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第2部 自由

イリスからの申し出

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「それでは私たちはこれで失礼する」

 一礼をしてからクレアとアーサーは、玄関へと向かった。
 チラリと後ろを振り返ると、ブルーノはなお睨みつけていたが、イリスが扇子に口を当てて何かを耳打ちすると深く椅子に腰掛けてイリスと会話を始めた。

 ホッと胸を撫で下ろしていると、前方を歩くアーサーが視線を前方に向けたまま話しかける。

「クレア、すまなかった。君をどんな理由があっても一人にしてはいけなかった」
「いえ……」

 クレアはとても嬉しかったが、胸から熱いものが込み上げてきて言葉にできそうになかった。
 それ以上言葉を紡がず、二人は家令と共に馬車に乗り込もうとする。

「お待ちください」

 綺麗な声の女性に話し掛けられたので誰かと思い振り向くと、そこにはイリスが立っていた。

「殿下。先ほどは大変失礼をいたしました。つきましては、クレア様とお話をさせていただきたいので、五分ほどクレア様のお時間をいただけませんこと?」
「断る」
「あら、先ほどの一件でとても警戒されてしまったのですわね。けれど大丈夫ですわ。あなた様が思っているようなことは起こりません」

 アーサーはなお警戒を緩めない。

「アーサー様、心配ありません。少し話をするだけですから」

「分かった。だが、何かあればすぐにクロを行かせる」
「はい」

 アーサーは馬車に乗り込んだが、窓のカーテンを開けて遠目で二人の様子を確認しているようだ。
 実質、二人きりとなった空間でイリスはクレアを真っ直ぐに見つめ、深く辞儀をした。

「わたくしの婚約者が、クレア様と皇太子殿下を侮辱する発言をしたことをここにお詫びいたします。大変申し訳ございませんでした」

 なお辞儀をし続けるイリスの様子に、クレアはさあっと心が冷静になっていくのを感じた。
 イリスが決して、表面的に謝罪をしているのではないと感じられたからだろうか。

「頭をお上げください、イリス様。……確かにあまり気持ちのよい言葉ではありませんでしたが、わたくしも充分不義理をいたしましたので」

 第一皇子に対してあのような発言をすることは、通常ではまかり通らないだろう。
 身体を起こしたイリスは表情を和らげた。

「クレア様はとても寛容なお方ですわね。だからこそ、わたくしはあなた様と交流を持ちたかったのです。いずれ、わたくしたちはそれぞれ嫁いで家族になるのですし、それに……」

 イリスは真っ直ぐにクレアに視線を向けた。
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