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第1部 仮初めの婚約者

ずたぼろに

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 そして、時が流れ今日はクレアとアーサーの婚約式の日である。
 朝から第二宮中では、侍女や下女らが忙しく動き回り支度を整えていた。

 婚約式自体は、この後午前中の十時ごろから皇宮の敷地内の礼拝堂で行うので、今は主にクレアとアーサーの身支度を行っているのだが、ある侍女の悲鳴がきっかけで婚約式事態に暗雲が立ち込めた。

「きゃあああああああ‼︎」

 自室でリリーたちと共に婚約式の最終確認をしていたクレアは、突然の悲鳴に驚きその声の方向へと走り出した。
 幸い今身につけているのは簡易的なドレス、ラウンド・ガウンであるので、走ることには問題がなかった。

 作法的には非常に不味いが、クレアは咎めなら後で受けると内心思いながらその声が聞こえた部屋へと走り通し、件の部屋へとたどり着いた。
 普段、全速力で走ることなど無いので、到着した途端呼吸が乱れるが、必死に整えながら室内を確認すると──

 そこには、トルソーに掛けられたズタズタに切り裂かれた婚約式衣装が置かれていた。
 あまりの事態に、クレアは自分の目の前で今、何が起きているのかを理解をすることができずにいた。

「……これは何ですか……?」

 ほぼ、放心状態で抑揚の無い声で呟いた。
 目前で起きっていることが認識することができない。そのトルソーのは婚約式で着るはずの衣装がかけられていたはずである。

 それなのに、今実際に目の前にあるのは見るも無残な、元の姿とはまったく異なる布切れとなった存在だった。

「クレア様……」

 クレア付きの侍女は身を震わせて振り返った。その表情は固く凍りついている。

「まさか……これは……」

 侍女は目を閉じて大きく息を吐くと、小さく頷いた。

「はい……。先ほど衣装を移動するために参ったところ……すでに……このような姿に……」

 それは、紛れもなくクレアの婚約式の衣装だった。

 アーサーと共に仕立て屋に赴き、故郷の母親の思い出の刺繍が入った大事な衣装……。

「………………」

 言葉がでてこなかった。
 大切な、大切な思い出のある特別な衣装だったのに。それがみるも無残な、ズタボロな姿に成り果ててしまった。

 思考が停止する。誰かの仕業なのかもしれない。その思いが掠めるが、だが停止する。

「大丈夫か?」

 どうやら、思考が停止してから幾らかの時が流れていたようだ。
 気づいた時には先ほどの侍女の姿はなく、代わりにクレアの目前にはアーサーが立っていた。

 音が、時間が、一気に身体に戻ってきたように感じる。

「アーサー様……」

 人は真の衝撃に突然見舞われた時、身体が硬直し思考は閉ざされ言葉を発することができなくなると人づてに聞いたことがあったが、まさに今クレアはその状態であった。

 アーサーは真っ直ぐトルソーの方を見ていた。

「……至急衣装を切り裂いた輩の捜索を行うように取り計らう。……クロ」
「はっ!」

 どこからともなく、黒の衣服を着用した黒髪の男が現れた。

「ことの収束に速やかに当たれ」
「御意」

 次の瞬間には、その男は室内から姿を消していた。まるで先ほどの出来事など始めから何もなかったようだ。
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