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しおりを挟むブリジットはすっかり怒ってしまったのか、寮に帰っても、共同の居間に姿はなく、部屋に閉じ籠っている様だった。
だが、翌朝には、昨日の事など無かったかの様に、いつも通りに顔を見せ、いつも通りの態度だった。
「おはよう、早く食堂に行きましょう」
「おはよう、朝食は何かな?」
「おはよう、お腹空いたねー」
謝って来ない所を見ると、悪いとは思っていないのだろう。
わたしもわたしで、蒸し返すのも嫌だったので、流す事にした。
そうして、週末がやって来る___
◇◇
新入生歓迎パーティの日、わたしたちは朝早くに起き、念入りに支度を始めた。
互いに手を貸しながら、用意していたドレスを着て、髪を巻いたり、髪飾りを飾ったり…
中々の大仕事だ。
だが、その甲斐もあり、満足のいく仕上がりになった。
ふわふわとした淡いピンク色のドレスは、夢の様だし、白いモチ肌は健在で、化粧はバッチリ!
白金色の髪はウェーブを掛け、ハーフアップにして、ピンク色の花の髪飾りを付けている。
姿見の前で、あれこれとポーズを付ける。
長い睫毛をパチパチとさせて、ピンク色の唇を尖らせて見せる…
「うん、可愛い!」
ただ、横に広いだけ!
寮の玄関を出た所で、「エリザ、頑張ってねぇ!」と、ジェシーが背中を押してくれた。
「ありがとう!」とわたしはジェシーにウインクをし、一転、背筋を伸ばし、顎を上げ、令嬢の佇まいで門へと歩いた。
門の外には、数人の着飾った男子生徒たちが待ち伏せていて、ソワソワと目当ての女子を待っていた。
わたしの姿を見ると…
「なんだ、白豚か」
あからさまにガッカリされる。
頭にきたが、折角のパーティの日だ、わたしは許す事にし、エミリアンの姿を探した。
エミリアンは男子生徒たちから離れて、ポツンと立っていたが、わたしを見つけて微笑み、手を上げてくれた。
わたしは走って行きたい気持ちを押さえ、優雅にそちらに向かった。
「げ!嘘だろ!」「あれって、公爵子息じゃん…」
周囲の男子生徒たちがざわざわとするのを物ともせず、わたしはタキシード姿のエミリアンにカーテシーをして見せた。
「エミリアン様、お待たせ致しました」
「凄く綺麗だよ、エリザ…」
甘い囁きに、うっとりとしてしまう。
わたしは自分が太っている事も忘れ、その称賛に酔いしれた。
「ありがとう、あなたはいつも素敵だけど、今日は特別素敵よ、エミリアン!」
エミリアンは少し恥ずかしそうにしたが、大袈裟に言った訳ではない。
暗紫色に銀色の刺繍の入ったタキシードは、エミリアンに良く似合っていた。
「ありがとう、エリザ…」
エミリアンが、そっと、一輪の花を差し出した。
それは、ピンク色のガーベラ。
ドレスの色は教えていなかったのに、合わせた様にピッタリだ。
「素敵!ありがとう!髪に挿すわ!」
わたしが言うと、エミリアンが挿してくれた。
こんな事をしてくれるとは思ってもみず、わたしは真っ赤になった。
「エミリアン、慣れているのね…?」
もしかして、実は女好きだったりするの???
疑惑の目で見てしまったが、エミリアンは全く気付いていなかった。
「姉がいるから、姉さんが家を出るまでは、僕が手伝う事もあって…」
悪役令嬢ドロレスに、扱き使われていたのね!?
ああ!なんて、可哀想なの!!悪役令嬢の弟として生まれた宿命かしら!
わたしは同情したのだが、それは間違いだった様だ。
エミリアンは寂しそうな目をしていた。
「姉さんが家を出るまでは、仲が良かったんだけどね…」
姉弟仲が良かったんだ?
意外…
「お姉さんの事、好きなんだ?」
「うん、姉さんはいつも僕を助けてくれたんだ、カッコ良くて、僕の憧れ…
でも、姉さんは、少し変わってしまったみたい…」
ええ、まぁ…
悪役令嬢だから…
「エミリアン、元気出して!」
わたしは彼の手を両手で握った。
「わたしも義兄に会うのは四年ぶりだったの、離れていると少し変わってしまうけど…
でも、大事な事は変わっていなかったわ。
エミリアンのお姉様も、きっと、心の深い所で、あなたを愛しているわ」
「ありがとう…エリザは優しいね」
穢れの無い純粋な笑顔に、わたしは卒倒しそうになった。
うう…眩しい!!天使様!!!
パーティ会場である、学院大ホールには、着飾った生徒たちが続々と詰め掛けて来ていた。
その波に乗る様に、わたしとエミリアンも入場した。
生徒たちのお喋りで賑やかだが、微かに聞こえてくる楽器の音に耳を欹てる。
春の小川のせせらぎを思わせる、優雅な曲だ。
ホールの一角に、楽団の姿が見えた。
中央はダンスホールとして開けられている。
両脇には、白いテーブルクロスを掛けられた丸テーブルが幾つも設置され、
奥にはビュッフェもある様だ。
「人が多いけど、エミリアン、大丈夫?」
人の多い場所は苦手だと言っていたので気になったが、エミリアンの顔には微笑みがあった。
「うん、今は大丈夫だよ、エリザと一緒だからかもしれない」
う、うれしい事を言ってくれる!!
