旦那様、政略結婚ですので離婚しましょう

おてんば松尾

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夫人の予算

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数時間後、マルスタンが私の部屋へやってきた。
マリーはソファーに案内したが、彼は立ったまま袋に入った金貨を文机の上にドサリと置いた。
そして持ってきた台帳の頁を開いた。

「これが婦人の予算が記されたものです」

真っ白なページの最初の一行に日付と入金、金額が記されていた。


『500万ルラ』
この部屋ごと買えるほどの金額だった。
金額には満足だったが、インクの乾ききっていない様子から先ほど急いで書いたのではないかと思われた。
何も言わなければ、私には使わせるつもりはなかったのではないかと思ってしまった。

「ありがとう。これで買い物ができるわ」

「あくまで、今回の金額は結婚されたばかりで入用の物も多いかと想定されたもので、普段はこんなにありません。お金なら奥様の持参金も、支度金もそのまま手つかずでしょう?個人的な買い物ならそこから出されてもいいと思いますけど」

皮肉だろう。
私の家から用意された持参金は使うつもりはない。
スノウにはそのお金は自分で管理をするようにといわれたけれど、公爵家へ持ってきたものには手を付けるつもりはない。
支度金は公爵家が花嫁の準備のためにと用意したものだけど、それも結婚生活がうまくいかなかった場合返金できるようにそのまま置いている。

「それらは大金ですので、王都の銀行に預けています。私が個人的に自由に使えるお金は持っていませんでした。ですから夫人の予算は有り難く使わせていただきます」

ニコリと微笑んで金貨の入った袋を引き出しにしまった。
後でこの金貨はどこか別の場所へ隠すつもりだ。部屋の中においておける金額ではない。
私の部屋には専用の金庫があるけど、そこには特に貴重なものは入れなかった。
屋敷の者には信用されてはいないようだし、私だって信用していない。
防犯対策は大事よね。


「あぁ、それとですね。確認しましたら、三日後は馬車が出払っていますので用意できないようです。買い物をするならまた別の日にお願いします」

馬車の手配は三日前って言ったくせに。

「……そうなのですね。日を改めます。何時なら馬車は空いているのですか?」

「まぁ、予定のない日をお教えしてもよろしいですが、馬車が当日になって急に使えなくなったり、故障したりすることもありますしねぇ」

マルスタンは嫌味な笑顔で、返答した。

なるほどそうきたか。

「そうですか。承知しました」

「わざわざ公爵家に面倒なことを頼まず、勝手に出かけられたらいいのでは?勿論私共は奥様が勝手な行動に出られても知りませんし。我が儘にお付き合いもできませんので」

『何かあれば責任が』とか言っていませんでしたか?ま、いいです。
お金は渡しても、私に自由に使わせたくないのでしょうね。

「では、屋敷の家令の方々のご迷惑にならないようにいたします」

「分かられたのでしたら、これで失礼いたします」

マルスタンはしてやったりという様子でニヤリと笑い部屋を後にした。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「何なんですかあの態度!いくら執事だといっても、立場は公爵夫人のアイリス様のほうが上です。ただの意地悪にしか思えません」

マリーがプリプリと腹を立てている。

「ふふ、そうよね」

「お嬢様、笑っている場合じゃないですよ!」

「ごめんなさいマリー。先ほどマルスタンを言い負かしたから、多分反撃に出られたのよ。大人気なくって面白いって思ってつい笑っちゃった」

マリーは私の楽観的な態度に驚いたようだった。

「ことを荒立てずにとずっとおとなしくしてきましたけど、先が見えない状態だと私も気が滅入ってしまいます。女性だけで外出ができないことをわかっていて、勝手にすればいいなんて言ったのですよ、あの執事」

そうよねと相槌をうった。

「だからこれからは、自分の生きたいように生きてもいいかもしれない」

考えていたことをマリーに告げた。すると彼女の顔がパッと明るくなった。

「ええ。それはもちろんです!」

「無駄な淑女教育でも、そこから学んだことは多かったわ。報われないのなら、せめて今後の人生は自分で思うように生きて行きたいわ」

「……と、申しますと?」

「彼は、奥様が勝手な行動に出られても私共は知りませんって言ったわ」

「はい。お嬢様の面倒は見たくないって意味ですよね……」

「我が儘には付き合いたくない。自己責任で勝手にすれば良いってことよね」

「屋敷を預かる執事としては失格ですよ。最低な男ですね」

「私が勝手な行動に出ても、屋敷の家令達は、知らない間にご自分で勝手に外出されましたと言うでしょうね。『許可を出したわけではないですが、奥様のほうが立場が上なので』とでもなんとでも言い訳できるしね」

「そうですね。危険な目にあったりしても、責任は本人に取らせればいいし、何より護衛もつけず、馬車も用意されていないので外出できるはずがないと思っているでしょう」

私はマリーを見て合図を送るように頷いた。

「アイリス様……出ますか?」

「ええ。外出します」


私は何を言われても動じない強い精神を、長年の王妃教育で学んだ。
誰よりも強く賢く潔くそして気高く。そう生き抜くための戦法を学んだ。
こんなところで役に立つなんて思わなかったけど、考えられる頭が私にはある。

それこそマリーは施設生まれの市井育ちだ。
頭の回転が速く、女性だけど腕っぷしは強いし機転が利く。市井に出る付き添いに彼女以上の適任者はいないだろう。マリーは誰よりも頼りになる。

女二人だけで街へ行くなんて、今まで考えてもみなかったけど、勝手にすればいい生活なんてまさに天国だわ。




その夜、これからやるべきことをマリーと二人で話し合った。


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