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176.失くした人、亡くなった人

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焼き鳥屋フジヤマの個室にロナが入ると、

「呼び出して申し訳ないな」
と先に飲んでいたマルタンが言った。

「珍しいじゃないですか?何かあったの?」
ロナがマルタンの向かいに座ると、マルタンはロナのコップに酒を注いだ。


「俺の妻は病気でな、あっさりと死んでしまったんだが」

マルタンは玉子焼きをつつきながら話始めた。

「いい女でな。学園の実業科で一緒だったんだがな、俺が惚れて、惚れて、必死に口説いたんだよ」

「へぇ」
ロナは注がれた酒に少しだけ口をつけた。

「俺は継ぐ爵位もない四男だからな、商会を興すことを決めていた。イリスと一緒に商会を始めて、子どもも二人授かって、本当に幸せだった」

マルタンはロナをみて、小さく笑った。

「そう」
ロナもマルタンに小さく笑い返した。


「俺なんかと結婚して、こんな田舎に来なければ、あいつはまだ生きていたのかもしれないと思うとな……他のやつと結婚していればとな……」

マルタンは、コップの縁を人差し指でクルクルとなぞった。


「私の前世の夫は、妻と娘を一度に失ったわけだけど……その後どうしているのかと思うわ。ちゃんと生活しているのかしら?」

ロナも同じようにコップの縁をクルクルとなぞった。


「新しい家族をもう一度持っていてくれたらいいとも思うわ。幸せに暮らしていて欲しいと思う。時々は、私と梨奈のことを思い出してくれればね」

ロナはコップの酒をぐっと一気に飲み干すと、

「奥さんだってさ、マルタンさんとジャンとアンドレが笑って、幸せに暮らしてくれることを願ってると思うけど」

とマルタンを見つめて言った。


「そうだろうか……」
「他のやつと結婚していれば……なんてさ、奥さんが本当に他の人と結婚したら、マルタンさんはそれを黙って祝福できたの?」

「いや……それは無理だな……」
「マルタンさんなら、教会から花嫁さんを強奪したわよ。きっと」

「やりかねないな」
そう言って、マルタンも笑った。


「妻は……イリスは、幸せだったのだろうか」
「幸せだったんじゃない?ジャンとアンドレにも会えたし」

「ロナさんも、前世では幸せだったか?」
「幸せだったわよ♪愛する娘と死んでも一緒にいられて、今も幸せよ。息子までできて更に幸せ」

ロナは手酌で酒を注ぐとクイッと飲んで笑った。

「前世の旦那は、どういう人だった?」
「んー。真面目な人。優しくて、気が少し弱くて、梨奈のことが大好きな人」

「テオの父親は、身体が少し弱かったが、真面目で優しくて、テオとリナのことを可愛がっていたぞ」
「そう……そういう人が、あの子たちの父親なのね」


ロナはマルタンのコップに酒を注いだ。
マルタンはその酒をぐいっとあおった。

「アンドレがな、リナが別人みたいに感じたって言い出してな」
「そう……まぁ……訊かれたら正直に答えるけどね」

「アンドレが転生を信じると?」
「あら。マルタンさんは信じてくれてるじゃないの?」


「信じるしかなかろう?」
「そうね。信じることしかできないからね。人間は」




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