それなら、ダンスでも…と、誘おうとした時だ、
「エリザ!」
聞き慣れた声がわたしの名を呼んだ。
お義兄様…
振り向かずとも分かる。
出来れば、もう一時間は、二人にさせて欲しかったわ…
だが、ユーグが拗ねると面倒だと分かったので、わたしは愛想の良い笑顔で義兄を迎えた。
「お義兄様!」
ユーグは鈍い金色の刺繍の入った碧色のタキシードで、いつにも増して恰好良く、見惚れそうになった。
はぁぁ…
美形の上に、スタイルも良いなんて!
流石、【溺愛のアンジェリーヌ】の主要人物ね!周囲(モブ)とはオーラが違うわ…
ユーグは見事なオーラを放ち、わたしに微笑んだ。
「エリザ、見違えたよ、おまえもすっかり一人前の令嬢だな…」
ユーグが感心の息を吐く。
うれしさに口元が緩んでしまいそうになる。
頬がじんわりと熱く、わたしは小さく笑った。
「お義兄様も、とっても素敵よ!自慢の兄だわ!
そうだ、紹介するわね、こちらは、エミリアン=カントルーブ公爵子息、わたしのお友達よ。
エミリアン、こちらはわたしの義兄、ユーグ=デュランド伯爵子息よ」
ユーグの視線が、すっと彼に向かう。
変な事を言うのではないかと緊張したが、ユーグは礼儀正しく挨拶しただけだった。
「君の事はエリザから聞いているよ、義妹がお世話になっているね」
「僕の方こそ、エリザにはお世話になっています」
表面上は和やかだったので、わたしは安堵した。
「エミリアン、君は新入生の首席だったね、勉強は好きかい?」
「僕は生まれつき体が弱いので、部屋にいる事が多くて、勉強や読書をする時間が多くありました」
「読書はいいね、僕も良く本を読むよ、どんな本を読んでいるんだい?」
いつの間にか、二人が話を始めてしまった。
もしかして、わたしからエミリアンを奪おうとしてる??
わたしはユーグに批難の目を向けたり、周囲をウロウロ歩き周ったりしたが、全く気付いて貰えなかった。
意図的に無視しているのかもしれないけど!!
わたしが頬を膨らませていると、周囲の空気が変わった。
ざわざわっとして、そして、鎮まり返る___
生徒たちが道を開け、自然と空間が生まれた。
その中を優雅に進んで行くのは…
黒髪を高く結い上げ、宝石の付いた金色のティアラ風の髪飾りを付け、
宝石を散りばめた暗紫色のドレスに身を包む、美しい女性___
ドロレス=カントルーブ公爵令嬢___
悪役令嬢、その人だった___
わたしはポカンと彼女を見ていた。
ツンと澄まし、表情は無い。
悪役令嬢らしく、傲慢で冷たく見える。
そんな事を考えていると、チラリと、彼女がこちらを見た。
「!!」
直ぐに反らされたが、凄い緊張感だった。
ぞくりとしたわ…
「流石、悪役令嬢ね…」
迫力が半端ない!!
「エリザ?何か言ったか?」
ユーグに胡乱に見られ、わたしは慌てて笑って誤魔化した。
「ううん!今のは、その…鼻歌よ!」
その表情は更に訝しげなものになったが、これで押し切ろう!!
曲が変わり、舞踏会らしくワルツが流れ始めた。
ダンスフロアの中心には、レオンとドロレスの姿があり、二人は手を重ねると踊り出した。
ファーストダンスだ。
二人は優雅にそつなく踊る。
その表情は、どちらも無かったが、それは見事に息の合ったダンスだった。
ぼうっと、見惚れている間に、ダンスは終わってしまった。
新しい曲を合図に、ダンスフロアに人が流れる…
「あれが、僕の姉さんなんだ…」
エミリアンが小さく零す。
「僕も姉さんにエリザを紹介したいけど、入学して以来、会っていなくて…
避けられている気がする…きっと、姉さんは僕が恥ずかしいんだと思う…」
「まさか!エミリアンは何処も恥ずかしい所なんて無いわ!」
エミリアンは銀色の髪を振った。
「僕、体が弱いし、影も薄いし、友達はエリザだけで…」
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尤も、傲慢で厄介にも思われているけど。
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エミリアンはドロレスが好きみたいだし…
「体が弱くても、勉強は一番だし、大人しいのは思慮深くて素敵な事よ。
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【溺愛のアンジェリーヌ】のエミリアンに、前世のわたしも癒されていた。
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「あなたは自分で思っているよりも、ずっと、魅力的よ!もっと、自信を持って!
あなたがあなたのままでいれば、皆、あなたを好きになるわ!」
「ありがとう、エリザ」
エミリアンが笑みを見せてくれて、わたしは安堵した。
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