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175.マルタンの大事な人
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落ち着いた表情になり、部屋を出て行くアンドレの姿を見て、マルタンは懐かしく思い出した。
ジャンとアンドレの母、イリスの事を。
イリスは男爵家の次女だった。
学園の実業科で一緒に学んだ。
自分は男爵家の四男だから、自分で商会を興そうと思っていると言うと、
「私も次女だから、家の跡を継げるわけでもないし、家のためにどこかの貴族の家に嫁ぐ予定もないから、手に職をつけたいと思っているの」
とイリスも笑った。
実業科で学ぶ女子生徒は当時は少なかった。
イリスは名前の通りに凛とした女性だった。
男子生徒と一緒に泥まみれになりながら実習を行ったりもした。
淑女科に通う女子生徒とは全く異なるイリス。
髪の毛をいつも一つにまとめ、化粧もせずに、日々学問に取り組んでいた。
そんなイリスをマルタンは愛おしく思い、卒業を待たずにプロポーズをした。
こんなに素敵な女性は、あっと言う間に見初められて、連れ去られてしまうのだ。
「俺は男爵家の四男で、財産もないし、貴族でもなくなる。苦労させることも多くなると思うけれど、生涯君を愛し続けると誓うよ」
マルタンのプロポーズに
「普通は『君に苦労をかけることはしない』って言うんじゃないの?」
と言ってイリスは笑った。
そして、
「私も生涯、あなたを愛し続けると誓うわ」
とプロポーズをうけてくれたのだった。
在学中だったこともあり、すぐに結婚には至らず、婚約を結び残りの学生生活を過ごした。
男爵家の四男ではあったが、侯爵の孫でもあり、容姿にも優れていたマルタンを婿に迎えたいと思っていた女子学生たちは落胆し、イリスを罵ったが、マルタンが『自分は商会を興す。貴族の立場を捨てて、一緒に苦労してくれるのか?』と問うと、皆黙った。
卒業してから、イリスとマルタンはがむしゃらに働いた。
王都を離れ、南部の辺境のボーヴォ領で会社を興した。
土地も安く、競合する商会も少なかったからだ。
東の国へと取引を広げ、南部のマルタン商会は、地方の商会としては名の通る商会へと成長した。
イリスとの間に、二人の子どもを授かり、マルタンは幸せな日々を送っていた。
アンドレが3歳になった頃から、イリスは変な咳をするようになった。
マルタンは何度も医者に診てもらうように勧めたが、イリスはそんな時間はない、大丈夫と言った。
当時、ボーヴォ領には医者はおらず、医者にみてもらうには辺境伯領へ行くか、王都まで行くかしなければならなかった。
「こどもたちを置いて、王都には行けないわよ」
イリスは笑った。あなたじゃ、チビたちの相手できないでしょ?と。
「俺にできないことなんかないだろ?大丈夫だから、王都の実家に行って、医者に診てもらって来い」
とマルタンが何度言っても、イリスは大丈夫だと言って、王都に戻ることは無かった。
「じゃぁせめて、辺境伯領の医者に診てもらってほしい」
と再三頼むマルタンに
「本当に心配性なのね。顔に似合わず」
とイリスは笑って、辺境伯領の医者に診てもらうことになった。
受診のために辺境伯領へ行く朝、マルタンはどうしてもイリスと離れ難かった。
「俺も一緒に行くよ」
そういうマルタンに、
「こどもふたりを連れて?大変よ?危ないし」
イリスはそう笑ってから、マルタンに抱きついた。
「明日には帰るわ。お土産は何がいい?こどもたちのこと、よろしくね」
イリスはそう言って辺境伯領へと出発した。
そして、そのまま帰ってくることはなかった。
診察をしてもらった結果、直ぐに投薬治療が必要な状態ということで、辺境伯領の診療所に入院することになったのだ。
入院が必要との連絡を受けたマルタンが辺境伯領へ向かったが、イリスはすでにボーヴォ領へ戻れる状態には無かった。
「村に連れて帰りたい」
マルタンは医者に伝えたが、
「こどもたちにこんな姿は見せたくない」
とイリスは拒んだ。
「俺がこんな田舎で商会を興したために、イリスを医者に診せることができなかった」
と嘆くマルタンに
「馬鹿ねぇ」
とイリスは笑った。
「マルタンと過ごした日々は最高に幸せだったわ。生涯あなたを愛することができたし、あなたも私を愛し続けてくれたわ」
イリスがマルタンに言った最後の言葉は
『ありがとう』
だった。
あんなに素敵な女性は、あっと言う間に神に見初められて、連れ去られてしまったのだ。
