人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜

清川和泉

文字の大きさ
上 下
45 / 96
第1部 仮初めの婚約者

秘められた力の解放

しおりを挟む
「クレア、すぐに替えの衣装を用意させる。式は問題なく開始できるだろう」

 俯くクレアの肩に手が置かれると、反射的に彼女はアーサーを見上げた。
 アーサーは大きく目を見開く。おそらくクレアが大粒の涙を流しているからだろう。

「……駄目です……」

 思えば、ここに来てから泣いたのは乳母のメリッサが亡くなった時だけだった。
 それ以外は、皇女たちからどんなに虐げられても涙を流すことはなかったのだ。

 だが、この事態は駄目だ。
 これまで散々悪意は向けられてきたし嫌がらせもされてきた。
 だが、この衣装に手を出すのだけは許されないことだと強く思った。

「……大切な想い出の詰まった……大切な衣装だったんです。お母様のドレスの刺繍……アーサー様との想い出も……」
「クレア……」

 アーサーはクレアの涙をそっと自身の指で拭った。

「大丈夫だ。衣装は切り裂かれても想い出は決して消えはしない」
「想い出は……消えない……」

 その言葉を飲み込んだ瞬間、自分の中に一気に渦巻いていたドス黒い感情が一気に綺麗な光によって浄化されていく、そんな感覚が過った。

 ──マイナスからプラスへ。

 クレアは無意識にトルソーに右手を翳した。
 すると、瞬く間に白光が衣装を包み込み室内中に光が広がった。それは優しく温かみのある光だと感じた。

「私にとって、とても大切な衣装だった。だから────!」

 破れた衣装を両手で抱え込むと、それ自体が光に包み込まれていった。
 眩い白い光。何処までも温かく心地の良い光だと感じた。

 そして、目を見張るような出来事が起きた。
 ズタズタに引き裂かれた衣装が光に包まれ、徐々に修復を始めたのだ。

「……一体、何が……?」

 クレアもアーサーも呆然と目前の光景を見ていたが、一分も経たぬうちに完全に元の姿を取り戻した衣装を目の当たりにするとクレアの身体が小刻みに震え出した。

「あ、あの……、い、今のは……」

 直感で今の出来事は何だったのか悟ることはできていた。だがその旨を言葉にする勇気はまだ気が動転してできそうになかった。

「君は今……」

 アーサーも何かを言おうとしたが、震える彼女の身体を目の当たりにしたからか、少し間を置いてから切り出した。

「君は、魔法使いなのか?」
「魔法使い……?」
 
 魔法使いはこの帝国において総人口の一割にも満ちないほど少なく、その代わり彼らは生まれた時から貴重な人材として丁重に帝国に管理をされていた。
 当然、クレアも幼い頃や連れて来られてきた当初に魔力鑑定などは受けたのだが、魔法使いではないと鑑定されたはずである。

「い、いえ。私は魔法使いではないと鑑定されているはずですが……」

 だが、だとしたら先ほどの現象の説明がつかなかった。
 何故なら先ほどの現象はどうみても非科学的であり不可思議なものだったからだ。

「……ともかく、このことは私と君の間の秘密にしよう。幸い今ここにクロはいないし、先ほどの侍女には根回しをしておけば問題はないだろう。……このことが万が一皇帝に知られたら不味いことになるだろうから」

 背筋が凍りつくようだった。
 自分に何か未知なる力があるとはまだ判断がつかないが、先ほどの現象を皇帝が知ることになったらおそらく利用されるか、それとも強力な力を持った人間は不要と始末されるか……。

 ともかく、どちらとも想像するだけで恐ろしく蹲りたくなった。

「……分かりました」

 そうしてアーサーはクレアにとって最大の秘密を共有することになった。
 だが、クレアは何故か不思議とそのことに対して嫌悪感や不安感は抱かず、反対にどこか安堵感を抱いていたのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら、婚約者様。私を騙していたあなたの顔など二度と見たくありません

ゆうき
恋愛
婚約者とその家族に虐げられる日々を送っていたアイリーンは、赤ん坊の頃に森に捨てられていたところを、貧乏なのに拾って育ててくれた家族のために、つらい毎日を耐える日々を送っていた。 そんなアイリーンには、密かな夢があった。それは、世界的に有名な魔法学園に入学して勉強をし、宮廷魔術師になり、両親を楽させてあげたいというものだった。 婚約を結ぶ際に、両親を支援する約束をしていたアイリーンだったが、夢自体は諦めきれずに過ごしていたある日、別の女性と恋に落ちていた婚約者は、アイリーンなど体のいい使用人程度にしか思っておらず、支援も行っていないことを知る。 どういうことか問い詰めると、お前とは婚約破棄をすると言われてしまったアイリーンは、ついに我慢の限界に達し、婚約者に別れを告げてから婚約者の家を飛び出した。 実家に帰ってきたアイリーンは、唯一の知人で特別な男性であるエルヴィンから、とあることを提案される。 それは、特待生として魔法学園の編入試験を受けてみないかというものだった。 これは一人の少女が、夢を掴むために奮闘し、時には婚約者達の妨害に立ち向かいながら、幸せを手に入れる物語。 ☆すでに最終話まで執筆、予約投稿済みの作品となっております☆

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

「君以外を愛する気は無い」と婚約者様が溺愛し始めたので、異世界から聖女が来ても大丈夫なようです。

海空里和
恋愛
婚約者のアシュリー第二王子にべた惚れなステラは、彼のために努力を重ね、剣も魔法もトップクラス。彼にも隠すことなく、重い恋心をぶつけてきた。 アシュリーも、そんなステラの愛を静かに受け止めていた。 しかし、この国は20年に一度聖女を召喚し、皇太子と結婚をする。アシュリーは、この国の皇太子。 「たとえ聖女様にだって、アシュリー様は渡さない!」 聖女と勝負してでも彼を渡さないと思う一方、ステラはアシュリーに切り捨てられる覚悟をしていた。そんなステラに、彼が告げたのは意外な言葉で………。 ※本編は全7話で完結します。 ※こんなお話が書いてみたくて、勢いで書き上げたので、設定が緩めです。

【完結】愛してるなんて言うから

空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」  婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。  婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。 ――なんだそれ。ふざけてんのか。  わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。 第1部が恋物語。 第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ! ※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。  苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。

【完結】私の婚約者は、いつも誰かの想い人

キムラましゅろう
恋愛
私の婚約者はとても素敵な人。 だから彼に想いを寄せる女性は沢山いるけど、私はべつに気にしない。 だって婚約者は私なのだから。 いつも通りのご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不知の誤字脱字病に罹患しております。ごめんあそばせ。(泣) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん
恋愛
───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。 アルペンハイム公爵令嬢ツツェーリアは、目の前で婚約者であるアルベルト王子が恋に落ちた事に気付いてしまった。 ツツェーリアがそれに気付いたのは、彼女自身も人に言えない恋をしていたから─── 「殿下。婚約解消いたしましょう!」 アルベルトにそう告げ動き出した2人だったが、王太子とその婚約者という立場ではそれは容易な事ではなくて……。 『平凡令嬢の婚活事情』の、公爵令嬢ツツェーリアのお話です。 途中、前作ヒロインのミランダも登場します。 『完結保証』『ハッピーエンド』です!

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

処理中です...