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二度目

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「リアム様、いつ、お戻りに?ご無事でしたか?
お疲れではありませんか?顔色が少し、お悪い様に思います…」

わたしはリアムを見つめ、矢継ぎ早に言っていた。
別れた時より少し痩せただろうか?顔色もあまり良く無い様に見える。

リアムはわたしに目を合わせると、優しく微笑んだ。

「ありがとう、僕は無事だよ、何も変わりない。
昨日、館に着いた処でね…旅の疲れは少しあるかもしれない。
君の誕生日パーティに間に合う様に戻りたくて、全て終わらせたよ。
これまで君を独りにして悪かったね、ジスレーヌ、これからは僕もいるよ___」

リアムが、戻って来た___!
これこそ、最高の誕生日プレゼントだ!
夢の様で、わたしはうっとりとし、その言葉を聞いていた。

「ああ、リアム様…ご無事でなによりです…」

頭が上手く回らず、気の利いた言葉が出て来ない。
だが、リアムは優しく微笑んでくれた。

「ありがとう、君が送ってくれた、クローバーのお陰かな」

「無事に届いたんですね、良かった…」

わたしは安堵したが、リアムの次の言葉で、それを知った。

「一通だけね。僕からの手紙は、君に届かなかったかな?」

「リアム様も、わたしに手紙を書いて下さったのですか?」

「やっぱり、届いていなかったんだね…
君から返事が来なかったから、そうじゃないかとは思っていたんだ。
クローバーが届いた時、君も気付いたのかなと思ったよ。
手紙を盗ったのは、ルイーズだろうね___」

リアムが周囲に聞こえない様、小さく零した。

「わたしも、そう考えました、クローバーの手紙は、実家から出しました」

リアムは「賢いね」と頷いた。

「君が気付いてくれて良かった。
手紙一つ出さない、冷たい婚約者候補と思われていないか、心配だったよ」

「そんな風には思いませんので、安心して下さい。
あなたは遊びに行かれたのではないのですから、お忙しいのだと…」

ジェシカに手紙を書き、自分には無かった時には、嫉妬してしまったが…
それは、リアムにはとても言えない事だった。
きっと、呆れられるわ…

「遊びではないけど、手紙を書く暇位はあるからね」

リアムが「ふっ」と笑った。
わたしも小さく笑った。

「リアム様、素敵なドレスを、ありがとうございました。
《オーンジュ・ビズ》のドレスだったなんて、初めて知りました…」

一度目の時、リアムは言わなかったし、わたしも聞いたりしなかった。
ルイーズの言葉を鵜呑みにし、センスの悪い、地味なドレスだと思ってしまった。
リアムは恥ずかしくない所か、上等のドレスを贈ってくれていたというのに…
わたしは自分が恥ずかしかった。

「僕の方こそ、着てくれてありがとう、良く似合っているよ、想像以上にね…
十九歳、おめでとう、ジスレーヌ」

リアムがわたしの手を取り、その甲に唇を押し付けた。
心臓が飛び上がる。
頬が熱くなり、無意識に口元が解けていた。

「ありがとうございます、リアム様…」

「最初のダンスは、僕と踊って貰えるかな?」

甘い誘いに、わたしは「勿論です」と微笑み返した。

わたしは、リアムしか見えなくなっていた。
リアムと手を繋ぎ、音楽に乗り、くるくると回る。
他のものは何も目に映らなくなる。
わたしの目に映るのは、蜂蜜色の髪、碧色の目…彼だけだ___

曲が終わり、わたしは「はっ」と我に返った。
現実に戻り、周囲が見え始める。

わたしったら!

また、我を忘れてしまった。
久しぶりにリアムに会い、気が緩んでしまったのだ___

「もう一曲、いいかな?」

リアムに誘われた時、わたしは「いえ…」と断りの言葉を口にした。
リアムの目に、スッと陰が落ちる。

「君は、いつも誰とも、二度踊る事は無いね」

意識していなかった事に、わたしは言われて気付いた。
確かに、踊った相手から、二度目を誘われる事はあるが、いつも断っている。
わたしが、二度、三度、踊りたいのは、リアムだけだ。

一度目の時、わたしはいつもリアムと三度踊っていた。
それ以上は、礼儀に反するので、しない。

二度目の今、わたしがリアムと二度目を踊らないのは…
彼に溺れるのが怖いからだ___

わたしはそれを自覚し、胸を押さえた。

「君が二度目を踊るのは、ジェイドだけだ」

リアムの言葉に、わたしは「え?」と顔を上げた。
だが、リアムはさっと顔を反らし、人混みの中に消えて行った。

確かに、兄とは二度三度踊る事があるが、
相手がいない時、相手を避けたい時に、助けて貰っているだけだ。
そもそも、《兄》なのだから、数には含まれないだろう。

リアムが何故、兄の名を出したのか、わたしには疑問だった。


「館に帰って来てくれるね?」

パーティが終わり、リアムはわたしの頬に優しいキスをし、微笑んだ。
わたしはまたぼうっとなってしまいながら、「はい」と笑みを返していた。

そんなわたしたちを見た兄は、「いい感じじゃないか」とからかった。
わたしはなるべく素っ気なく、「そんなんじゃありません」と返したが、
部屋へ行き、ドレスを脱ぐと、ベッドに飛び込み枕を抱いたのだった。

リアム様が、わたしの帰りを望んで下さっている!