その後、マルタンはボーヴォ領に住んでくれる医者を探した。
そろそろ田舎でのんびりと暮らしたいと思っていたところだという医者をようやくみつけることができたとき、マルタンは声をあげて泣いたのだった。
ジャンとアンドレの母、イリスの事を。
イリスは男爵家の次女だった。
学園の実業科で一緒に学んだ。
自分は男爵家の四男だから、自分で商会を興そうと思っていると言うと、
「私も次女だから、家の跡を継げるわけでもないし、家のためにどこかの貴族の家に嫁ぐ予定もないから、手に職をつけたいと思っているの」
とイリスも笑った。
実業科で学ぶ女子生徒は当時は少なかった。
イリスは名前の通りに凛とした女性だった。
男子生徒と一緒に泥まみれになりながら実習を行ったりもした。
淑女科に通う女子生徒とは全く異なるイリス。
髪の毛をいつも一つにまとめ、化粧もせずに、日々学問に取り組んでいた。
そんなイリスをマルタンは愛おしく思い、卒業を待たずにプロポーズをした。
こんなに素敵な女性は、あっと言う間に見初められて、連れ去られてしまうのだ。
「俺は男爵家の四男で、財産もないし、貴族でもなくなる。苦労させることも多くなると思うけれど、生涯君を愛し続けると誓うよ」
マルタンのプロポーズに
「普通は『君に苦労をかけることはしない』って言うんじゃないの?」
と言ってイリスは笑った。
そして、
「私も生涯、あなたを愛し続けると誓うわ」
とプロポーズをうけてくれたのだった。
在学中だったこともあり、すぐに結婚には至らず、婚約を結び残りの学生生活を過ごした。
男爵家の四男ではあったが、侯爵の孫でもあり、容姿にも優れていたマルタンを婿に迎えたいと思っていた女子学生たちは落胆し、イリスを罵ったが、マルタンが『自分は商会を興す。貴族の立場を捨てて、一緒に苦労してくれるのか?』と問うと、皆黙った。
卒業してから、イリスとマルタンはがむしゃらに働いた。
王都を離れ、南部の辺境のボーヴォ領で会社を興した。
土地も安く、競合する商会も少なかったからだ。
東の国へと取引を広げ、南部のマルタン商会は、地方の商会としては名の通る商会へと成長した。
イリスとの間に、二人の子どもを授かり、マルタンは幸せな日々を送っていた。
アンドレが3歳になった頃から、イリスは変な咳をするようになった。
マルタンは何度も医者に診てもらうように勧めたが、イリスはそんな時間はない、大丈夫と言った。
当時、ボーヴォ領には医者はおらず、医者にみてもらうには辺境伯領へ行くか、王都まで行くかしなければならなかった。
「こどもたちを置いて、王都には行けないわよ」
イリスは笑った。あなたじゃ、チビたちの相手できないでしょ?と。
「俺にできないことなんかないだろ?大丈夫だから、王都の実家に行って、医者に診てもらって来い」
とマルタンが何度言っても、イリスは大丈夫だと言って、王都に戻ることは無かった。
「じゃぁせめて、辺境伯領の医者に診てもらってほしい」
と再三頼むマルタンに
「本当に心配性なのね。顔に似合わず」
とイリスは笑って、辺境伯領の医者に診てもらうことになった。
受診のために辺境伯領へ行く朝、マルタンはどうしてもイリスと離れ難かった。
「俺も一緒に行くよ」
そういうマルタンに、
「こどもふたりを連れて?大変よ?危ないし」
イリスはそう笑ってから、マルタンに抱きついた。
「明日には帰るわ。お土産は何がいい?こどもたちのこと、よろしくね」
イリスはそう言って辺境伯領へと出発した。
そして、そのまま帰ってくることはなかった。
診察をしてもらった結果、直ぐに投薬治療が必要な状態ということで、辺境伯領の診療所に入院することになったのだ。
入院が必要との連絡を受けたマルタンが辺境伯領へ向かったが、イリスはすでにボーヴォ領へ戻れる状態には無かった。
「村に連れて帰りたい」
マルタンは医者に伝えたが、
「こどもたちにこんな姿は見せたくない」
とイリスは拒んだ。
「俺がこんな田舎で商会を興したために、イリスを医者に診せることができなかった」
と嘆くマルタンに
「馬鹿ねぇ」
とイリスは笑った。
「マルタンと過ごした日々は最高に幸せだったわ。生涯あなたを愛することができたし、あなたも私を愛し続けてくれたわ」
イリスがマルタンに言った最後の言葉は
『ありがとう』
だった。
あんなに素敵な女性は、あっと言う間に神に見初められて、連れ去られてしまったのだ。
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