冷たい左手

池子

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第三章

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時刻は十三時。
僕達は食堂に集まり、昼食を食べていた。
のり子と美波が用意をしてくれたペペロンチーノは、ニンニクが効いてきて大変美味しい。
昨日から何を食べてもあまり味が分からなかった為、余計に美味しく感じる。
先程密室の謎が解けて、心に少しの余裕が生まれたのが自分でも分かった。
食事を進めていると
「そういえば、この間面接した企業どうだったんだ」
と慎二がパスタを口に含みながら倫太郎へ問いかける。
「一応内定は貰えたよ」
「そうか良かったな。俺は卒業したらそのまま家に戻って、烏間家の後継になる為に親父の横で経験を積んでもらうって言われたぜ。こういう事があると名家の息子ってのも嫌になるよな」
「慎二が不動産屋って変な感じするね。卒業まで問題起こしたりするなよ」
「慎二さんに問題起こすなって、それは無理なお願いじゃないですか」
荒井がそう言って笑った。
そうか、今年で倫太郎達は卒業なのだ。
去年サークルに入ってから倫太郎とは、沢山の時間を共に過ごした。
その時間もあと少ししかないという事を、僕は改めて実感した。
「どの企業から内定を貰ったんですか」
美波がフォークをお皿に置き、口元をナフキンで拭きながら倫太郎へと目を向ける。
「俺の最寄駅の近くにある銀行だよ」
「えっ、それってもしかしてあの大手銀行の事ですか。あそこって中々採用貰えないって有名じゃないですか。倫太郎さん凄いですね」
確か以前倫太郎のアパートへ遊びに行った時に、駅の近くに大きなビルが建っていたのを覚えている。
それに確かあそこは、その銀行の本社でもあった筈だ。
そんな凄いところに来年倫太郎は就職するのだ。
しかし僕はついさっきの彼らの会話で、倫太郎が来年就職をする事を知った。
てっきり倫太郎は、大学院まで行くものだと思い込んでいたのだ。
何故なら彼は、教師になる事が夢だと以前僕に話をしていたからだ。 
その夢は諦めてしまったのだろうか。
「荒井も黒澤も今年三年なんだから、今から就活に向けて頑張らないと、後から大変な思いするかならな」
倫太郎の言葉に荒井は苦笑いをする。
「俺は特に希望の企業はないので、とにかく安定したところに就職したいです。土日休みは外せないですね」
「僕はまだ就職するか進学するかも全然決めていないです」
黒澤がボソボソ声でそう呟いた。
それを聞いた美波が
「黒澤さん以前支援学校に興味があるって言ってましたよね。支援学校って常に人手不足って聞きますし、男性の力があると有難いと思います」と言った。
美波に話しかけられた黒澤は、視線を宙に彷徨わせた後、顔を俯かせた。
美波との会話に嬉しさ半面、緊張している様だ。
「黒澤って見た目に似合わず子供好きなんだよな。確か歳の離れた妹がいるんだっけ」
「今年、小学三年生になったよ」
疑っていた訳ではなかったが家庭の事情を知っているという事は、荒井と黒澤が仲が良いのは本当の様だ。
そんな彼らの話は興味がないとでも言うように慎二が口を挟む。
「美波ちゃんは将来の事とか考えてるの」
「私ですか、そうですね、実は私も支援学校に興味があるんです」
確かに美波は去年の夏休みに、支援学校のボランティアをしていた。
ボランティアの為給料は出ないので、支援学校の空き時間を使って他にアルバイトをしている様だった。
その時期はサークル活動にもあまり顔を出さなかった為、心配になりよく連絡を取っていた。
美波は身体は大変だけど、子供達の為に働けて嬉しいと話していた。
その時僕は、彼女の芯の強さを見た気がした。
「へぇ立派なもんだなあ。俺とは大違いだ」
慎二が口を大きく開けて笑う。
その隣に座っている荒井が、食後の紅茶を飲みながら僕の方を向く。
「佐々木は何かやりたい事はあるの」
やりたい事か、考えた事がなかった。
幼い頃から目指している夢もないので、なんとなくどこかの企業に就職して、会社員にでもなるのだろうと思っている。
大学に入ったのも親から言われたから入っただけで、僕は正直どちらでも良かったのだ。
思い返せば僕は、自分自身で大きな決断をした事がない。
いつも誰かの意見に流されて、乗せられていた気がする。
「今のところは無いです」
「そうだよな、佐々木はまだ二年生だしね。俺も来年に向けてそろそろ頑張らないと」
そんな彼等を見ているとふと感じる事があった。
いつもの推理サークルの雰囲気だ。皆何処か顔に生気が戻った気がする。
この別荘を出た後の未来の話が、全員に元気を与えてくれたのかもしれない。
全員でここから必ず帰る、そう僕は強く願った。



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