これ以上の喜びなど無い気がした。

わたしはすっかり夢見心地でいたが、
翌朝、机の上に置かれた、聖女マリアンヌの本を見て、我に返った。

「わたしったら、また、舞い上がってしまったわ…」

我を忘れてしまえば、恐ろしい事になる。
一度目の様な事は避けなければいけないというのに…
身を引く所か、わたしは喜んでしまっている…

「どうしたら、リアム様への愛を止められるの?」


わたしは悶々と考えつつも、その日の昼過ぎ、早速伯爵家を立つ事にした。

『館に帰って来てくれるね?』

リアムのあの言葉が、わたしを急き立てるのだ___

「丁度良かった、ジスレーヌ、俺たちも乗せてくれ!」

使用人たちが馬車に荷物を積んでいた所、兄とエロワがやって来た。

「それでは、お皿は見つかったのですか?」

パーティで会った時は教えて貰えなかったが、今日の兄は、あっさりと頷いた。

「ああ、エロワさんが見つけてくれたよ。
侯爵に話すには専門家の方がいいからな、一緒に来て貰う事にした」

確かに、美術商のお墨付きがあれば、侯爵も安心するだろう。
わたしはエロワに、丁寧に礼を言った。

「エロワ様、ご足労頂き、ありがとうございます」
「いいえ、構いませんよ、こちらもジェイド君には贔屓にして頂いていますから」

エロワが細い目を更に細くし、薄い笑みを見せた。
皿の入った木箱が二つ馬車に積まれ、わたしたちは館を後にした。


侯爵家に着き、わたしたちはパーラーへ通された。
お茶が準備され、少ししてから、侯爵が柔和な笑みを浮かべパーラーに入って来た。
だが、その後ろに立つルイーズの冷たい表情を見て、
わたしは不穏なものを感じずにはいられなかった。

「お帰り、ジスレーヌ、もう少しゆっくりして来ても良かったんだよ」

侯爵がにこやかに言い、わたしを抱擁してくれた。

「ええ、あなたが戻って来なくても、こちらは全く構いませんよ。
勿論、『直ぐに』という意味ですよ、おほほほ」

ルイーズが深紅の唇が大きな笑みを見せる。
侯爵の発言は善意からだが、彼女からは悪意が伺えた。
兄が知れば、きっと問い詰めてくるだろう…
わたしは胸の内で、兄に気付かれない事を祈った。

「先日、ジスレーヌがこちらの皿を破損したと伺いました、大変申し訳ございませんでした。
謝罪が遅れた事も、申し訳ありませんでした____」

兄の謝罪を、侯爵は柔和な笑みを浮かべ、静かに聞いていた。
ルイーズの方は、冷やかに嘲る様に兄を見ていた。

「ジスレーヌからも十分な謝罪を貰っているよ。
飾っている物ならいつ壊れてもおかしくはない、気にする事はない___」

侯爵は穏やかに言ったが、ルイーズが「まぁ!ヴィクトル!」と非難の声を上げた。

「あのお皿は、侯爵家に代々伝わる由緒ある宝ですよ!
それを不注意で割るなんて…もっと厳しく叱った方がジスレーヌの為にもなるでしょう。
彼女はリアムの婚約者候補、次期侯爵夫人になるかもしれませんのよ!
この様な事は二度と起こさない様にして頂かなくては、侯爵家には置いておけませんわ!」

ルイーズの叱責に、わたしは羞恥で顔が赤くなった。
ルイーズとわたしだけならば良いが、ここには侯爵、兄、エロワも居るのだ。

「申し訳ございませんでした、今後は十分に気を付けます…」

わたしは震える手を握り、謝罪をした。
それに対し、ルイーズは「フン!」と鼻を鳴らした。

「どうかしら、生まれも悪い様だし、信用出来ませんよ。
ジスレーヌはいつも私に逆らっていますからね、
きっと、私の言う事など聞く気がないのでしょう。
ジスレーヌに侯爵夫人の資質があるとは思えませんよ、さっさと館を出ておいきなさい!」

あまりの言葉に、わたしは青くなり、茫然となった。

「お言葉ですが…」と兄が言い返そうとしたのを、侯爵が遮った。

「まぁ、待ちなさい、結論を出すにはまだ早いだろう。
ジスレーヌは評判も良いし、何よりリアムが気に入っている。
リアムの許可なく、決められないよ」

「まぁ!《次期侯爵夫人》の事ですよ!
リアムの許可なんて、必要ではありません!
リアムはこの小娘に恋をして、頭がおかしくなっているんですからね!
侯爵であるあなたが見極めなければ、リアムは侯爵家を潰すでしょう!」

わたしは息を飲んだ。

「ルイーズ、お客様の前だよ、この場で話す事では無いだろう。
すまなかったね、ルイーズの気に入っていた皿でね…」

侯爵が取りなしてくれ、ルイーズも引き下がった。
だが、目を細め、薄く笑みを浮かべている。

自分がわたしを《次期侯爵夫人》には認めないと、兄に示す為だったのだろうか?

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