、逃げないと!」

 その叫びの意味を、アーベンは即座に理解した。
 これは――神の“力”だ。

 かつて船上でアイリーンたちが体験したという、あの異常現象。
 それと同じ“病の力”が、今、確かに街全体を満たし始めている。


 アーベンの背筋に、冷たいものが走った。


 生き残れる者と、そうでない者が、これから振り分けられる。
 その残酷な選別が、音もなく訪れようとしていた――。
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