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30 if ソフィアの捜索

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ソフィアの実家のある領地は、ぶどうの名産地で、ぶどう畑が緩やかな丘に広がっている。水はけのよい乾燥した土壌がブドウの栽培に適しているようだ。今の季節は収穫期ではないので、農夫たちはみな、ぶどうの木の皮をはいで、害虫が隠れる場所を無くす作業を行っていた。

バーナードは領地を出て、三日かけてソフィアの故郷へやってきた。ソフィア付きのメイドのミラがここの出身だと分かったからだった。

ソフィアがいなくなった時期に仕事を辞めたメイドはただ一人だ。ミラはソフィアと共にいる。

大きな部屋が一つあるだけの天井の高い平屋にバーナードはいた。
そこはぶどう農家の夫婦が二人で住んでいる民家だった。日に焼けた農夫は年齢より年老いて見えた。

「どうか……お願いします」

バーナードは椅子から降りて床に跪いていた。

「領主様、お立ち下さい。そんな、膝をつかれてもわしらは何も……娘からは手紙がくるだけで住所は書いていないんです」

まさかこんなに身分の高い人間が自分たちの前で膝をつくなど思ってもみなかったのか、農夫の額から汗が流れてきて顎を伝った。

「今帰って来たばかりなんで、何も……そのお構いできませんで」

「いえ、こちらこそ突然お伺いしまして大変申し訳ありませんでした」

「おい、お前、ミラからの手紙を持ってこい」

農夫は妻に届いた手紙を持ってくるように言った。汗を服でぬぐいながら困ったような顔をしている。

「住所も書いてないんで、こっちから返事は出してないんですよ。お役に立てるかどうか……」

妻は食器棚の上の棚から大事そうに木箱を取り出し、中に入っている手紙をバーナードに渡した。

「本当に何もわからないんですよ。元気でやっているから心配するなとか、そんなことしか書いてないですし」

「こんなに遠くまで来て下さったのは有り難いですが、領主様がお知りになりたいことが分かるかどうか。すまないことです」

農夫は申し訳なさそうに手紙をバーナードに手渡した。
手紙は束になっていたが、最近来たものは二通だった。
バーナードの領地から出したものには差出人の住所が記載されていたが、その二通は差出人の名前だけしか書いていなかった。
けれど何もわからない状況から抜け出せる手掛かりになる。

「いえ。その……手紙を拝見してもよろしいでしょうか?大切な物だとは承知していますが」

「いや、どうぞどうぞ。本当に大したことなんて書いてないんですよ」

「これは……ボルナットの消印」

「はい、娘は外国に行っているんです」

「そうそう旅立つ前に家に一度帰って来てね。ソフィア様がボルナットに行くからついて行くって言うんですよ。まったくどれだけお嬢様が好きなのかねぇ」

「おい!ダメだろ。ソフィア様のことは誰にも言うなって言われてただろう!」

「でもねぇ、だってあんた手紙を見せてんだから、今更内緒なんて無理よねぇ……っと領主様。その、私らから聞いたって言わないでくださいな。ミラに怒られちゃう」

ボルナット……大国だ。

他国間のどのような戦争にも加わらず中立の立場を崩さず、強大な国家となった国。

我が国は軍事国家。戦争で国土を広めてきた国だ。逆にボルナットは防衛力に長けている国。先駆的な設備を誇り、どんな敵が攻め入ろうとも鉄壁の守りで敵を寄せ付けないという。戦わず平和を維持するため王族同士の婚姻を政略的に決める国だ。

今回、ステラ王女は国同士の平和維持の為、ボルナットの第一王子と結婚する。

ボルナットはステラ王女が嫁ぐ国。

ソフィアはボルナットにいる。





ステラ王女の援助があったからか……
邸に帰るまであらゆる可能性を考えていた。

もしかしてステラ王女の侍女としてボルナットに渡ったか。
だとしたらソフィアに会うのは難しいだろう。
自国にいた時でさえ謁見は叶わなかった。
ボルナットの王太子妃になったら謁見なんて絶望的だ。

だが貴族籍を抜いたという彼女が、王宮へ立ち入ることができるかどうかは微妙な所だろう。詳しい居所が分かれば……

コンタンは頭脳派だ。私がどう言おうと絶対にソフィアの居場所を教えてはくれない。

彼女と会う手段として慰謝料の受け渡しを提言したが拒否された。
話し合うために会いたいと申し出ても無理だ。
手を変え品を変えいろいろ試してみたが、コンタンは一筋縄ではいかなかった。

慰謝料の支払いを直ぐに拒否できるということは、今現在ソフィアは困窮しているわけではないということだ。
けれど彼女は贅沢品を持っていたわけではなかった。売って金にしようにも宝石などは戦時中手放したと聞いている。
彼女の金の流れを追えば、居場所を突き止められると思ったが銀行などの金融資産で彼女名義の物は存在しなかった。
古い帳簿も出し収支を調べた。勿論屋敷の者の協力はなく手伝ってはくれない。

「一人でやるしかないな……」

執務室で出納帳と向き合っていると、彼女がどれほど今までこの屋敷の為に金策に苦労してきたかが分かった。

「クソッ、帰還してから俺は妻に何もしてやっていない。せめて新しいドレスや宝石や、美味しい食事……クソッ。レストランさえ一緒に行ってやれなかった」


ドアをノックする音が聞こえる。入ってきたのはダミアだった。

「どうした……」

「旦那様が何かおっしゃっていたように思いましたので」

「ああ。すまない独り言だ」

ダミアは私の机の前まで来ると、静かに口を開いた。

「旦那様。僭越ながら、奥様は新しいドレスや豪華な宝石など欲しがっていらっしゃいませんでした。ただ旦那様と共に過ごす時間が欲しかったのではないでしょうか」

「共に過ごす時間……」

ソフィアは私と一緒にいたかった……
彼女は妻だ一緒にいるのは当たり前だ。だがいろんなことがあり時間を作るのは難しかった。あのときは軍の仕事もあった。マリリン親子のことも……

私が一緒にいれば良かったんだ。
私がダミアの言葉を考えていると彼女が続けた。

「私は毎日、忘れずに仕事のメモを取っています」

右の眉を上げ何が言いたいのか問うた。
知っている。昔からずっとダミアはメモ魔だった。だから仕事もミスなくこなすし、何より事細かな日常のことまで見逃さず、誰よりも邸の中の事情に精通していた。

「宜しければ、奥様がこちらに嫁いで来られた三年前からのメモをご覧になられますか?」

私はダミアの顔を見る。
幼い頃から知っている何事にも動じない、メイド長のクールな表情だ。でも彼女のその顔が少し歪んだように見えた。

「……是非読ませてもらいたい」

三年前、彼女が私の妻になった時からのことだ。私はダミアから何冊も重ねられた小さなメモの束を受け取った。


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