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第1部 仮初めの婚約者
秘められた力の解放
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「クレア、すぐに替えの衣装を用意させる。式は問題なく開始できるだろう」
俯くクレアの肩に手が置かれると、反射的に彼女はアーサーを見上げた。
アーサーは大きく目を見開く。おそらくクレアが大粒の涙を流しているからだろう。
「……駄目です……」
思えば、ここに来てから泣いたのは乳母のメリッサが亡くなった時だけだった。
それ以外は、皇女たちからどんなに虐げられても涙を流すことはなかったのだ。
だが、この事態は駄目だ。
これまで散々悪意は向けられてきたし嫌がらせもされてきた。
だが、この衣装に手を出すのだけは許されないことだと強く思った。
「……大切な想い出の詰まった……大切な衣装だったんです。お母様のドレスの刺繍……アーサー様との想い出も……」
「クレア……」
アーサーはクレアの涙をそっと自身の指で拭った。
「大丈夫だ。衣装は切り裂かれても想い出は決して消えはしない」
「想い出は……消えない……」
その言葉を飲み込んだ瞬間、自分の中に一気に渦巻いていたドス黒い感情が一気に綺麗な光によって浄化されていく、そんな感覚が過った。
──マイナスからプラスへ。
クレアは無意識にトルソーに右手を翳した。
すると、瞬く間に白光が衣装を包み込み室内中に光が広がった。それは優しく温かみのある光だと感じた。
「私にとって、とても大切な衣装だった。だから────!」
破れた衣装を両手で抱え込むと、それ自体が光に包み込まれていった。
眩い白い光。何処までも温かく心地の良い光だと感じた。
そして、目を見張るような出来事が起きた。
ズタズタに引き裂かれた衣装が光に包まれ、徐々に修復を始めたのだ。
「……一体、何が……?」
クレアもアーサーも呆然と目前の光景を見ていたが、一分も経たぬうちに完全に元の姿を取り戻した衣装を目の当たりにするとクレアの身体が小刻みに震え出した。
「あ、あの……、い、今のは……」
直感で今の出来事は何だったのか悟ることはできていた。だがその旨を言葉にする勇気はまだ気が動転してできそうになかった。
「君は今……」
アーサーも何かを言おうとしたが、震える彼女の身体を目の当たりにしたからか、少し間を置いてから切り出した。
「君は、魔法使いなのか?」
「魔法使い……?」
魔法使いはこの帝国において総人口の一割にも満ちないほど少なく、その代わり彼らは生まれた時から貴重な人材として丁重に帝国に管理をされていた。
当然、クレアも幼い頃や連れて来られてきた当初に魔力鑑定などは受けたのだが、魔法使いではないと鑑定されたはずである。
「い、いえ。私は魔法使いではないと鑑定されているはずですが……」
だが、だとしたら先ほどの現象の説明がつかなかった。
何故なら先ほどの現象はどうみても非科学的であり不可思議なものだったからだ。
「……ともかく、このことは私と君の間の秘密にしよう。幸い今ここにクロはいないし、先ほどの侍女には根回しをしておけば問題はないだろう。……このことが万が一皇帝に知られたら不味いことになるだろうから」
背筋が凍りつくようだった。
自分に何か未知なる力があるとはまだ判断がつかないが、先ほどの現象を皇帝が知ることになったらおそらく利用されるか、それとも強力な力を持った人間は不要と始末されるか……。
ともかく、どちらとも想像するだけで恐ろしく蹲りたくなった。
「……分かりました」
そうしてアーサーはクレアにとって最大の秘密を共有することになった。
だが、クレアは何故か不思議とそのことに対して嫌悪感や不安感は抱かず、反対にどこか安堵感を抱いていたのだった。
俯くクレアの肩に手が置かれると、反射的に彼女はアーサーを見上げた。
アーサーは大きく目を見開く。おそらくクレアが大粒の涙を流しているからだろう。
「……駄目です……」
思えば、ここに来てから泣いたのは乳母のメリッサが亡くなった時だけだった。
それ以外は、皇女たちからどんなに虐げられても涙を流すことはなかったのだ。
だが、この事態は駄目だ。
これまで散々悪意は向けられてきたし嫌がらせもされてきた。
だが、この衣装に手を出すのだけは許されないことだと強く思った。
「……大切な想い出の詰まった……大切な衣装だったんです。お母様のドレスの刺繍……アーサー様との想い出も……」
「クレア……」
アーサーはクレアの涙をそっと自身の指で拭った。
「大丈夫だ。衣装は切り裂かれても想い出は決して消えはしない」
「想い出は……消えない……」
その言葉を飲み込んだ瞬間、自分の中に一気に渦巻いていたドス黒い感情が一気に綺麗な光によって浄化されていく、そんな感覚が過った。
──マイナスからプラスへ。
クレアは無意識にトルソーに右手を翳した。
すると、瞬く間に白光が衣装を包み込み室内中に光が広がった。それは優しく温かみのある光だと感じた。
「私にとって、とても大切な衣装だった。だから────!」
破れた衣装を両手で抱え込むと、それ自体が光に包み込まれていった。
眩い白い光。何処までも温かく心地の良い光だと感じた。
そして、目を見張るような出来事が起きた。
ズタズタに引き裂かれた衣装が光に包まれ、徐々に修復を始めたのだ。
「……一体、何が……?」
クレアもアーサーも呆然と目前の光景を見ていたが、一分も経たぬうちに完全に元の姿を取り戻した衣装を目の当たりにするとクレアの身体が小刻みに震え出した。
「あ、あの……、い、今のは……」
直感で今の出来事は何だったのか悟ることはできていた。だがその旨を言葉にする勇気はまだ気が動転してできそうになかった。
「君は今……」
アーサーも何かを言おうとしたが、震える彼女の身体を目の当たりにしたからか、少し間を置いてから切り出した。
「君は、魔法使いなのか?」
「魔法使い……?」
魔法使いはこの帝国において総人口の一割にも満ちないほど少なく、その代わり彼らは生まれた時から貴重な人材として丁重に帝国に管理をされていた。
当然、クレアも幼い頃や連れて来られてきた当初に魔力鑑定などは受けたのだが、魔法使いではないと鑑定されたはずである。
「い、いえ。私は魔法使いではないと鑑定されているはずですが……」
だが、だとしたら先ほどの現象の説明がつかなかった。
何故なら先ほどの現象はどうみても非科学的であり不可思議なものだったからだ。
「……ともかく、このことは私と君の間の秘密にしよう。幸い今ここにクロはいないし、先ほどの侍女には根回しをしておけば問題はないだろう。……このことが万が一皇帝に知られたら不味いことになるだろうから」
背筋が凍りつくようだった。
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ともかく、どちらとも想像するだけで恐ろしく蹲りたくなった。
「……分かりました」
そうしてアーサーはクレアにとって最大の秘密を共有することになった。
だが、クレアは何故か不思議とそのことに対して嫌悪感や不安感は抱かず、反対にどこか安堵感を抱いていたのだった。
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